異譚17 レースゲーム
一階に降りた六人は、アミューズメント施設へと向かった。
ホテルの一階にあるアミューズメント施設は、小規模ながらも様々なゲームの筐体が置いてある。クレーンゲームにシューティングゲーム、ワニをハンマーで叩くゲームに、レースゲーム等々。一通り楽しめるくらいには筐体が置いてある。
「春ちゃん、シューティングゲームやろう」
「花ちゃん、レースゲームやろう」
唯と一は春花の手を引いて自分達がやりたいゲームの方へ連れて行こうとするも、二人がやりたいゲームの筐体は真逆にあるので、必然的に春花を引っ張り合う形になる。
「どっちもやるから、順番ね」
春花は特に困った様子も無く、順番にゲームをしようと諭す。
二人は春花の言う事を素直に聞いて、目を合わせるだけで最初にやるゲームを決めて春花を引っ張っていく。
二人が選んだのはレースゲームで、筐体は四つもある。
「やった事」
「ある?」
「ううん。こういうゲームは初めて」
「「ふふふっ、なら、レクチャーしたげる」」
にししっと笑みを浮かべながら唯と一が乗り込み、残るは二席となった時に朱里は春花の背中を押してゲームをするように促す。促されるまま座り、もう一つ空いた席には李衣菜が座った。朱里、白奈、李衣菜の三人で目配せをして誰が座るかを決めていたのだ。
「唯の」
「一の」
「「ドラテクが火を噴くぜ」」
「ふっ、こう見えて、私も運転は得意だ。フルスピードで走るのが私の人生だと言っても過言ではないぞ」
ノリノリでハンドルを握る三人。魔法少女なので運転免許取得可能な年齢に達していなくとも、特例として三人は運転免許を取得する事が出来る。春花も対策軍の職員として、特定の条件下であれば自動車の運転は可能だ。アリスの姿であれば特に条件は付かないけれど、春花はあくまで対策軍に勤めているアルバイトである。そのため、特例での免許の取得は出来ないのだ。
だが、訓練という名目で沙友里にサーキットに連れて行ってもらい、運転のコツやらなにやらを教えて貰っている。
「あら」
「うわ」
ゲームが開始され暫くすると、背後から驚愕とも感嘆とも取れる声が漏れる。
「ぬぬっ」
「むむっ」
「このっ」
運転をしていた三人も思わず眉を寄せる。
春花の運転技術は抜きん出ており、巧みに三人の進路妨害をしながら最短コースを走り抜ける。
最初から最後まで一位を譲る事無く、春花はトップでゴールをした。
「上手すぎやしないか!?」
負けた悔しさもあるけれど、それはそれとして目を見張る運転技術に驚愕する李衣菜。
選択した車種は全員同じなのでスペックに差は無い。ゆえに、己のテクニックだけが勝敗を決める。
李衣菜はゲームセンターで遊ぶことも多い。このゲームの筐体は一世代前のものだけれど、内容は同じだ。他の人よりはやり込んでいる自信があったので、後輩に良い所を見せてやろうとしていたのに、結果は惨敗。素直に悔しい。
「謀ったな」
「謀ったな」
「「ぶーっ」」
そしてそれは、唯と一も同じである。
二人共、可愛らしく頬を膨らませながら春花を見る。
「別に、二人を騙してた訳じゃ無いけど……」
「ていうか、アンタ達も人の事言えないでしょうに」
困ったように笑う春花に、朱里が後ろから助け舟を出す。
「「なにが?」」
「初心者狩りしようとしてたでしょうに」
「最初に経験があるか聞いてたしね」
朱里の言葉と、白奈の追撃に、双子はぶんぶんっと勢いよく首を振る。
「断じて」
「ノット」
「手取り」
「足取り」
「「教えようとしてた」」
「スタートから突き放そうとしているように見えたけれど?」
「「気のせい気のせい」」
なんて言うけれど、唯も一もスタートから本気を出していた。春花をいじめたいという訳では無く、ゲームが上手だと春花に褒めて貰いたかったからだ。完全に動機が小学生である。
「くっ……このまま引き下がれない! 何より最下位だった自分を許せない! もう一戦、もう一戦お願い出来ないだろうか!?」
「唯も!」
「一も!」
ふんすと鼻息荒くやる気満々の三人。春花は後ろに居る朱里と白奈を振り返るが、二人共どーぞどーぞと手で続けるように促す。
「じゃあ、もう一回……」
春花はモニターに向き直り、再度四人でレースを行う。
「今度こそ」
「負けない」
「手加減無用だぞ!」
やる気満々の三人。先程よりも目は真剣で、向き合う姿勢も本気だ。
だが、結果は無情。春花は最初から首位を独占し、先程よりも良いタイムを出してゴールした。
「惨っ!!」
「敗っ!!」
悔しそうに天を仰ぐ唯と一。
「くっ……ここまでとは……っ!!」
ハンドルに握り拳を置いて悔しそうに顔を顰める李衣菜。勿論、台パンなんてしてはいない。拳を強く握りしめているだけである。
「へ~、面白そうな事やってんじゃない」
春花達がレースをしている間に集まったのか、珠緒達が後ろに立っていた。
「唯、あたしと変わりな。仇取ってあげるから」
「……ふっ、峠の女王、降臨……」
「面白そ~! まゆぴーもやゆ~!」
「残念……」
「無念……」
「侮るなよ、まゆぴー。彼は、出来る……っ」
唯と一が珠緒と詩と変わり、李衣菜が真弓と変わる。
「僕も変わった方が良いかな?」
「アンタは変わんないで良いんじゃない? コイツ等、打倒アンタって感じだし」
手首をこきこきと鳴らしたり、軽くストレッチをしたりと、三人共やる気は十分。
「……じゃあ、もう一回」
春花以外のメンバーを変え、三度目のレースがスタートする。
春花としては自分だけゲームをする事に負い目があったけれど、他のメンバーはチャンピオンに挑むチャレンジャー気分である。
自ら挑むだけあって、三人のハンドル捌きは見事なものだった。最短コースを進むテクニック、後続車を妨害する位置取り。先程の三人よりも、そのテクニックは上だった。
だが、それ以上に春花が上手い。
「上手すぎだろ……っ!!」
「……まさか、峠の、女神……?」
「にょわ~!? ぶつかゆ~!?」
三者三様のリアクションを見せる中、春花は一位でゴールイン。
「じゃ、じゃあ交替だね! わ、わたしも頑張るよ~!」
「私もやります!」
「ほな、次はウチが行こか~」
珠緒、詩、真弓からみのり、餡子、うさぎに交替する。
春花は再度後ろに立つ朱里と白奈を見るけれど、二人共続けてとジェスチャーをするのみで変わってくれそうにない。
どうやら、全員が春花に挑むまでは続きそうである。
春花は諦めてハンドルを握る。
結局、全員が春花に挑んだけれど、全員が完膚なきまでに春花に敗北した。
別のゲームで勝負をしようとしたけれど、お夕飯の時間になったので一時中断となった。
「……春花ちゃん、レースの女王。つまり、レースクイーン……」
「クイーンじゃ無いですよ」
それに、その物言いだとまったく別のモノになってしまう。
「後少しだったのにな~」
「惜しかったわね」
「く~! まゆぴーも惜しかったよ~!」
「あんたドベのくせに良く言うわ」
悔しそうにしながらも、楽しそうにゲームについて話しながら、少女達はお夕飯を食べるために食堂へと向かった。




