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魔法少女異譚【書籍化決定】  作者: 槻白倫
第7章 蜘蛛の巣

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異譚22 B級映画

 出撃後、サンベリーナとアシェンプテルはすぐさま病院へと向かう。


 病院内では医師と看護師が忙しなく動き回る。大きな病院だけれど、その分人が集中してしまったのだろう。受入数を大幅に超過し、ロビーや廊下まで怪我人で溢れている。


「慣れてる魔法少女は重傷者を中心に、経験の浅い子はそれ以外の人を!!」


「重傷の方を優先します! 自力で動ける方はロビー左側にお願いします! そちらで治療や応急処置を行いますので!」


「応急処置の済んだ方は避難所へ移送します! ゆっくりで良いので、車に乗り込んでください!」


「慌てないで大丈夫です! 送り届け次第、再度こちらに戻ってきます! それまでは、医療スタッフの指示に従って行動してください!」


 戦場と化した院内では、魔法少女や医療スタッフの指示を飛ばす声、痛みに呻く負傷者、不安で涙を流す子供など、様々な負の音が飛び交っていた。


「サンベリーナちゃんは重傷の方をお願いね~。ワタシは軽傷の方を受け持つから~」


「う、うん! 分かったよ!」


 その様子を見た二人は、即座に行動を開始する。


「童話のアシェンプテルです~。助太刀に来ました~。軽傷者の担当です~」


 アシェンプテルは先程から指示を飛ばしていた魔法少女に声を掛ける。


「――っ! ありがたい! ではロビー左側に集まった人達を頼む! 骨折や裂傷が殆どだ! 医師も目を通しているから、それ以外の負傷は無いはずだ!」


「分かりました~。では、そちらを担当します~」


 返答し、アシェンプテルはそのまま軽傷者の集まるロビー左側へ向かう。


「広範囲で魔法の行使をします~。治療が済んでいない方はこちらに集まってくださ~い」


 ほんわかとした声音ながらも、周囲にきちんと聞こえるように声を張り上げるアシェンプテル。


 アシェンプテルの声掛けに、まだ治療の済んでいない者達がアシェンプテルの近くに集まる。


「では~、始めますね~」


 祈るように手を組むアシェンプテル。その直後、温かく心安らぐ優しい風が吹く。


 その風は、撫でるように、温めるように、優しく優しく患者達に触れる。


 その風に当てられた者は徐々に痛みが引いていき、腫れや裂傷はゆっくりとだが、確実に治っていった。見えないだけで、骨折や内出血などもゆっくりと治っていっている。


 アシェンプテルは大勢の回復には向いているけれど、一人を集中的に回復させるのはサンベリーナの方が向いている。軽傷者であればアシェンプテルが広範囲に治療を施して直ぐに避難所へ送り、他の魔法少女が重傷者の治療にリソースを割けるようにした方が効率的だ。


 予想以上に重傷者の数も多い。骨折や裂傷が軽傷とは思えないけれど、一人で動ける分重傷者よりはマシだろう。


 ロビーの隅で、巨大な光り輝く蕾が四つ現れる。サンベリーナも重傷者の治療を開始している。それでも、やはり手は足りない。


 次々と運び込まれる負傷者達。それが、この病院だけでは無いのは既に周知の事実であるが、それでも予想よりも遥かに多い負傷者の数に、アシェンプテルは思わず眉を寄せる。


「……これは……長丁場になりそうね~」


 むんっと組んだ手に力を込める。


 気合でなんとかなる訳では無い。それでも、気合を入れなければ終わりの見えない数に押し潰される。


 長丁場になる事を覚悟しながら、アシェンプテルは治療を施す。一人でも多くの人達を救うために。





 地震によって倒壊した家屋は多く、家屋に取り残された要救助者を探すべく、イェーガー達は被害区域を練り歩く。


 ただ闇雲に練り歩くのではなく、シュティーフェルの目・鼻・耳を頼りに要救助者を探している。イェーガーも目や耳は良いけれど、鼻ではシュティーフェルには勝てない。他よりも多く情報を探る事が出来るシュティーフェルがこの場では頼みの綱なのだ。


