異譚72 改めて
これにて終章になります。
長くなりもうして申し訳無い。
酷くやつれた様子の龍彦は、アリス達を見ると居心地悪そうな表情をしながらも、そのままお焼香に進む。
珠緒も瑠奈莉愛の抱えていた事情の顛末を知っている。龍彦が何をしたのかも勿論知っている。異譚で一度会っているから顔も分かっている。
だからこそ、今更どの面下げて瑠奈莉愛達の葬儀に参列しているのか、珠緒には全く理解が出来なかった。
「てめ……っ」
珠緒が龍彦を追い出そうと前に出ようとする。しかし、即座に朱里が珠緒の肩を掴んで珠緒を止める。
「止めなさい」
「んだよ! あいつは――」
「分かってるわよ。でもね、死を悼む気持ちは一緒よ。その気持ちだけで来たのなら、追い払うべきじゃ無いわ」
「~~~~っ!! ふんっ」
朱里の言葉の意味を理解しているし、朱里の言葉が正しい事も分かっている。何より、この場で下手に騒ぎを起こす方が問題だ。
気持ちだけで言えば、本当にどの面下げてこの場に来ているのか分からない。今すぐにでも追い出して、蹴りの一つでもくれてやりたい。腸が煮えくり返る程に怒りを覚える。
それでも、瑠奈莉愛の仲間として、魔法少女として、この場で騒ぎを起こす事の間違いもまた理解している。瑠奈莉愛達を弔うのに、変な騒ぎは起こすべきではない。
悔しそうに歯を食いしばりながら、龍彦を見ないようにそっぽを向く。
以前の珠緒であれば朱里に止められようが、なりふり構わず龍彦を追い出していた事だろう。龍彦は完全な悪者であり、追い出してはいけない理由が無いからだ。
それに、瑠奈莉愛達を苦しめた諸悪の根源だ。到底許せる相手では無い。
それでも我慢をしたのは、瑠奈莉愛達の最期にそんな騒ぎを起こしたくないと思ったからだ。頭に血が昇って感情的に行動しようとはしてしまったものの、朱里に止められた事で冷静さを取り戻し、騒ぎを起こす事無く我慢をした。
まだまだ感情の制御が難しいけれど、誰かを思う事が出来るようになった分、成長したと言えるだろう。
「偉いじゃない」
「うっせ!」
ぽんぽんっと背中を叩いて褒めれば、珠緒は苛立たし気に言葉を返す。
一瞬、トラブルが起きそうな気配がしたものの、葬儀は恙なく進行した。龍彦も、ただ瑠奈莉愛達の死を悼むために来たようで、特に騒ぎを起こす事も無かった。
式が終わり、精進落としに移る。精進落としは親族中心で行われるとはいえ、今回親族として参列したのは魔法少女達である。必然的に、関係者だけの会食という形になった。
それでも故人を偲ぶ時間は重要なもので、瑠奈莉愛と関りのあった者達は瑠奈莉愛との思い出話に花を咲かせる。
「まゆぴー、こーいうの苦手だぁ。悲しくなゆ……」
しょんぼりと肩を落としながら、ご飯を食べるまゆぴー。目元は赤くなっており、式の間中泣いていた事が分かる。
「弔う亡骸も無いからな……」
「亡骸の無い葬儀程、虚しいものは無いですからね」
「そやね~。もう会えんのは変わらんのやろうけど、見送ったってならんのが、なんともなぁ……」
「確かにそうね。亡骸とは言え、最後までちゃんと見送らないと、自分の心の整理も付かないものね……」
「……言いたい事は分かるけどよ……」
まゆぴー達が悲し気な雰囲気の中会話をしていると、珠緒が居心地悪そうな表情で五人を見る。
「わざわざあたし囲んで飯食う必要ある?」
何故だかは分からないけれど、まゆぴー達がコの字になって珠緒を囲んでご飯を食べているのだ。突如真ん中に座らされた珠緒は訳も分からずそのままご飯を食べていたけれど、何か違う事に気付いてようやく声を上げた次第である。
そんな珠緒が疑問の声をぶつければ、全員顔を見合わせた後にこくりと頷く。
「ある。君とはちゃんと話をしたいと思っていたからね」
「そうですね。うちのリーダーとも話が合いそうですし」
「いや合わねぇだろ」
「私生活はそうかもだけど、魔法少女としての戦い方とかは合うんじゃないの?」
