異譚10 心配性
「うおー」
「うおー」
「「うおー」」
唯と一はワイヤーで繋がれたブランコに揺られ、楽しそうに声を上げる。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「わはー」
双子と同じようにブランコに乗った李衣菜は普段からは想像もつかないような悲鳴を上げ、微風は楽しそうに笑う。
「死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 絶対死ぬ!! これワイヤーが千切れた瞬間落ちて死ぬ!! ああああああああああああ――」
「あはは。楽しそうですね、りぃちゃん」
「楽しく無い!! 全然楽しくうぁぁぁぁあああああ!? 風!! 風が吹いたぁ!! 風に煽られて飛んじゃわないか!? 落ちて死んじゃわないか!?」
「むしろ」
「望む」
「「ところ」」
「望むなぁっ!! 落ちたら死ぬんだぞ!? 地面に叩き付けられてぺしゃんこなんだぞ!?」
「落ちるまでに変身すれば良いじゃないですか」
「変身が間に合わなかったらどうするんだ!!」
ぎゃあぎゃあと喧しく騒ぐ四人。まあ、実際に騒いでいるのは李衣菜だけだけれども。
彼女達が乗ったのは、回転する空中ブランコである。四本のワイヤーに吊り下げられたブランコに座り、回転による遠心力で振り回される、というものだ。二人乗りなので、唯と一、李衣菜と微風でペアを組んで乗っている。
それなりに高い所で回転する空中ブランコ――であれば、李衣菜がこんなに取り乱す事も無かっただろう。このアトラクションの胆はその高さ。
高さ約50メートル誇る鉄塔の頂上付近まで上昇し、その場で中心部が回転してブランコを回す。50メートルと言えば、十五~二十階のビルと同じ高さであり、フランスのパリにある凱旋門とも同じ高さである。
ブランコは四本のワイヤーしか繋がれておらず、その状態で約50メートルの上空に放り出されるなど恐怖しかない。
実際、他の客は悲鳴を上げている者が多く、悲鳴を上げる事も出来ずただ必死にブランコにしがみついている者も多い。
唯や一、微風のようにのほほんと楽しんでいる方が珍しいくらいだ。
「あぁ……死ぬぅ……死んじゃうぅ……高いぃ……怖いぃ……」
恐怖が限界に達したのか、ひーんと目に涙を浮かべてしっかりとブランコと微風の手を掴む李衣菜。
異譚生命体と戦っている時の冷静で知的な李衣菜は何処へやら、今はただのか弱い少女全開である。
「ふふふっ、楽しいですね」
「楽しくなぁぁぁぁぁい!! 早く降ろしてくれぇぇぇぇぇぇええええええ!!」
李衣菜の魂の叫びが園内に響き渡る。全員、何事かと上空を見るけれど、ただ楽しんでいるだけだろうと直ぐに何事も無かったかのように遊びに夢中になる。
数分間の空中ブランコを終え、四人は地面に降ろされる。
「わんもあ」
「たーいむ」
「駄目だ! 次に行くぞ次に! 此処は危険で危ないデンジャラスなところなんだ!! 命が幾らあっても足りやしない!!」
もう一度同じ物に乗ろうと列に並ぼうとする双子の手を引いて、李衣菜は別のアトラクションへと向かう。目は涙目で、脚はがくがく震えているけれど、相当怖かったのか必死に双子の手を引いて歩く。
「「えー」」
「えーじゃない! 見ろ私の脚を! たった一回乗っただけでコレだ! 次はもう少し刺激が少ない奴にする!! 絶対する!!」
「「ぶーぶー」」
「ぶーぶーじゃない!!」
不満げな顔をする双子と、揶揄いに一々真面目に反応する李衣菜を見て、微風はふふっと楽し気に笑みを浮かべる。
「別のアトラクションに乗りましょう。待ち時間も長い事ですし、幾つか他のアトラクションを楽しんでからまた戻って来る事にしましょう」
「もう二度と戻って来ることは無い! 行くぞお前達! 次はもっと優しいのに乗るんだ! コーヒーカップとか、コーヒーカップとか、コーヒーカップとか!!」
「じゃあ」
「あれに」
「「乗ろう」」
言って、双子が指差したのは左右に二席ずつ、それが五つ連なったジェットコースターだった。四人は知らないけれど、先程まで春花達が乗っていた瞬間最高速度3Gのジェットコースターである。
「……あれか……」
そのジェットコースターを見て、李衣菜は考える。
速度はあるけれど上空50メートルに放り出される訳では無い。それに、時間も短い。事前に調べたところ、名物アトラクションの一つでもあるようだ。
上空に放り出されるのは怖かったけれど、速度が速いくらいであれば問題無い。自分だって、超頑張れば同じくらいの速度で移動する事が出来る。
「ねー、乗ろうよー」
「ねー、行こうよー」
駄々をこねるように李衣菜の手を振り回す唯と一。
「分かった分かった! よし次はあれだな! あれなら私でも大丈夫そうだぞ! ははっ! 速いのがなんだ! 私だって同じくらい速く動けるぞ!」
「あー……」
二人の手を引いて意気揚々と名物アトラクションへと歩いて行く李衣菜。
その背中を、残念そうな目で見る微風。
李衣菜は責任感が強い。その責任感や使命感で自身を鼓舞し、強敵にも立ち向かえる事の出来る立派な人間だと、微風は思っている。だが、今の李衣菜にはその責任感も使命感も無い。ただ遊園地を楽しんでいる少女だ。
微風や双子は『まあ、アトラクションで稼働してるくらいだから安全点検とかはしっかりしてるから大丈夫だろう』と思うタイプであり、手放しに空中ブランコを楽しむことが出来た。
だが、李衣菜は『このワイヤーが外れたら死ぬ。アトラクションとして運用されてるけれど、万が一もある。そういう事故のケースも気になって調べて来ちゃったああどうしよう。死んじゃうかも』と思うタイプの人間である。
大雑把な喋り方とは裏腹に、その心根は繊細だ。不安なところは少しでも潰しておきたいと考えているくらいには、物事に対して色々考えてしまう心配性な少女なのだ。
そんな彼女だからこそ、空中ブランコで泣き出してしまったのだけれど、本人は何故だかそんな自分に気付いていない。
『私はいろんなケースを考えてるだけで、別に不安がある訳じゃ無い』
とは当人の弁ではある。チームの者は全員、『ああ、この人天然なんだな』と思っている。言うと怒るので口には出さないけれど。
その先に待ち受ける未来を予想しながら、微風は三人に付いて行った。
「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああああああ死ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅううううううう!?」
数十分後に聞こえて来た園内に響き渡る程の悲鳴を聞いて、予想通りだなと微笑む微風だった。
因みに、分かる人は分かると思いますが、『富〇急』です。
前回のアトラクションには乗りました。マジで死ぬかと思いました。




