異譚3 旧支配者
ホームセンターでヴルトゥームの要求した物を買い、「なんでアタシがこんな事……」とぶつくさ言いながら帰宅する。
『お帰りなさい』
ほけーっと窓の外を眺めていたヴルトゥームは、帰って来た朱里を迎える。
「アンタにただいまって言うの、なんか抵抗あるけど……ただいま」
一応ただいまを言って、買って来た物を広げる。
「鉢植え、土、栄養剤、あと水ね」
『また、随分とおかしな鉢植えを買ってきましたね』
「せっかく飾るなら可愛い方が良いでしょ? 部屋の景観も崩さないしね」
朱里が買って来たのは、割れた鉢植えに階段や段差の付いた、一見するとミニチュアの街のように見える鉢植えだ。一番上が大きく穴が空いており、二段ある段差部分にも植物を植えられるようになっている。
『下の二段が空いていますが、入居者募集中という事ですか? 私以外の植物を植えるのですか? 早速浮気ですか?』
「アンタが何言ってるか全然分からないけど、ま、気が向いたら植えるわよ。気が向いたらね」
朱里は下準備をした後、一番大きな穴にヴルトゥームを移す。
ヴルトゥームを移した鉢植えをデスクライトの下に持って行き、満足げに頷く。
「良し。此処がアンタの新居よ。誰かに見られても困るから窓辺には置けないけど、デスクライトは点くから。それで我慢なさい」
『ふむふむ。悪くは無いですね』
触手でぽふぽふと土を叩き、感触を確かめるヴルトゥーム。
『では、お水と栄養剤をください。そろそろ栄養を摂取しないと、流石に死んでしまいますので』
「あー、はいはい」
一緒に買ってきていた観葉植物用の小さな散水ポンプの中に水を入れ、ヴルトゥームにかけてやる。
『あ~~~~生き返ります~~~~』
両手を広げて、噴霧される水を浴びるヴルトゥーム。
「……さっきからちょくちょく思ってたけど、アンタ随分印象が違うわね」
敬語ではあるけれど砕けた口調。大袈裟な仕草に、喜怒哀楽が前面に出た表情。見た目は同じだけれど、以前の上位者然とした面影は皆無と言っても等しい。
『神核が砕けましたのでね。神様ぶっていてもしょうがないのですよ。あ、お水はもう大丈夫ですよ。栄養剤の方をください』
ヴルトゥームは朱里から栄養剤を受け取り、土に差すのではなくそのまま口に運んで喇叭飲みをする。
『ぷはぁっ……地球の栄養剤もなかなか悪く無いですね』
「そいつはようござんした。……で、一息付けた?」
『ええ、お陰様で』
「そ。なら、本題に入っても良いかしら?」
デスクチェアに座り、ルーズリーフとペンを用意する。
真面目な雰囲気を察したのか、ヴルトゥームは喇叭飲みを止める。
「アンタ達上位者って結局何者なわけ? さっき旧支配者とか言ってたけど、異譚支配者と何か違うの?」
『大違いですよ。貴女達が言う上位者が旧支配者。旧支配者が鍵を使って対象を転生させた状態が異譚支配者です。つまり、旧支配者をグレードダウンさせたのが異譚支配者です』
ヴルトゥームは触手を伸ばし、ルーズリーフに絵を描く。
一つは、花から生えた美少女。もう一つも、花から生えた美少女。片方には旧支配者と書いており、片方には異譚支配者と書かれている。二つの花の美少女の間に鍵を描き、その上に転生と書き、下にはグレードダウンと書く。
『図解すると、こんな感じですね』
「普段アタシ達が戦ってる相手が異譚支配者。異譚支配者は、アンタの言う旧支配者をグレードダウンさせた存在。うん、此処まではアタシが知ってる内容通りね」
ここら辺の事情はアリスからある程度は知らされているので特に驚きは無い。
「やっぱ気になることと言えば……」
『旧支配者、ですか?』
「ええ。聞き馴染みの無い言葉だもの」
携帯端末で旧支配者と調べてみても検索には一切引っ掛からない。
『まあ、そうでしょう。それでは、私が旧支配者の説明をして差し上げましょう』
ルーズリーフに書かれた旧支配者の文字の横に矢印を書く。
『旧支配者。グレート・オールド・ワンとも呼ばれる存在達は『古き神々』、『古ぶるしもの』、『古きもの』等々、複数の呼ばれ方がありますが、一般的には旧支配者と呼ばれる事が多いです』
「古き神々……って事は、神様なの?」
『何を神と崇めるかにもよりますが、私達は神と分類される存在ではありました。私のような知識と頭脳を崇める者達、絶対的な力を崇める者達、人類を庇護する力を崇める者達。私達はそんな者達の神様でした。かなり大昔の話ですけれど』
「それってどれくらい古いの? 色んな神話体系があると思うけど、それよりも?」
『それはもうかなり古いです。他の神話体系は良く分かりませんが、私は同種以外を感知した事が無いので真偽の程の不明です。まあ、居たとしても滅んでいるとは思いますが』
他の神話の神々。知らない。と書き足すヴルトゥーム。
「うわぁ……あんましそういうの聞きたく無かったかも。別に信じてる訳じゃないけど、夢を崩されたというか、なんというか……」
『真実なんて得てしてそういうものですよ』
「……嫌な事言うわね。で、その旧支配者って何者? 神様なのは分かるけど、どういう目的で動いてるわけ?」
『思惑は神それぞれです。また、目的も同じくです。私はこの地球の救済。海上都市のは……恐らくは、愛しい姫君の救済。地球がどうなろうと知ったこっちゃ無いでしょうね』
「ああ、あの気障野郎ね……」
嫌な奴を思い出したと顔を顰める朱里。
海上都市に居た異譚支配者の少年。王子様ぶった言動と春花を知ったような口をするあの少年には苛立つばかりである。
『彼等の意志は特に統一はされていません。転生体である人間に委ねているケースもありますし、私のように目的のために異譚支配者を動かす者も居ます』
「……瑠奈莉愛の時みたいな感じ、って事よね」
『狼の異譚支配者ですか? あの子は利害の一致もありましたが……まあ、大半はあの子の考えが反映されていたでしょう』
「そう……」
本当に世界を壊して作り直そうとしていた。それこそ、仲間であった朱里達を殺してでも。
薄々分かっていた事だけれど、改めてそう言われるとやるせない気持ちが溢れて来る。
『とまあ、目的は様々ですが唯一はっきりしている事があります。まあ、私が言うのもアレなんですけど……』
「何よ?」
『旧支配者は良い神ではありません。その存在は総じて邪で、人間の都合など微塵も考慮していません。旧支配者、彼等の分類は――』
――紛れも無く、邪神です。