「それに、イェーガーちゃんと仲ようなりたい言うてはったから、ええ機会やしな~」
「仲良ぴになりた~いの! にぇ? だめ?」
目をうるうるさせて訴えかけてくるまゆぴーに、珠緒は面倒臭そうな顔をする。いや違う。もう言い訳をしない。ただ怖いだけだ。仲良くなるのが怖い。でも、その一歩を踏み出さないと後悔するという事を、珠緒はもう学んだ。
「……赤羽珠緒」
「んぇ?」
「赤羽珠緒だ。自己紹介、まともにしてなかったろ」
珠緒のその言葉に、全員顔を見合わせる。そして、最初の自己紹介の時の事を思い出す。
「そういえばそうだった!!」
「確かにそうだね。よし、まずは私からだ」
「え~!? まゆぴーからじゃない?」
「まゆぴーはもうしただろう。私は乙倉李衣菜。今まで通り、りぃちゃんと呼んでくれて構わない」
「私は微風玲於奈です。私の事もそよぷーで構わないですよ」
「あたしは秤真昼。まーぴーで良いわよ」
「うちは瀬里沢うさぎ。うちもせりりんでかまへんよ」
一人ずつ、珠緒に自己紹介をする。
四人の自己紹介を聞けば、それで終わり……なのだけれど、隣でずっと元気良く挙手をしているまゆぴーが視界に入る。
全員苦笑をしながらも、まゆぴーに視線をやる。
「まゆぴーは、矢羽々真弓! よろしくにぇ! たまちゃん!」
元気良く自己紹介をするまゆぴー。
今更になって、実感する。自己紹介をすっ飛ばして一緒に戦った彼女達。そんな彼女達の名前を、彼女達の口から聞けて心底良かったと思う。
「ああ。改めてよろしく。けど、たまちゃんは止めろ」
「にぇ~? なんで~? 可愛いと思うんだけどにゃ~」
語らい、笑い合う。この瞬間を迎える事に価値はあった。この瞬間のために戦う価値があった。
死なせたく無いと言う気持ちに間違いは無かった。この気持ちは間違いでは無い。そう思う事は、きっと弱さじゃない。皆の中にあるありふれた感情なのだ。
だからこそ、珠緒はこの気持ちを抱えて前に進める。もう怖がらない。失いたく無いモノのために全力で戦える。
失う事の哀しみも、失うという事を知らない虚しさも、珠緒は味わった。
自分の心と向き合いながら、戦い続ける。それが、珠緒の選んだ道なのだから。
葬儀を終え、朱里は何処にも寄らずに帰宅する。
前回の異譚で思う所はあるけれど、焦ってがむしゃらに訓練を積んでも効果は無い。今はひとまず身体を休め、次の自分にステップアップするための課題と向き合う時間にする。
まずは一人で考えて、その後に客観的視点を取り入れて訓練メニューを作る。
そのために今日は訓練をせずに帰宅した。
「ただいま」
「あ、お、お帰り、なさい……」
玄関を開ければ、ばったりと鉢合わせしてしまった母親がびくりと身を震わせた後、お帰りなさいと返してくれる。
怯えた様子の母親。いつもの事だ。あの日以来、母親は朱里が怒ると手が付けられなくなる子だと思っている。誤解を解こうと思った事もあるけれど、口で説明したところで分からないだろうし、朱里が手を上げてしまったのもまた事実だ。決して、誤解などでは無い。
そそくさと自室に向かう母親を見送りながら、朱里も自室へと向かう。
なんて事無い慣れ親しんだ自分の部屋――
『おや。ようやくお帰りですか』
――そのはずだった。
「は?」
聞いた事のある声。いや、これは声であって声では無い。脳内に直接語り掛けてくるような、そんな違和感のある声。
この声には覚えがある。
だが、慌てて室内を見渡すけれど、それらしい姿は見当たらない。気のせいかと思う間も無く、その声は朱里に語り掛けて来る。
『ああ、此処です、此処。机の上です』
声の言う通りに机に視線をやれば、そこには見覚えのある花がぽつんと置かれていた。
美しい花弁に囲まれた中心から伸びる、誰もが羨む絶世の美女の上半身。花の女神。火星の眠れる神。またの名を――
『お久しぶりです。息災で何よりです、ロデスコ』
――ヴルトゥーム。




