異譚6 ばっちい
「てことでね、アンタと親睦深めようと思うわけ」
「はぁ……」
対面に座って脈絡無くそんな事を言う朱里に、春花は曖昧に頷く事しか出来なかった。
今はお昼休み。チェシャ猫を撫でながらご飯を食べる春花。春花は珍しくお弁当を作ってきており、メニューは玄米にたこさんウインナー、卵焼き、プチトマトにポテトサラダ。
チェウォンが送って来るメッセージが身体に気をつかえという文言が多いので、自分なりにお弁当を作ってみたのだ。健康に気をつかっているようなラインナップではないけれど、菓子パンよりは随分マシだろう。
菓子谷姉妹のところのお婆さんとは今でも一緒に料理を作っているし、菓子谷姉妹にそれを振舞っている。料理の腕は今まで以上にめきめき上がっているし、お婆さんにも筋が良いと褒められている。菓子谷姉妹ももぐもぐと美味しそうに頬張ってくれるので、春花としても嬉しい限りだ。
卵焼きをチェシャ猫にあげながら、春花は小首を傾げて朱里に問う。
「……どうしたの、急に?」
「んー、ま……最近思うところがあってね。アンタの事何も知らないなぁって思ってさ。あ、その卵焼きアタシにもちょうだい」
「良いよ」
「キヒヒ。猫のだよ」
「コイツが良いって言ったんだからアタシのよ」
春花が箸で卵焼きを朱里の元へ持って行けば、朱里は躊躇う事無くぱくっと卵焼きを食べる。
それを見ていた周囲の者は『間接キス!? 間接キスだよね!?』『お互い躊躇い無くない!?』『もう付き合ってるとか!?』などと騒いでいるけれど、本人達の耳に届く事は無い。
みのりは箸を落していたし、白奈は面白く無さそうに眉間に皺を寄せる。
白奈はリュックから割り箸を取り出すと、そのままご飯を食べようとしていた春花の手を取って一旦お弁当箱に戻し、不思議そうな顔をする春花に割り箸を渡す。
「ばっちいから」
「その言い方酷くない!?」
「キヒヒ。アリス、箸ばっちいって」
「ばっちく無いよ」
「ダメよ。私の目が黒い内は、絶対ダメ」
涼やかな笑みを浮かべ続ける白奈。しかし、笑みを浮かべているにも関わらず物凄い圧を感じるので、春花は二の句を告げずに白奈から割り箸を受け取る。
白奈はそのまま近くの席の椅子を借り、そのまま居座る。
「それで? 親睦を深めるって、具体的にはどうするの?」
何故かそのまま話に入って来る白奈にジトっとした目を向ける朱里だけれど、白奈は気にした様子も無くその場に居座る。
「女子会? それとも、この間みたいにプールにでも行くの?」
「……もう秋口よ? プールに行く暑さでも無いし、それにコイツは男だから女子会じゃないわよ」
「ボク、オトコノコ。ジョシカイジャ、ナイヨ?」
「なんで片言?」
「最近、女性に囲まれてるから、皆僕の事女の子と思って接してるのかなぁって考えたら、ちょっと自信なくなっちゃって……」
ヴルトゥームの襲来から、童話のカフェテリアに春花として訪問する事が多くなった。それに、菓子谷姉妹やそのお婆さん、メッセージでもチェウォンやシャーロットと絡む事がある。それに、よくよく考えれば男子の友人はいない。そもそも周りに女性が多いので、あまり男性と関わる事も無い。
「あぁ、なるほどね。アンタ顔可愛いから、女子の中に居ても違和感無いし、周りの奴も特に気にしないしね」
「そうね。自然に溶け込んでるものね。でも安心して。私達は有栖川くんの事、ちゃんと男の子だって分かって仲良くしてるからね。女の子扱いはしてないから」
「そ、そうだよ! ちゃんと男の子だって分かってるよ! 安心してね!」
「なんか湧いて出て来たわね」
いつの間にか春花の真後ろに移動していたみのりは、ぽんっと優しく春花の両肩に手を置く。
「キヒヒ。セクハラだね」
「せ、セクハラなんてしてないよ! か、肩に手を置いただけだよ!」
だけ、とは言うけれど、しっかり指を這わせているあたり本能に正直である。そして、セクハラと言われても手を離す事は無い。だって肩に手を置いているだけだ。断じてセクハラでは無いのだから。指が気持ち悪く動き続けていたとしてもセクハラでは無い。ちょっと動いちゃってるだけだ。
「で、ど、どうするの? 親睦を深めるんだよね? 何処に行く? せ、せっかくだから、皆で楽しめる事しよう? ね?」
柔らかく、少しだけ甘えるような声音で春花に言うみのり。
二人きりで親睦を深める事は不可能だ。だが、此処で皆を誘い、大勢と一緒に親睦を深めながら二人きりの時間を作る作戦に出たのだ。それに、皆を誘おうと言って春花に対して下心が無いとアピールしているのだ。春花の肩をさわさわしている指? そんなものは知らない。
芋虫のように春花の肩を這っている指を見て、朱里と白奈は白い目を向けるけれど、みのりは気にした様子は無い。
「……まあ、月並みだけど、遊園地とか?」
「水族館、動物園……候補は色々あるわね」
大勢で行くのであれば、全員が楽しめる場所の方が良い。美術館なども思い浮かんだけれど、珠緒や唯と一は多分美術館には興味無いだろう。
皆とは、童話の魔法少女の全員。そうなると、やはり遊園地や動物園が候補に挙がる。
「キヒヒ。アリスは遊園地に行った事が無いから、遊園地が良いんじゃないかい?」
「そうなの?」
ひそひそと春花に言うチェシャ猫の言葉に、春花が訊ねる。
「キヒヒ。無いよ」
「そうなんだ」
我が事を思い出せない春花とすれば、自分の知らない事を知っているチェシャ猫の言葉を疑う事は無い。チェシャ猫は自分の知らない記憶の事も知っているのだから。だから、チェシャ猫の言葉をすんなりと受け入れる。
まぁ、だからと言って自分から遊園地に行きたいと言う事は無い。別段、行きたいと思う事は無いし、自分からそれをアピールするつもりも無い。行くなら行くで良いし、行かないなら行かないで良い。春花にとって、それほど執着のある場所でも無い。
行った事が無い。ただそれだけの場所。
「アンタ、何処行きたいとことかある?」
何気なしに朱里がそう問うも、春花は特に無いと首を振る。
「特には」
「そう。なら、遊園地で良いんじゃない? 皆で楽しめるでしょ」
「そうね。じゃあ、皆のスケジュール確認しておくわ」
朱里の提案に、白奈は直ぐに同意して、童話の魔法少女達にメッセージを飛ばす。
「アンタも予定空けときなさいね」
「うん。分かった」
春花は素直に頷く。春花に特に予定は無い。予定を空けておくのは簡単な事だ。
話も一段落付いて、春花は食べかけのお弁当に箸を伸ばす。
それまでの間、みのりの指が春花の肩を気持ち悪く這っていたけれど、誰も突っ込む事は無かった。
話が終わり、放課後に童話のカフェテリアで詰められる事になるとは、この時のみのりはまだ知らない。




