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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第6章 ■■■■と■■■■■■
333/489

異譚71 お婆さんの内情

 イェーガーにとって、一番長く一番最低な夜だった。いや、きっと誰にとっても同じ事だろう。魔法少女にとっては、それこそヴォルフと一緒に働いた事がある者からすれば、更に最低な夜だったに違いない。


 全ての木の山羊達を蹴散らした後、イェーガー達の元へ向かったアリス。その時には、既にイェーガー達がヴォルフを倒してから三十分程経過しており、ヴォルフの遺灰の前で泣き崩れるイェーガーを宥めているまゆぴー達を見て、アリスは自分の選択が間違えていたと悟る。


 どうあっても、自分がやるべきだった。どうあっても、自分がヴォルフを倒すべきだった。そうすれば、イェーガーがこんなに悲しまなくても済んだ。イェーガーがこんなに辛い思いをしなくても済んだ。自分が、他人よりも仲間を優先すれば――


「お馬鹿」


 ――自責の念に駆られていたアリスの思考を、小さな衝撃が襲う。


 こつんっとアリスの頭を小突いたのは、眉間に皺を寄せたロデスコ。


「痛い」


「痛くしたんだから当然よ」


 怒りと共に呆れを内包した表情で、ロデスコは一つ溜息を吐く。


「アンタのせいじゃない。アタシが居たのに、あの子に全部任せる事になっちゃった……相性とか、そんな言い訳に頼るつもりは無いわ。アタシの実力不足」


 申し訳無さそうな顔で、泣き崩れるイェーガーを見やるロデスコ。


 属性の相性的にはロデスコの方が有利だった。けれど、近距離しか攻撃方法が無いロデスコにとって、近~中距離攻撃が主体であったヴォルフとは戦いづらかった。


 だが、そんな事を言い訳にするつもりは無い。自身の弱さを言い訳にして、勝てなかった事を正当化するなんて、そんな無責任な事は言わない。


「後悔するなら、強くならないとね」


「うん……」


 泣き崩れるイェーガーの元へ、二人は向かう。


 かける言葉は見つからないけれど、このまま此処に居る訳にもいかないのだから。


 悲しみに暮れる彼女達を、顔を出した朝日が照らした。長い長い異譚()が終わりを告げたのだった。



 〇 〇 〇



 異譚が終わり、被害地域は復興に向かって舵を切る。


 誰が死んでも、どんな被害が出ても、異譚が終わった後の行動は変わらない。


 魔法少女や被害者達の心境などお構いなしに、世界は平常化を図るために回るのだ。


「葬式はあたしがやる。費用はあたしが出すから、手続きだけはお願い」


 沙友里にそう頭を下げ、珠緒は瑠奈莉愛達の葬式を開く事をお願いした。


 上狼塚家には親しくしていた親族はおらず、母方の両親も既に他界しているため、葬儀を執り行う親戚が居なかった。それを知った珠緒が真っ先に自身が葬儀を上げると名乗りを上げたのだ。


 そのお願いを断る訳も無く、沙友里は瑠奈莉愛達の葬儀の手配を行った。


 そうして、上狼塚家の葬儀が執り行われた。


 珠緒だけではなく、アリスや朱里、童話の魔法少女達も参列した。親族席が空いてしまうので、そこに座る形になった。


 葬式には、沢山の人が参列した。九人家族だ。友人や同僚が居る事を考えると、参列者が多い事は予想は出来たけれど、その予想を上回る程に参列者は多かった。


 それだけ人々と関わって、それだけ愛されていたのだろう。


 参列者の中には唯と一のお婆さんもおり、丁寧な所作でお焼香を上げていた。


 双子とお婆さんの間にあったわだかまりは、異譚が終わって直ぐに解決した。


 本当はずっと黙っているつもりだったらしいけれど、双子が真剣にお婆さんに訊ねれば、お婆さんは双子が今まで不安がっていた事を申し訳無さそうにしながら全てを話してくれた。


 お婆さんにはこれといった趣味も無く、先立たれたお爺さんの遺産の使い道も無かった。お金に余裕はある。生活に不自由する事は無い。それでも、生活に張り合いは無く、ただ漫然と過ごすだけの毎日だった。けれど、自身の娘が育児放棄をしていると知り、唯と一を預かった。


