異譚5 傷付くのは貴女ですからね
「それって、アタシやアリスでも勝てないって事?」
『それは聞かずとも、御自身が一番良く分かっているのでは?』
「……まあね」
ヴルトゥームの言葉に、朱里はむすっとした表情で返す。
聞いてはみたものの、答えなんて自分の中でとっくに出ている。
水上都市では羽付き相手に苦戦した。瑠奈莉愛を相手にした時も攻めきれなかった。
『貴女は圧倒的な近接戦闘能力を持っています。それこそ、他の追随を許さない程の。ですが、中~遠距離となると途端に戦いづらくなってしまいます』
「まぁ、アタシの魔法は近接戦特化だからね……」
『そのようですね。私との戦闘でも一度も遠距離攻撃を使いませんでしたからね。覚醒した後もそれは変わらず、高火力にはなったものの攻撃方法は近接一辺倒。通常火力は底上げされたものの、最高火力に到達するのにもそれなりに時間を有するのは変わらないようですしね』
「うぐっ……」
痛い所を突かれ、思わず呻いてしまう。
ヴルトゥームの言った事は全て事実であり、朱里も実感している事でもある。
確かに、覚醒して通常火力と最高火力は上がった。だが、弱点が克服出来た訳では無い。
誰が見ても明確な朱里の弱点。中~遠距離攻撃が無い事と、最大火力を放つのに時間を要する事。
『ともあれ、現状の貴女達では不可能でしょう。万に一つの可能性もありません。地球に襲来しないよう、神に祈りを捧げるのみです』
「神って言ったって邪神でしょうに……」
『旧支配者は邪神ですが、それ以外の種別の神も存在はします。まぁ、気配を感じないので、地球には居ないのでしょうけど。……ともあれ、旧支配者とは出会わないに越した事は無いです。大体の旧支配者は百害あって一利なしですから』
「アンタが言うと説得力が違うわね」
皮肉を込めて朱里が言えば、ヴルトゥームはえっへんと胸を張る。
胸を張るヴルトゥームを呆れた様子で見やって、事前に用意しておいた珈琲を飲む。異生物の入ったマグカップは棚に飾って小物入れ代わりにしている。流石に、愛用し続ける気は起きない。
「でも、結局その旧支配者を倒さなきゃ、アタシ達の戦いは永遠に続くって事よね。本当の意味で異譚を終わらせたいなら、いずれ戦う必要は出てくるわよね……」
『だとしても、まだまだ先の話ですね。貴女が生きている間に旧支配者が地球に来る確率はかなり低いです。それに、今の地球の科学技術では、こちらから打って出る事も出来ませんからね。結局、対処療法しか出来ないですよ。私のようにぬけぬけとやって来た旧支配者をご自慢のおみ足で蹴り殺してやってくださいよ。あははー』
「アンタ、どういう感情で言ってるの……?」
『私以外が成功するのが許せないので、貴女を勝ち馬にしたいという感情です。まぁ、この地球にも花はありますし、火星よりは自然豊かなので、楽園とは言わないものの満足はしています。もう負けて野望とかも全て打ち砕かれたので、後は余生を謳歌するだけですし。そうなった場合後からやって来る旧支配者は邪魔でしか在りません。非情に、ひっじょ~に業腹ではありますが、私を倒した貴女に他の面々を倒して貰い、私と同じ屈辱と諦めを味わって欲しいのです。私以上に強い奴の吠え面を見るのもとても楽しみですし、早い内から貴女に付いていれば地球侵略を目論んだとはいえ比較的仲間寄りで奴らの吠え面を拝む事ができ、私は嬉々として美味しい栄養剤を呑む事が出来るまさに愉悦』
「長い。簡潔に」
『私が失敗したのだから全員失敗すれば良いと思ってます』
「素直でよろしい」
『もはや取り繕う必要も無いですからね』
既に負けてゲームから降りた身であり、旧支配者の座からも降りた。科学力で武装して、他の旧支配者と同等になろうと躍起になる必要も無ければ、護らなければいけないモノは全て無くなった。
『恥は一杯かきましたし、プライドは路傍の石ころくらいの大きさまで砕けました。私を信仰する民衆も居ないですし、今から武力を揃えて戦うのも面倒臭いです。今の私の夢はちょっと大きめの庭園を持つ事くらいです。そのために貴女に協力しているのですよ。つまり、ごますりです。すりすり』
「……まぁ、それはアンタの献身次第なんじゃない? 正直、アタシはアンタに対して思う所はそんなに無いわ。一回勝ってるし、アタシの知り合いが殺された訳でも無いしね」
心無いように思える発言。聞く人が聞けば誤解をするし、魔法少女としては異譚生命体を許容したようにも取れる発言だ。
だが、今の言葉は紛れも無い本心だ。
自分が倒した敵。自分が覚醒するきっかけとなった敵。自分が戦ってきた中で一番強い異譚支配者。厳密には旧支配者だし、一番強い異譚支配者は既に更新されているけれども。
朱里としてはそれだけ。それ以上の感情は無い。敵だった以上は警戒するし、何かあったら自分で責任を取る。
ヴルトゥームが何もしないのであればこちらから何かをするつもりは無い。実験動物にしたり、恨みだと言って拷問するつもりも無い。
しかし、それは朱里だけの考えだ。ヴルトゥームに仲間を殺された者、家族を殺された者は大勢居る。恐怖を与えられた者だって居る。
朱里にヴルトゥームを害するつもりが無くとも、朱里以外にはその理由がある。
正直、それは困る。最初こそヴルトゥームを匿うデメリットばかりを考えたけれど、今では貴重な情報源だ。チェシャ猫が話さない事、気障男二人が勿体ぶった事を、検閲にそれほど引っ掛からないヴルトゥームは話す事が出来る。
朱里にとってその情報は大きなアドバンテージだ。例え誰にも伝えられなくとも、朱里がそれとなく対策を広める事が出来る。
現状で対策軍に引き渡せば、ヴルトゥームは処分される可能性が在る。ヴルトゥームの情報の有用性を証明し、ヴルトゥームの処分が出来ない状況を作ってから上層部には伝えた方が良い。
独断だが、それが最善策だ。
「でも、アンタの事は暫く黙っておいた方が良いわね。色んな意味で」
『是非そうしてください。私の存在が監視者に知られれば、検閲を強められる可能性もあります。そうなれば、私は貴女と世間話をするだけの可憐な花に成り下がってしまいますので』
「ああ、そっちのデメリットもあるのか……了解。アンタの情報は慎重に扱うわ」
どうあれ、貴重な情報源である事に代わりは無い。例えそれが仲間に対しての裏切りだとしても、朱里はヴルトゥームを匿う。
「……アンタは、アリスについてどこまで知ってんの?」
『アリスについては最重要検閲対象となっておりますので、深く発言が出来ません。ですが……』
「ですが?」
『あまり信を置かないように。傷付くのは貴女ですからね』
意味深な事を言って、話は終わりとばかりにヴルトゥームはタブレット端末を操作する。
「何よそれ」
少なくとも、ヴルトゥームよりは信用している相手を信用するなと言われ、少しだけ不機嫌になってヴルトゥームを小突いた。
気にした様子も無くタブレット端末をいじるヴルトゥームを見て、朱里は張り合いの無さに溜息を吐いた。




