孫凛風の一日
旅行だったり疲労だったりで送れました。申し訳無いです。
孫凛風の一日は酷い。――失敬。孫凛風の一日は早くも遅くも無い。
「ふぁ~あ……よく寝たネ……」
赤のネグリジェに身を包んだ凛風が、もぞもぞと布団から起き上がり眠たげに欠伸をする。
通学の時間までまだ少しある。顔を洗い、SNSで可愛い女の子の写真を探し、朝食を用意して食べて、SNSで見付けた可愛い女の子の写真を保存し、化粧をして美少女アイドルや女優のまだ持っていないグッズをネットで買い、私服に着替えてから、大きなアリスのポスターにちゅっとキスをして――勿論唇に、である――から、家を出る。
凛風の一日にこれといった美学は無い。規則正しくとか、目標を持ってだとか、誰かの為にだとか、昨日の自分より前に進だとか、そんな事は一切考えていない。
考えている事はただ一つ――
「今日も可愛い女の子に出逢えると良いネ~」
――である。
可愛い女の子に出逢えれば一日ハッピー。どんなに嫌な事があっても帳消しになる。
私服で街を練り歩く。可愛い女の子に出逢っても、自分がダサければ釣り合わない。服を買い、アクセサリーを買い、ネイルをしながら道行く女の子をナンパしてみる。
「へい彼女! 我とイイコトしないカ~?」
「そこのお嬢さん。我とお茶しないカ? キリッ」
「ヤー、お姉さん、どこかで会ったネ?」
言葉や言い方を変え、凛風は道行く女の子を懲りずにナンパしていく。
突然美少女がニコニコ笑顔で声を掛けて来るものだから、宗教やマルチ商法の怪しい勧誘系の話かと疑って凛風を無視する者が大半だ。
しかし、凛風はめげない。美女・美少女に袖にされるのも悪くは無い。
そうやって色んな女性に声を掛け続ける凛風。そんな最中、少しだけ騒がしい集団を目にする。
「だから、行かないって言ってるじゃない!」
「良いじゃんか別に~」
「俺らと楽しい事しようぜ~?」
二人の男に対して一人の女性。
「あれは……典型的なナンパネ!!」
キラーンっと目を輝かせる凛風。
ナンパ → 助ける → 女性喜ぶ → 凛風に惚れる → ホテルへGO!!
完璧な計算式により、最強の答えが頭の中で導き出される。
性欲に導かれるまま、凛風は即座に行動に移す。
「止めないカ、君達!!」
女性と男二人の間に割って入る凛風。
「あ、何お前?」
「んだ、このチンチクリン」
突然割って入って来た凛風に眉を寄せる男二人。
そんな男達を気にした様子も無く、凛風は背後の女性を振り返る。
「もう大丈夫ネ。我に全部任せるヨ」
安心させるように笑みを浮かべる凛風。白い歯がキラッと輝くけれど、その眼の奥に潜む性欲を隠しきれていないようで、女性は凛風の眼を見て本能的に引き気味になっている。
女性の様子に気付いた様子も無く、凛風は自身が導き出した答えを信じて行動する。
「強引なナンパは止めるネ! お姉さんが嫌がってるヨ!」
「だから何だよ、うぜぇな」
「これから楽しくなんだから良いだろ別に」
心底面倒くさそうに凛風を見やる男二人。
二人の男は背が高く、風貌もいかにも遊んでそうである。普通の女性であれば、自分から近付かないであろう柄の悪さである。男性だったとしても、関わるのは御免被りたいところだ。
そんな二人を相手に、凛風は臆した様子も無い。まあ、異譚生命体と比べればどんな屈強な男も恐れるに足らずである。それに、男二人は柄が悪いだけでろくに鍛えてはいない。格闘技の経験も無いようだし、ただ柄が悪いというだけだ。
「お前等と一緒でも、なんも楽しく無いネ。教養も無さそうだシ、恰好もダサいシ、何より魅力が皆無ネ」
やれやれと呆れたように肩を竦める凛風。
「髪質も悪い、肌も荒れてる、唇カサカサ、爪も手入れされてない。香水も付け過ぎで臭いネ。お前達、ダサい男の見本市みたいヨ」
散々な言われような男達。しかし、凛風の言葉は正しい。正しいがゆえに、男達の心に深く刺さり、男達の神経を逆撫でする。
「何好き勝手言ってんだこのチンチクリン」
「ガキが、生意気言ってんじゃねぇぞ……」
