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魔法少女異譚【書籍化決定】  作者: 槻白倫
第7章 蜘蛛の巣

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異譚23 亀裂調査

 救助班、治療班の二班が仕事に勤しんでいるのと同時刻、調査班も亀裂に到着しており、すぐさま担当区域の調査を開始する。


「写真で見た以上に深いわね」


「うん。それに、かなり広い」


 亀裂の底は見えず、また対岸までも遠い。


「全員、慎重に。ロデスコは力を温存して欲しいから、私の後ろに乗って」


 言って、アリスはヘンゼルとグレーテルと同じようなキャンディケインを出してそれに跨る。


 自分と同じように突破力があるロデスコの力は温存しておきたい。ロデスコの最大火力であれば大抵の壁は破壊できる。


「真似っ子」


「お揃っち」


 自分達と同じキャンディケインを見て、ヘンゼルとグレーテルは嬉しそうに口角を上げる。


「ちょっと借りる」


「良きに」


「はからえ」


 偉そうに胸を張り鷹揚に頷くヘンゼルとグレーテル。


「ま、仕方ないわね。今回は探索だから、アタシの出番なんて殆ど無いだろうし」


 アリスの後ろに乗り、自然な動作でアリスの腰に手を回すロデスコ。


 それを羨ましそうに見ていたマーメイドは、アリスとロデスコに腕を回して引っ付く。


「……百合に、挟まる、間女……」


「なに言ってんの?」


「マーメイドは自力でお願い。私達の音が探知の邪魔になるかもしれないし」


 アリスは注意をした訳でも、マーメイドが嫌だから離れろと言った訳でも無い。純粋にマーメイドの探索の邪魔をしてしまう事を懸念しての言葉である。まぁ、マーメイドの言っている事はまったく分からないのだけれど。


「……寂しいぜ、べいべー……」


 しょぼんとした顔で二人から離れるマーメイド。


 少し可哀想かとも思うけれど、仕事なので甘やかす訳にもいかない。


「ドンマイ、マーメイド」


「メシウマ、マーメイド」


「……悔しい……」


 ぷーくすくすと笑うヘンゼルとグレーテルに、しょんぼり顔で答えるマーメイド。


 三人が何を言っているのか分からないけれど、調査に向かうのに問題はない。五人はそのまま、亀裂の中へと入っていく。


 ゆっくり、慎重に進んでいく。その間に、マーメイドはアリスに出して貰った音叉の剣で定期的に音を出し、返って来る音の振動によって亀裂の中の情報を探る。


 本当であれば、魔力での感知が得意なサンベリーナかアシェンプテルも同行させたかったけれど、二人は怪我人の治療のために駆り出されているので諦める他無い。調査も大事だけれど、人命も大事だ。


 マーメイドも魔力探知が下手な訳では無い。少なくとも、この場に居る五人の中では得意としている方だ。今は、マーメイドの探知に頼る他無い。


 音と魔力、二つ同時に探知をしながら先に進んでいく。深く、深く、亀裂の底へと向かって降りていく。


「あれが、写真に写ってた糸?」


 やがて、断崖と断崖を繋ぐように張り巡らされている糸が視界に入るようになる。


 アリスは糸に近付き、長い棒を生み出してツンツンっと突いてみる。


「粘性がある。結構強力」


 アリスが突くために使った棒は、押したり引いたりする内に糸に絡めとられてしまった。アリスの腕力でも引き千切るのは難しいくらいに、がっちりと絡めとられており、糸本体も強靭な強度を誇っている。


