異譚70 ラスト・シルバー
イェーガーの放った銀の弾列は徐々に、だが確実にヴォルフの身体を蝕んでいる。
弾丸はヴォルフの同じ個所を貫いており、次弾が撃ち込まれると前に撃ち込まれた銃弾が跳ねて更に奥まで食い込む。イェーガーが容赦無く銀の弾列を撃ち込めば打ち込むだけ、ヴォルフの身体は蝕まれていく。
着実にヴォルフのパフォーマンスが落ちている。動きは精彩を欠き、触手の制御もままならない。
『こんな……ふざけるな……ふざけるなぁぁぁぁああああああああ!!』
咆哮を上げ、ヴォルフはがむしゃらにイェーガーに突進する。触手の制御を諦め、ただがむしゃらに振るう。
圧倒的な質量で押し切る事を決めたヴォルフ。実際、ヴォルフくらい質量を生み出せるのであれば、質量で忙殺して一人ずつ殺していく事は可能だ。受動的に対処するのではなく、能動的に殺戮を行う方が向いている。
『自分達が何をした!! ただ家族で幸せに暮らしたかっただけなのに!! ただ普通に生きたかっただけなのに!! 何も難しい事は望んでないのに!!』
誰かを殺す機会は幾つもあった。相性や実力もあって、ロデスコやヘンゼルとグレーテルを殺す事は難しいけれど、それ以外の相手であればヴォルフが本気で戦えば確実に殺す事が出来た。
『家族を奪われたら生きていけない!! 生きる意味なんて無い!! 残された二人の家族を護るために、世界を壊そうって思って何が悪い!! そうしなきゃあの子達は死んじゃうんだ!!』
「そうだな。別に、間違えてねぇよ」
引き金を引く。撃ちだすのは六発目の銀の弾列。弾丸は木々と触手を潜り抜けてヴォルフに直撃する。
「立夢」
『ぐぅぅ……ぁぁぁああああああああああああああッ!!』
だが、今までのような絶叫を上げず、痛みに悶えながらもイェーガーへと突進を続ける。
彼我の距離はあっと言う間に詰められる。
「そうなりゃこっちのモンなんだよ、ヴォルフ」
恐ろしい程の速度で迫るヴォルフに焦る事も無く、イェーガーは更に引き金を引く。
七発目の銀の弾列は寸分違わずヴォルフを撃ち抜く。
「依溜」
間髪入れず、リボルビングライフルに込められた最後の銀の弾列を撃ち込む。
「それに、あんたの母さん。……悪ぃな。あんたの母さんの名前は知らねぇんだ」
八発目の銀の弾列を撃ち込み、イェーガーはリボルビングライフルを仕舞う。
リボルビングライフルは八発の銀の弾列を撃ち出すための銃。それ以外の用途で使えば弾の威力が急激に落ちる。アリスが致命の極光を致命の大剣でしか放てないように、この特別な銀の弾列もまた、リボルビングライフルでしか撃ちだせない。
八発目が命中する。衝撃と痛みに脚がおぼつかずに地面に倒れ込むヴォルフ。
「あたしには家族が居ない。だから、あの日……あんたんとこの子達と遊んだ日。すっげぇ楽しかった。家族の居ないあたしに、姉弟が出来たみたいだった」
長銃を手に、イェーガーはヴォルフの元へと歩み寄る。
八発の致命の弾丸を受け、流石のヴォルフも満身創痍。凡百の異譚支配者であれば一発で死んでいる程の威力を誇っている。それを八発も耐える方が異常である。
それでも、限界は近い。
立ち上がる脚は震え、触手は形を保てず自壊する。
「皆でワイワイ騒いで……初対面のあたしにも気を許してくれて、優しくて可愛いやつらだったよ。今度会ったら、またゲーセンでも連れてってやろうって、柄にも無く次を考えてた……あたしにしては珍しく、一回会っただけで名前覚えちまうくらいには、あんたの家族は好きだった」
遠くの方で巨大な氷の柱が上がり、また別の方では大気を振るわす歌声が響き渡る。
同時に、ヴォルフ以外の異譚支配者の気配が無くなる。それは、二体の笛吹との決着が着いた事の証左であり、ヴォルフが全ての家族を失ってしまったという事でもあった。
『あ、ああ……ぁあ……っ』
その事実を理解し、声を震わせるヴォルフ。
『そんな……そんな……!! やだ……嫌だぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!! 居なくならないで!! 独りにしないで!! まだ一緒に居たい!! まだ、普通の幸せすら教えられてない!! 新しい服を買ってあげて、料理を一杯食べて、ゲームも買ってあげて、高校に行って大学に行って、自分の人生を進んで、素敵な人を見付けて結婚して……そんな、ただ当たり前の幸せを生きて行って欲しかっただけなのに……っ』