明確に怒りを見せる男達は、凛風を乱暴にどかそうとする。それこそ、多少痛めつけてでもという気持ちがありありと表情に出ている。
男の一人が凛風を乱暴にど突こうとする。
「ほいっ」
凛風は男が伸ばした腕を掴み、軽く捻り上げる。
「がぁっ!? い、いでででで!?」
「なっ、てめ、なにしやがる!」
腕を捻り上げられ、たまらず膝を付いた相方を見て、自分達の行動を棚に上げて凛風に食って掛かる。
「見て分からないカ? お仕置きネ」
「痛ぇって!! おい離せよ!!」
「あーん? 口の利き方がなって無いネ~?」
「いででで!?」
乱暴に言い放つ男に、腕を捻る角度を更にきつくする凛風。
「てめぇ、離せよ!! このっ!!」
もう一人の男が凛風を蹴ろうとするも――
「ほいっ」
――足を軽く掴まれ、そのまま捻る。
「おわっ!?」
脚を捻られ、無様に転ぶ男。
立てないようにもう片方の足を踏み、更に足を捻る。
「さて、どうするネ? このまま痛い思いをするか、帰って自分磨きをするか……どっちが良いネ?」
「「じ、自分磨き!! 自分磨きします!!」」
男達に選択の余地は無い。散々騒いだせいで人目を引いているし、何より驚く程に痛い。
「よろしい。精一杯頑張るネ。強引なやり方より、自分の魅力で相手を落す男の方がよっぽどカッコイイヨ」
言って、凛風は二人の手と足を離す。
痛みから解放されると、男達は慌てた様子で二人の元から離れていく。
逃げ出す男達を見送った後、凛風は心の中で『邪魔者は消えた』と微笑む。
くるっと凛風は女性の方へ振り向き、とびっきりの笑顔を向ける。
「大丈夫だったカ?」
「え、ええ……ありがとう」
「なんのなんの! 可愛い子を助けるのは当たり前ヨ!」
「は、はぁ……」
「おほんっ、それじゃあ、お姉さん」
「な、なにかしら……?」
「ちょっと我と喫茶店に行かないカ?」
「……はぁ……凛風姐姐。何をしたんですか?」
呆れた様子で凛風の前に立つのは凛風の部下であり、同じチームの仲間である周翠蘭。
「うぇぇ……翠蘭~」
泣きながら翠蘭に抱き着く凛風。
凛風が居たのは交番。あの後、先走り過ぎた凛風は、頭の中では喫茶店に行こうと誘ったつもりだったのに、口ではホテルと言ってしまっていた。それを聞いた女の子は引き攣った表情を浮かべていやいやと首を振り、それでもええじゃないかええじゃないかと誘った凛風を、騒ぎを見た通行人が通報して駆け付けた警官が交番まで補導した。
というのが、一連の流れであり、対策軍所属の魔法少女で~と説明したのだけれど、魔法少女を名乗って詐欺や横暴をする者も少なくは無いので、身分証の提示を求められたのだけれど、魔法少女証――魔法少女である事を証明する証明書であり、魔法少女は全員持っている――を家に置いてきてしまっていたため更に怪しまれ、対策軍の同僚が身元引受人として現れるまでは解放できないと言われてしまった。
数人に連絡をするも、忙しいのパスと言われてしまい、おいおいと泣いていたところ用事が終わったら行きますと言っていた翠蘭が迎えに来たのである。
「対策軍の者です。馬鹿姐姐を引き取りに来ました」
「酷いヨぉ……」
翠蘭は魔法少女証を提示して、警官から凛風を引き取る。
「さ、帰りますよ」
「うん……」
翠蘭の用事が終わったのは夕方であり、それまで誰も迎えに来てくれなかったのがショックだったのか、しおらしい表情で翠蘭に手を引かれる凛風。
こうして、自身の失態によって一日を無駄にした凛風。自身の溢れ出るパトスを抑えきれれば、もっと有意義に過ごせたはずなのにと、あの時あるはずの無い自身の心の男性器に素直になってしまったのが良く無かったのだと後悔をする。
夕日に照らされて落ち込む凛風を見て、翠蘭ははぁと一つ溜息を吐く。
「もうナンパ止めてくださいね」
「うん、もう止めるヨ……」
翠蘭に手を引かれ、その日は素直に家に帰った。
翠蘭の言葉に素直に頷いた凛風だったけれど、数日後懲りずにナンパをしている姿が目撃されたのは、また別のお話である。