「誰か取り残されている方はいますか!! 対策軍です!! どんな小さな音でも良いので、音を立ててください!!」


 スノーホワイトが声を張り上げ、要救助者に音を出すように伝える。


「何でも良いから、少しでも良いから音出して!! どんな音でも良いから!!」


 イェーガーもスノーホワイトに倣って声を上げる。


 スノーホワイト達が同行する事になった救助隊の魔法少女も、声を上げて要救助者に呼び掛ける。


「――っ!! 聞こえました!! 瓦礫を叩く音です!!」


「案内して!!」


「はい!!」


 シュティーフェルが音を拾い、全員でそちらへ向かおうとする。


「あ、待ってください! 微かですが、木を叩く音が聞こえます! イェーガー先輩、この音聞こえますか?」


「……ああ、トントン、トントンってリズムだろ?」


「それです!」


「じゃあ、そっちはあたしが案内する。スノーとシュティーは最初に聞こえた音の方に向かってくれ。あんた達も、二手に別れてどっちかがあたしに付いて来てくれ」


「了解!! いったん、チームを分断するわ!! 回復と補助が出来る者をセットにして、(さん)(さん)で別れましょう!!」


 チームを分断し、互いに要救助者の元へと向かう。


「ここだ! この場所の瓦礫を退かしてくれ!」


「了解!! 作業開始!! 崩れないように慎重にね!!」


 要救助者を救出すべく、瓦礫の撤去を始める少女達。


 スノーホワイト達の方を見やれば、そちらも救助を開始しているのが見える。


 やがて、瓦礫の下から女性の姿を発見する。ほっと安堵に胸を撫でおろしたのも束の間、女性の腕に赤ちゃんが抱かれている事に気付く。


「先に赤ちゃんを引き取ります!! 腕、動かせますか?」


「え、ええ……お願いします」


 憔悴しきった顔だけれど、絶対に子供を護るという意志の感じられる力強い目をしている。


 赤ちゃんを預かり状態を確認する魔法少女。


「呼吸はある。心臓も動いてる。ちょっと擦りむいてるけど……うん、大丈夫です。赤ちゃん、元気ですよ」


「……ぁ……良かったぁ……」


 魔法少女の報告を聞いた母親は、安堵の息を吐きながら、その目に涙を浮かべた。


「お母さんの事も絶対に助けますからね。それまで気を抜かないでください」


「はい……はい……ありがとうございますっ……」


 涙を流しながら感謝を述べる母親。


 強張った空気が一瞬弛緩しかけたが、即座にイェーガーは背後を振り返る。


 そして、それを目視した瞬間に引き金を引く。


 イェーガーの構えた古風な長銃から放たれた弾丸は、真っ直ぐに瓦礫や家屋の隙間を通って対象に命中する。誰もが驚嘆する神業射撃。だが、それを褒める者はいない。


 イェーガーが発砲をしたという事はつまり、懸念されていた危険が表面化したという事に他ならないのだから。


「焦る必要は無いけど、少し急げ」


「了解。……大丈夫です。落ち着いてくださいね。必ず助けますから」


「わ、私は良いから、その子だけでも助けてください! 私はどうなっても良いですから、その子だけは助けてあげてください! お願いします!」


 銃声を聞いた母親は一瞬恐怖したように顔を歪めるも、その銃声の意味を理解した途端に覚悟を決めたように少女達に言う。


「ざけんな」


 直ぐに言葉を返そうとした魔法少女だったけれど、それよりも速くイェーガーが言葉を返した。


「ちょっと、そんな言い方――」


「その子にとって、母親はあんただけなんだよ」


 文句を言おうとした少女の言葉に、被せるようにして母親に向けて言葉を放つ。と同時に、イェーガーは再度引き金を引く。


「あんたが死んだら、その子はどうすんだよ。ここであんたが死んだら、その子はあんたの顔も、あんたの声も、あんたっていう母親を憶える事も出来ねぇまま生きていくんだぞ? その子の母親はあんたしか居ねぇんだよ。絶対助けるから、そんな事言うな」


 乱暴ながらも、母親と子を思う言葉に、母親のみならず同行していた魔法少女達も思わず驚いたようにイェーガーを見る。


 イェーガーの口と態度の悪さは有名だ。現場でバッティングした魔法少女から愚痴を聞かされる事も多い。一般人とて、その噂くらいは聞いた事がある。数少ない童話の魔法少女でもあるので、星や花の魔法少女よりも噂にはされやすい。


 そんなイェーガーから、まさかそんな言葉が出てくると思っていなかった一同は、思わず驚いたようにイェーガーを見てしまったのだ。


「おい、手ぇ止まってる」


「あ、ああ……ああ。そうだ。イェーガーの言う通りです。絶対に助けますから、安心してくださいね」


「え、ええ……」


 止まっていた手を動かし、救助を進める少女達。


 その間も、イェーガーは銃弾を放ち続ける。


「ちっ……数が多い……」


 だが、状況はあまりよろしくない。


 亀裂から次々と溢れ出るように地上に現れるのは、灰色の蜘蛛の群れ。


「出来の悪いB級映画だな、こりゃ」


 目の前の光景をそう言い表しながら、イェーガーは引き金を引き続ける。


 多対一は自分の得意分野では無い。それは十分分かっているけれど、戦う意志は削がれていない。


 諦める事は許されない。諦める事は許さない。助けると言った、その言葉を嘘にしない。


 そのためだけに、イェーガーは引き金を引く。


 同じ不幸は二度と御免なのだから。


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ロデスコ!!
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