異譚21 三班編成
世界に亀裂が走った。これは、決して比喩表現では無い。
世界に、いや、地球に亀裂が広がっている。目視では底が確認できない程の亀裂が、地球全土に広がっている。勿論、日本にもその亀裂は広がっている。
突如走った亀裂による被害は甚大で、建造物や人的被害は計り知れない。死者、行方不明者多数。とある地方では避難所も亀裂に巻き込まれ、別の避難所まで距離があるために避難は難航している。
なにせ、異譚よりも規模が大きいのだ。全容はまだ見えていないけれど、一気に避難出来る人数では無い。
「これが異譚であるか、また別の天変地異の類いであるかどうかは目下調査中だ。だが、異譚に酷似した魔力反応と、亀裂の奥に糸のような物が複数確認されている。自然発生するものとは思えない事から、異譚、もしくは、以前のヴルトゥームのような存在が関与している可能性がある」
ヴルトゥーム。その単語に、朱里は思わずぴくりと眉を動かすけれど、それに気付いた者は誰も居ない。全員、今回起きた異変に釘付けなのだ。それこそ、誰の顔色を窺う余裕も無いくらいに。
「この亀裂は日本のみならず、世界各地で確認されている。世界中でこのような事が起こっている以上、対策軍としては情報の収集と事態の解決に向けて全てのリソースを割くつもりだ。お前達にも可能な限り調査を行って貰う。どんな小さなことでも報告をしてくれ」
話に区切りをつけ、沙友里は投影機の電源を切り、スクリーンを上げる。
「亀裂の底は見えない。今回は、空を飛べる者が調査を行う。メンバーは、アリス、朱里、唯と一、そして詩の五人だ」
「み、道下さん。わ、わたしも空を飛べますよ?」
名前の挙がらなかったみのりが挙手をしながら空を飛べますアピールをする。サンベリーナ自身に飛行能力は無いけれど、魔法で燕を出す事が出来る。燕の背に乗れば、サンベリーナも空を自由に飛ぶ事が出来るのだ。そうでなくとも、サンベリーナであれば持ち運びは簡単だ。付いて行く事にデメリットは無いはずである。
その事について沙友里が思い当たらなかった訳では無い。だが、必要なのは亀裂の調査だけでは無い。
「みのりと笑良には一般人の治療を受け持って貰いたい。幸い、詩も治療系の魔法は使える」
「……ちょびっと、だけだけど……」
「そのちょびっとが役に立つ。今回のメンバーは機動力が抜群だ。そうそう被弾する事も無い。それに、魔法少女はある程度であれば自然治癒でカバー出来る。だが、一般人はそうはいかない」
亀裂と共に発生した地震の影響で、崩れた家屋も少なくない。家の下敷きになった者も居れば、工事現場の足場が崩れて地面に叩き付けられた者もいる。最早、医療機関だけでは手が足らない。
「医療機関だけでは手が足りない以上、みのりと笑良には一般人の治療を最優先に行って貰う。調査も大事だが、人命も大事だ。頼んだぞ、二人共」
「了解です~」
「りょ、了解です」
アリスと一緒に行動出来ない事は不満だけれど、人命救助も大切な仕事だ。割り切る他無い。
「餡子、珠緒、白奈の三人は被害地域にて救助活動を行ってくれ。取り残された者や、瓦礫の下敷きになってしまっている者が居るかもしれない。三人は星や花の魔法少女達と合同での救助活動になる。やれるか?」
童話以外の魔法少女との合同活動。沙友里としては、心配があるのはただ一人だけだったけれど、そんな事とはつゆ知らず、餡子は元気良く返事をする。
「大丈夫です! お任せください!」
「汎用性の高い氷使える白奈と、鼻が利く餡子は良いとして……あたしそんなに出来る事無いと思うけど?」
以前の珠緒であれば、先の言葉を面倒臭そうに言ってのけていた事だろう。他人なんて自分には関係無い。自分の出番が無いのであれば行く意味は無いのでは? という否定的なニュアンスで言っていたはずだ。
だが、今の珠緒の発言は、自分に出来る事を正確に理解しての言葉だった。珠緒の魔法は戦闘向きであり、人命救助には一切と言って良いほど向いていない。行っても、救助の役には立てそうも無い。
救助に前向きだからこそ、自分の至らぬ点を問題として挙げたのだ。
珠緒の精神的な成長に驚愕と喜びを覚えながらも、それを覚られないように沙友里は真剣な表情で珠緒に返す。
「もし亀裂が異譚であれば、異譚生命体との交戦の可能性もある。そうなった場合、遠距離から敵を倒せる珠緒の力は絶対に必要になる。それに、虎の子の銀の弾列の弾数も増えたのだろう? 仮に異譚支配者が出て来たとて、今の珠緒であれば任せられる。その点を踏まえて、珠緒は救助活動の護衛を行って欲しい」
「そういう事なら了解。出番があれば、きっちり撃ち抜いてやるわよ」
沙友里の説明に納得と了解を示す珠緒。
「それでは、ブリーフィングを終了する。各自、準備が整い次第現場に向かってくれ。調査班には担当区域の地図を送信する。救護班は現着した後、指揮官に指示を仰いでくれ。治療班は手の足りない病院へ移動を開始してくれ。各班、状況次第では現場や役割に変更が生じる場合もあるが……まぁ童話ではいつもの事だ。いつも通り、臨機応変に頼むぞ」
「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」
ブリーフィングを切り上げ、少女達はそれぞれの現場へと急行した。