「……そうだな。あんたも含めて、あいつ等の未来はまだまだこれからだったよな」
これから、色々な経験をするはずだった。
ヴォルフが言ったように、高校や大学に進学して、就職して、結婚をしたり独身を楽しんだり。人生の楽しみ方は人それぞれだけれど、ヴォルフが望んだ普通の生活を送れたはずだ。
安姫女に関してもそうだ。子供達の成長を見守り、孫達に囲まれ、曾孫にも恵まれるかもしれない。
そんな明るい未来が待っていたはずなのだ。
「あんた程じゃねぇけど、あたしだってあいつらを護ってやりたかった。こんな事になって、悔しいよ……」
『難しい事なんて、何も望んで無いのに……!!』
「そうだな。贅沢なんて望んで無ぇ。ただ家族と、幸せに暮らしたかっただけなんだよな……分かるよ。気持ちだけは、あたしも同じだから」
ある程度距離を詰めると、イェーガーは長銃をヴォルフに向ける。
「あんたは間違って無ぇよ。家族のために全てを投げうてるあんたの想いは間違えてねぇ。それを間違いだなんて、誰にも言わせねぇ。……でも、あたしにもゆずれねぇもんがあんだ」
この異譚で初めて会って、たった少しの会話だけしかしていないのに、まゆぴーや他の皆を死なせたくない。ヴォルフが家族を失って悲しむように、彼女達の家族だって彼女達を失えば悲しむ。
「だから、ごめんな。こんなあたしも、魔法少女なんだ」
『やだぁ……やだぁぁぁぁぁあああああああああああああッ!!』
子供のように泣き喚きながら、ヴォルフはイェーガーへ突進する。
リボルビングライフルはもう使えない。それが分かっているからこそ、ヴォルフはイェーガーへ捨て身の突進をする事が出来る。
今やそんな事までは考えていないけれど、リボルビングライフルの脅威がなくなった事だけは理解していた。
だからこその突進。
すかさず、ロデスコ達がイェーガーの援護をしようとするけれど、それよりも速くヴォルフはイェーガーへ到達する。
「悪ぃな。元から切り札はこっちなんだ」
迷わず、イェーガーは引き金を引く。
弾丸は真正面から突進するヴォルフを撃ち抜く。
『――ッ!?』
直撃してから理解する。放たれた弾丸は全て撃ち尽くしたはずの銀の弾丸だと。
計算とは違い、リボルビングライフルの八発だけではヴォルフを貫くには至らなかった。体内で散り散りになった銀の弾丸はヴォルフを蝕む事はあっても、命を刈り取る事は出来なかった。
リボルビングライフルが無いのであれば、銀の弾丸を撃つ事は出来ない――という訳では無い。何せ、リボルビングライフルは銀の弾列を撃ち出すためだけの銃ではあるけれど、通常の長銃は通常弾と銀の弾列を撃ちだす事が出来る。
覚醒前に既に銀の弾列を二発用意する事が出来ていた。瀕死の重傷を負った事で一発は出来るだけ自然治癒するように魔力に戻してしてしまったけれど、一発は残っていた。
正真正銘、最後の一発。だがそれで十分だ。
崩れた身体。ヴォルフが攻撃を受けるのを嫌っていた位置。そこまで分かっていれば、ヴォルフの身体の何処に核が存在しているのかは分かる。
今まで撃って来た八発は囮。わざわざ神業射撃を続けたのも、自分がそこに勝機を見出していると思わせるため。そして、内側からヴォルフを蝕んで弱体化させるため。
本命は、弱体化したヴォルフの核を一発で撃ち抜くこの銀の弾列。
「さようならだ、瑠奈莉愛」
銀の弾丸はヴォルフの核を正確に貫く。
『ぁ……ぁ……』
突進の速度のまま、ヴォルフは崩れ落ちる。
ずるずると地面を滑り、イェーガーの前で止まる。
核は貫いた。もう立ち上がる事は出来ない。
イェーガーはその場に座り込み、ヴォルフの頭を優しく撫でる。
「……よく頑張ったな。もう、ゆっくり休め」
イェーガーの言葉に、ヴォルフは先程までの狂乱ぶりが嘘のように穏やかなか細い声で頷く。
『…………ッス……』
ぼろぼろと、ヴォルフの身体が崩れていく。
まるで灰のように、崩れた身体は風に乗って宙を舞う。
「……ッソ……クソッ、クソがよぉっ……!!」
溢れる涙を止める事無く、イェーガーは崩れるヴォルフの身体を見詰め続けた。
全て崩れるまで。ずっと、ずっと。