「粘性のある糸、か……」


「もしかして」


「蜘蛛の巣?」


「……もしかしなくても、蜘蛛の巣、みたい……」


 言って、マーメイドが下方を指差す。


 全員の視線が、壁面下方へと向けられる。


 目視では見る事が出来ない程に暗い暗い亀裂の底。そこから、大量に蠢くナニカが壁面を上がっていく。


「うわっ、きもっ!!」


「集合体」


「恐怖症」


 それを見たロデスコがきゅっとアリスの腰に回した腕に力を込め、ヘンゼルとグレーテルが鳥肌の立った腕をさする。


 壁面を上がって来るのは、大量の灰色の蜘蛛。


「……どうする……?」


 大量の灰色の蜘蛛は壁面を上り、地上に出るつもりだろう事は火を見るよりも明らかだ。


 正確な数を把握できない程に壁面いっぱいに広がっている。対岸を見やれば、対岸の方でも蜘蛛が這いあがっているのが見て取れる。


 こんな大量の蜘蛛が地上に上がれば、甚大な被害が及ぶのは明白。考えるのは一瞬だった。


「調査は一時中止。全員、蜘蛛の迎撃」


「了解。アンタら、派手にやり過ぎないように注意なさい。あんまし衝撃与えると、地崩れの可能性もあるからね」


「おけ」


「まる」


「……対岸は、どうする……?」


「対岸は私一人で何とかする。四人はこっちで迎撃をお願い」


「……分かった……」


 ロデスコはキャンディケインの後ろから降り、自力で宙に浮く。


「アンタも、派手にドンパチしない事。てか、アンタが一番心配」


「大丈夫。考えがあるから」


「そ。ならさっさと行って戻って来て。この仕事、完全にアタシ向きじゃないからさ」


「分かってる。直ぐ戻る」


 それだけ言い残し、アリスは高速で対岸まで向かう。


 それを合図に、ロデスコ達も蜘蛛が上らないように迎撃を開始する。


 ヘンゼルとグレーテルは複数の巨大な飴玉を降らして直撃させ、蜘蛛を壁から引き剥がす。地崩れの可能性が在るので爆発させる事は出来ないけれど、巨大な飴玉を落すだけでもかなりの威力になる。ある程度操作性も効くので、壁面から離れる事無く落とす事も出来る。


 ロデスコは複数の蜘蛛に炎を付け、延焼を狙う。密集して這い上がってきているので、ロデスコの目論見通り炎は隣を歩く蜘蛛に燃え移り、徐々に火の手を広げていく。


「ぴこん!」


「閃いた!」


 攻撃している最中に何やら閃いたらしいヘンゼルとグレーテルは、巨大な飴玉の代わりに巨大なビスケットを生み出す。


 二人は巨大なビスケットを壁面に走らせ、勢いそのままに巨大なビスケットを蜘蛛にぶつける。巨大なビスケットは何体もの蜘蛛を寸断しながら縦横無尽に壁面を進み続ける。


「やるじゃない、アンタ達!」


「これぞ」


「ゲーム脳」


 二人は、この間やったゲームで出て来た敵を参考にしたのだ。このタイプの敵にやられた苦い思い出が蘇るけれど、戦闘に役立ったのだから良しとしよう。


「……頑張れー……」


 三人が戦っている間、マーメイドはする事が無いので三人を応援する。


 音を使って戦うマーメイドは、振動で壁面が崩れる事を危惧して応援だけに留めているのだ。一応、三人には速度上昇の補助魔法をかけてはいるけれど。


 そうやって四人が蜘蛛の迎撃をしている間に、アリスは対岸に到着する。


 アリスは焦った様子も無く、壁面に触れ魔法を行使する。


 一瞬で壁面から幾つもの槍が生え、壁面を這いあがる蜘蛛達を貫く。一瞬にして数百もの蜘蛛を撃退したアリスだったけれど、アリスの処理速度ですら追い付けない程に蜘蛛の数が多い。


「次」


 即座に、アリスは次の行動に移る。


 亀裂の底から無限とも思える程に蜘蛛は沸いて出て来る。


 諦めている余裕は無い。諦めるくらいなら、一匹でも多く蜘蛛を殺す。


 終わりの見えない戦いに心挫ける事無く、アリスは戦いを続ける。だが、これはアリスの担当している区域だけで起きている訳では無い事を、アリスはまだ知らない。


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