異譚69 存分に恨めよ
「うるせぇ! てめぇは勝手に踊ってろ!!」
ロデスコの言葉に、イェーガーは苛立たし気に返す。
「はぁ!? 一人じゃ戦えないガキを、このアタシがエスコートしてやろうって言ってんじゃないの!! ちょっとはありがたがりなさいよね!!」
確かに、ロデスコの言う通り幾らイェーガーが覚醒しても、イェーガー一人では勝つ事は出来ない。銀の弾列を八発撃てたとしても、通常弾の一発の威力が跳ね上がっていたとしても、それを上回る程の再生力と攻撃力をヴォルフは持っている。
身体能力も向上しているけれど、それでもヴォルフの方が速い。回避や迎撃は出来るけれど、相手の方が手数が上だ。一人だったら確実に勝つ事が出来ない。
イェーガーが一番相性は良いけれど、相性の良さを上回る程の能力をヴォルフは持っている。彼我の実力差が分からない程、イェーガーは自惚れてはいない。
「~~~~~ッ。ああもう!! ありがてぇよクソッ!! 適当に踊っとけば―――――かっ!!」
口悪く文句を言いながら、イェーガーは左手の長銃でヴォルフを牽制する。
「なら素直に言いなさいよね! あーあ、反抗期って面倒臭いわー!!」
ヴォルフの触手を蹴散らし、イェーガーが銀の弾列を撃ち込む隙を作ろうとするロデスコ。
「アンタも、随分過激な反抗期ね。優しく宥めるなんてしないわよ、アタシは」
『黙れぇッ!! お前等なんかに分かるものか!! たった一瞬で世界を失った気持ちなんか分からないだろう!!』
「だから、自分が不幸だから皆不幸になれって? はっ。アンタの心中はお察しするけどね、だからって他人を巻き込んで良い理由にはならないのよ!! 特にね、コイツ等がアンタのためにどれだけ心を砕いたか分かっててやってんの!?」
『黙れ。黙れ黙れ黙れ――』
「黙るかぁッ!!」
『――ッ!?』
声を発すると思われるヴォルフの頭部を蹴り飛ばすロデスコ。
「アンタは不幸よ!! 誰がどう見たってアンタは可哀想だし、アンタの家族だってこんな事に巻き込まれなければ良かったって思うわよ!! 付き合いの浅いアタシだって、本気でそう思うわよ!! けどね!!」
即座に触手がロデスコに迫るけれど、ロデスコはその全てを軽く避ける。
「アンタの不幸が、誰かを傷付けて良い理由にはならないのよ!!」
ロデスコが避けた瞬間、ロデスコと触手の僅かな隙間を通ってヴォルフの頭部を銀の弾列が撃ち抜く。一発目、二発目と寸分違わず同じ場所を正確に撃ち抜く神業射撃。
「幸来」
致命の弾丸を受け、絶叫を上げるヴォルフ。
「説教臭ぇなぁ、相変わらず」
「馬鹿をやった後輩を叱るのも先輩の役目なのよ!」
「まゆぴーは説教嫌い!! 甘やかして伸びるタイプやよ~!!」
「激しく」
「同意」
「いや知らんし!! ていうか、アンタ等絶対甘くしたらつけ上がるタイプでしょ!」
全員が、イェーガーが銀の弾列を撃ち込みやすいようにヴォルフが無視できないレベルの攻撃を続ける。
「あいつが説教臭い事言ってけど、あいつの言ってる事は正しいよ。あたしなんかよりずっと優しい奴等があんたの事を気に掛けてた。皆の思いを、あんたは踏み躙った」
森の中に身を隠したイェーガーが木々の隙間から銀の弾列でヴォルフを撃ち抜く。
「朱李埜」
撃ったら即座に次の狙撃地点を探す。
視覚だけではなく嗅覚でも相手を識別しているヴォルフに対して姿を隠す事にさほど意味は無い。だが、撃つ瞬間を隠す事は出来る。いつ、どのタイミングで撃つのか分からなければ、ヴォルフはイェーガーを警戒せざるを得ない。だが、イェーガーにだけかまけていれば、当然ロデスコ達の無視できない威力の攻撃が直撃する事になる。
「でも……あたしはあんたが間違えてるとも思ってない。あんたの絶望はあんただけのモノだし、世界を壊したいって思う気持ちだって分かる。ああ、そうだよ。あんたは別に間違った事は思ってないよ」
そう思う事は間違いでは無い。その気持ちは当人だけのモノ。誰かに否定されるいわれも無ければ、誰かに考えを改めさせられるいわれも無い。
誰かの想いを強制する権利なんて、誰も持ち合わせてはいない。
「あいつは、あたし達と違って強ぇ。実力だけの話じゃねぇ。あいつは、心が強ぇんだ。どんだけ絶望の中に居たって諦めない。どんだけ逆境でも立ち向かう。根っこの部分があたし達とは全然違う。だから……」
だから、凄く眩しく思える。言葉には出さないけれど、その姿勢に憧れだって抱く。イェーガーがロデスコを嫌うのは、ロデスコが眩しいからだ。自分には無い強い心を持っていて、揺るぎない自分を持っている。それが、たまらなく羨ましい。
後ろを振り向かず、苦難を乗り越えて前を向いて歩く事を選んだ。そう在れる人間はそうそう居ない。誰しも、途中で心が挫けたり、全てを投げうってしまいたくなる。
そんな心を押し留め、自分の道を進んで行ける。ロデスコは、そういう人間なのだ。
「……あいつは正しいけど、あたし達はその正しさを受け入れられる程強くない。そんな強い心を、あたし達は持って無いもんな……」
木々の隙間から見える一瞬の好機。逃さず、イェーガーは銀の弾列を撃つ。
当然のように銀の弾列はヴォルフに命中する。
「心凛」
ヴォルフの絶叫が暗黒の森に響き渡る。
半分を超え、リボルビングライフルの《ナンバーズシルバー》は残り三発となった。
五発の銀の弾列を受けてなお健在なヴォルフのタフさには呆れるばかりだ。核の精確な位置は分からないけれど、同じ所を同じ角度で撃ち続けているので最終的にはヴォルフを貫通する事が出来るはずだ。その手応えはある。
終わりの時は近い。どんな結末になろうとも、イェーガーはそれを受け入れる。その覚悟はある。
例えヴォルフに恨まれようと、その恨みを背負って生きていく。
「あたしの事、存分に恨めよ、ヴォルフ。全部、全部受け止めてやるからな」
その気持ちから逃げたりはしない。その思いから逃げたりはしない。例え自分が弱い心だろうとも、それがイェーガーの先輩としての責任なのだから。




