異譚18 魔性の男の娘
お夕飯はバイキング形式となっており、和洋中、色とりどりの料理が並んでいた。
全員、トレーを手に取って好きな料理を皿に乗せて行く。
「お味噌汁、卵焼き、お刺身に、サラダ、生姜焼き――」
一つ一つ料理名を言いながらにこにこ笑顔でお皿に綺麗に盛る餡子。お盆に色々乗せているけれど、果たして全て食べきれるかは分からない。本人としては完食出来るつもりでいるけれど、明らかにいつも食べる量を超えている。
旅行でテンションが上がっているのか、目移りしてしまって取り過ぎてしまっているのかは分からないけれど、餡子が残してしまっても食べ残しを作らないようにうさぎは自身の盛る量を減らしておく。
「ケーキいっぱい」
「フルーツたくさん」
唯と一は料理はそこそこにデザートを大量にお皿に盛っていく。その様子を春花はちらりと見ながら、自分のお盆に料理を乗せていく。
「おい。良いのか?」
隣で料理を選んでいた珠緒が、双子の様子を見た後に春花に訊ねる。
主語は無かったけれど、珠緒の言いたい事は分かっている。
「大丈夫だよ。二人の分の料理も取ってあるから」
栄養を考え、春花は唯と一の分の料理も取っておいてある。ケーキを食べる前にそれを二人には食べさせる。ケーキは一口サイズなので、二人が食べきれなくとも春花や他の面々に協力して貰えれば食べきれるだろう。
「まーじでママじゃん、おまえ」
「子供のいる年齢じゃないし、そもそも僕は男だけどね」
珠緒の言葉に苦笑で返す春花。子供にしては大きいし、春花は男である。気持ちとしては、手のかかる妹といったところだろうか。
「だとしても、親の居ないあたしから見ても、あんたママっぽいんだよね。包容力があるっつうか、甘えたくなるっつうか……上手く言えないけどさ」
「そうかな?」
そう言われる程、自分に包容力があるようには思えない。むしろ人に頼ってばかりのような気もする。特に朱里には頼りっぱなしになってしまっている。
「……珠緒も、甘えれば、良い……」
いつから聞いていたのか、すすっと珠緒の隣に並んで会話に入って来る詩。
「別にあたしは甘えたいだなんて思ってねぇ。こいつにそう思わせる雰囲気があるって話だよ」
「……春花ちゃん、甘えても、文句言わない……」
「聞けこら」
詩は珠緒の隣から移動して、春花の隣を陣取り、頭を春花にぐりぐりと押し付ける。
「……ばぶぅ……ママ、甘やかして……なでなで、してぇ……」
「いや、おまえが甘えんのかよ……」
「……手本、見せてる……」
「いらねぇ手本だな……てか、お前の方が年上じゃんか」
「……年下のママ……それが、良い……ッ!!」
「なに言ってんだおまえ……」
「よく分からないですけど、今ぐりぐりされると危ないので、後で良いですか?」
「あんたも断れよ。断って良いんだって」
おおよそ、全ての事に『はい』と言ってしまいそうな春花を見て、若干心配になる珠緒。
「……珍しい……」
春花から頭を離しながら、詩がぽつりとこぼす。
「あ? 何が?」
「……珠緒が、気に掛けてる……」
「それは、ワタシも思ったな~」
ひょこっと珠緒の隣に並んでサラダを皿に盛りながら、話に入って来る笑良。
「珠緒ちゃんが他の人を気に掛けるの珍しいわよね~」
「んな事ねぇよ。餡子の事とか気に掛けてっし」
「それはそうだけど、童話の子達以外の事なんて気にも留めて無い様子だったから~。良い心境の変化でもあったのかなって思ってね~」
心境の変化と言われれば、確かに自分でも自覚している部分はある。瑠奈莉愛の死後、自分の気持ちに素直になるようにはしている。今まで作っていた壁を取っ払う……は、少しだけ時間がかかるので、相手の顔が見えるくらいには壁を低くしているつもりだ。そこから様子を見て、こちら側に迎え入れている節はある。
だが、春花に関してはそれが無かったようにも思える。
最初は警戒していたし、興味も無かった。最初は女だと思っていたけれど、後に春花が男だと知って警戒は更に強くなった。それと同時に、そんな奴を童話のカフェテリアに入れる朱里が信じられなかった。
そこから、大した会話もしていない。銃の扱いが上手かったり、一緒にプールに行ったりと関りこそあったけれど、そんなに深く関わってきたつもりは無い。
だが、いつの間にか珠緒は春花にある程度心を開いていた。それこそ、警戒心など欠片も持たないくらいには。
「……まぁ、こいつは瑠奈莉愛とか双子の事とか気に掛けてくれてたからな。悪い奴じゃねぇのは分かってるし、銃の扱いも上手いし……それに、単身で邪教徒集団に突っ込んだんだ。ただの人間なのにそこまでやる度胸とか尊敬するし」
「た、単身じゃ無いよ! わ、わたしとシャーロットちゃんも居たよ!」
話が聞こえて来ていたのか、通りすがりにみのりがそう声を張るけれど、それでも不測の事態が在り得る場所に生身で乗り込んだのは事実。
「なにより責任感もあるしな。そんな奴を除け者にするほど、あたしの心は狭くねーよ」
「つまり、仲間として認めたってことかな~?」
「そんな偉そうな事言うつもりは無ぇ。ただ、仲良くしてぇなって思っただけだ」
素直にそう言ってから恥ずかしくなってしまったのか、珠緒は少しだけ赤くなった頬を隠すようにそっぽを向く。
「でもま、お世話も程々にな。こいつ等無限に甘えるだろうから。度が過ぎたら言えよ。しめるから」
それだけ言って、別の料理を取りにサラダコーナーを離れる。
離れていく珠緒を見て、ぽつりと詩がこぼす。
「……春花ちゃん、魔性の女……」
「僕、男です」
「……魔性の、男の娘……? ……より、推せる……」
「アンタ達、くっちゃべって無いでさっさと選びなさいよ。邪魔んなるでしょ」
通りすがりに朱里が春花達を注意する。
確かに、サラダを選びながら話していたので、サラダコーナー前に居座ってしまった。慌ててサラダを選んで皿に乗せ、三人はその場をそそくさと離れた。
その後はお喋りをしつつも料理を選んでから決められたテーブルに向かい、夕飯に舌鼓を打った。因みに、春花はきちんと唯と一のケーキの皿を没収して、サラダやお肉などの乗ったお皿と交換した。
しょんぼりした目で見られたけれど、『ご飯をちゃんと食べたら、ケーキも食べて良いからね』と言ったら素直にお肉やサラダを食べていた。その間、しょぼんとした顔のままだったけれど、完食した事を『偉いね』と褒めてあげれば嬉しそうなにこにこ笑顔に戻った。
その様子を見ていた誰もが双子の事を『大きな子供』だと思ったけれど、誰も口にしなかった。