 最初は責任感からだった。自分の娘のした不始末なのだから、自分が責任を持って立派な大人に育てる。それが余生短い自分の最期の仕事だと、そう思った。


 だが、双子を育てていく内に不思議な事にそんな責任感は消えていた。あるのは、ただ毎日が楽しく、双子の成長を見届ける嬉しさだった。


 料理を作る負担は増え、掃除や洗濯、学校の事など考える事ややるべきことは山ほどあった。それでも、一人で過ごす時よりずっと楽しかった。


 ある時、責任感だけで育てるのではなく、親として双子を育てている事に気付いた。それを自覚してしまえば、毎日はより一層色付いて行った。


 だが、楽しいだけ、とはならなかった。


 中学に上がって、双子は魔法少女となった。


 魔法少女。異譚を鎮めるために力を振るう特別な力を持った少女。殉職率は高く、いつ誰が死んでもおかしくは無い仕事。


 なんで二人がそんな危険な仕事を、と最初は思った。何せ、自分の子に死んで欲しいと思う親なんていない。厳密には祖母だけれど、そんな事は些細な問題だ。


お婆さんは、双子に死んで欲しくは無い。だが、双子の覚悟も堅かった。


 それが分かってしまったから、魔法少女を辞めろとは言えなかった。両親から愛を向けられなかった二人が、誰かを護るために戦うと、そう言ったのだ。他人を思いやれる二人を、他人のために戦う覚悟を決めた二人を、どうして止められる。


 人を思いやれる子に育ってくれた。それが、何より嬉しかった。


 だから、お婆さんも覚悟を決めた。給料は良いけれど、殉職率の高い仕事。また、自分だってどれだけ長生きできるか分からない。であれば、自分のするべきことは決まっている。


 自分が死んでも双子が生きていけるように家をリフォームしよう。古い家より、しっかり設備が整っていた方が良いに決まっている。


 双子は甘い物が好きだ。好物を一杯作ってあげよう。そのためには、キッチンもリフォームしなければ。冷蔵庫も新しい物に替えよう。


 女の子はおしゃれに気を遣う。最近、おしゃれな同僚に色々聞いたらしい。じゃあお風呂もリフォームしよう。快適に使えた方が良いはずだ。


 リフォームも家具家電を揃える資金もある。使い道の無かったお爺さんの遺産や今まで貯めていたお婆さんの貯金。それを惜しげもなく使って、双子が過ごしやすい家にして行った。


 何かあった時の遺言書も書いてある。双子がこの家の所有者になるように、幾ら残るか分からないけれど、遺産も二人で均等に相続するように。


 終活をしているようではあったけれど、この年になってもう一度人生に張り合いが出来た。それが自分が思っている以上に嬉しい事だった。


 そんな思いの丈をお婆さんは双子に正直に話した。お婆さんの話を聞いて、途中から双子は滂沱の如く涙を流していた。


 双子の真ん中に座らされたアリスは、双子の手を握りながら魔法でハンカチを出して二人の涙と鼻水を拭ってやる。


 結局、双子の勘違いだった。いや、双子の両親による印象操作の結果、お婆さんとの仲がこじれそうになっていただけなのだ。


 本当は、三人共お互いを愛していた。それが、すれ違わないで良かったと、アリスは思う。


 あの時の事を思い出しながら、アリスはお焼香を上げ終わったお婆さんを見る。


 お婆さんはアリスに気付くと、感謝の意を込めて会釈をする。アリスも、会釈で返す。


 因みに、アリスは春花として参列した後に親族席に座った。多少違和感は持たれるだろうけれど、春花とアリスは瑠奈莉愛と接点があった。アリスは先輩だし、春花は瑠奈莉愛の個人的なトラブルを解決している。


 そのため、参列しないという選択肢が無かった。アリスは外せない用事があるので少し遅れるとは伝えていたし、朱里や沙友里は事情を知っているのでアリスのフォローが出来る。多少の違和感であれば問題は無いはずだ。


 粛々と、葬儀は執り行われ――


「てめぇっ……どの(つら)下げて……!!」


 ――る、という訳でも無かった。


 怒りに満ちた目を向ける珠緒。その視線の先には、喪服に身を包んだ龍彦が立っていた。


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