異譚65 第二ラウンド
遠吠えを何とか凌いだロデスコ達は、狼との戦闘を継続していた。
けれど、遠吠えの威力は凄まじく、お菓子の家で威力の軽減を図ったものの、全員が骨や内臓にダメージを負ってしまい、ゆっくりと回復をする時間も無いために、その状態での戦闘を余儀なくされる。
一番近くで遠吠えの直撃を受けたロデスコは、その前に笛吹の攻撃も受けてしまっていたのもあってダメージが相当蓄積している。
それでも、多属性の触手を掻い潜り、何度も何度も狼に攻撃を繰り出す。
「げぼぉ……ったく、お下品に血反吐吐いちゃうじゃない……」
「サンベリーナ先輩!! 私はいいので、ロデスコ先輩の回復をお願いします!!」
「で、でも!!」
「『私は徐々に回復している』ので、大丈夫です!!」
「で、でもでも!!」
サンベリーナの回復魔法を受けながら戦っていたシュティーフェルだけれど、自分よりもロデスコを回復させた方が勝機がある事を理解しているため、ロデスコの回復を優先するように伝える。
『猫の二枚舌』を使えば、ある程度は回復する事が出来る。『猫の二枚舌』は実現可能な嘘でなければ実現しない。事象に対する手助けをするための魔法であり、事象を捻じ曲げる事は出来ない。
故に――
「う、腕をくっ付けないと!! ま、魔法があるって言っても、処置が遅れたら付かなくなっちゃうかもしれないんだよ!?」
――自身の吹き飛ばされた腕を自力でくっ付ける事は出来ない。サンベリーナの回復魔法であれば可能だけれど、それでも時間が経てば難しくなる。全快するのであれば、初期段階で治療に専念しなければいけない。
遠吠えを防ごうと咄嗟に左腕で右肩に乗ったサンベリーナを庇った。お菓子の家が展開されるまでの数秒の間だけ遠吠えが直撃したけれど、その数秒で左腕が吹き飛ばされた。
一番近くに居たロデスコが原型を留めているのは、咄嗟に炎である程度相殺したからだ。それでも、音は炎を散らしてロデスコの内側を破壊した。
「た、戦いながらくっ付けるのだって、本当ならだめなんだよう!? 正確にくっ付かないかもしれないから、戦いが終わった腕が動かせなくなるかもしれないんだよう!?」
痛みに顔を顰めながらも、シュティーフェルはサンベリーナに言う。
「大丈夫です!! 今この瞬間を乗り越えられれば、それで!!」
「だ、だめだよう!! そ、その先も見て戦わないと!!」
「でも、勝てなかったら全部意味無いじゃないですか!! そんなの、私は嫌です!! 死んだら、死んでしまったら、先を考える事だって出来ないんです!!」
軍刀と『猫の二枚舌』で触手を斬り落とすシュティーフェル。
猫らしく俊敏な足取りと、柔軟な身体捌きで狼を翻弄する。
「私は平気です!! ロデスコ先輩が主戦力なんです!! ロデスコ先輩の回復をお願いします!!」
「で、でもぉ……!!」
サンベリーナだって、どうするのが正解なのかは分かっている。シュティーフェルの言う通り、現状の最高戦力であるロデスコを回復させるのが最優先だ。狼は確実にロデスコの攻撃を嫌がっている。
どうにか隙を作って、ロデスコお得意の最大火力の流星で貫けば、止めにならなくとも大ダメージを与える事が出来る。そうなれば、まゆぴーの高火力の一矢で貫ける。
だが、サンベリーナは知っている。異譚で身体を失い、その後の生活に支障をきたしている魔法少女達を知っている。いや、魔法少女達だけじゃない。一般人でもそれは同じだ。
腕一つ失っただけで、人間の生活はがらりと変わってしまう。
仲良くも無い、ただ少し話しただけの人だったとしても、サンベリーナの心は痛んだ。それが仲間であり可愛い後輩であるシュティーフェルだったとしたら心が痛むだけでは済まない。
だが、無理をしなければ勝てない相手である事も分かっている。
そして何より、シュティーフェルが自分を犠牲にしてでも倒そうと思う相手が狼であり、シュティーフェルを苛んでいるのも、仲間を傷付けているのも狼である事がサンベリーナをどうしようもない悔しさで一杯にする。
「こ、こんな……こんな事って……!!」
どうして、こんな事をしなければいけないのだろう。仲間だったのに。一緒に笑いあって、楽しい時間を過ごした友人なのに。
目に溜まった涙が頬を伝う。泣いている場合ではないと分かっていても、涙は止めどなく溢れる。
「行ってください、サンベリーナ先輩!! 問答してる時間は――」
「来なくて良いサンベリーナ!!」
シュティーフェルの言葉を遠くからでも聞こえる声量で遮るロデスコ。
「アンタはシュティーフェルの回復に専念!! シュティーフェルは一度撤退して!! 弓子と一等星二人居れば、アタシ達でなんとか出来るから!!」
「唯も!!」
「一も!!」
「「いるぞ~!!」」
上空からキャンディケインの槍を投下し続けるヘンゼルとグレーテルも、シュティーフェルに聞こえるくらい声を張って答える。
「弓子って誰よ! 浮気してたのにぇ!?」
「言ってる場合じゃないだろう!!」
「自己紹介だってまだですものね!!」
まゆぴーは複数の矢を散弾のように同時に放つ。そよぷーとまーぴーは追尾性のある流星を放ち、狼の意識をロデスコやまゆぴーに向かないように邪魔をしている。
「で、ですが!!」
「退けって言ってんの!! アンタを庇いながら戦える相手じゃない!!」
食い下がろうとするシュティーフェルを厳しい言葉で一蹴するロデスコ。
実際、シュティーフェルは格上相手に良くやっている。触手を何本も斬り落としているし、狼の注意を逸らす役割を担ってくれてもいる。居てくれた方が戦いやすいけれど、腕を吹き飛ばされてから明らかにパフォーマンスが落ちている。
ロデスコのようにダメージを負いながらの戦いに慣れていないので、十分なパフォーマンスを発揮できていないのだ。
「大丈夫よ!! そもそも、アタシ一人で戦う予定だったんだから!!」
轟音。次いで、熱波が空気を焼く。
空気を焦がす程の熱量を持った蹴りで、連続で二本の触手を蹴り落とす。
たまらず、狼は悲鳴を上げる。
「行きなさい!! リーダーであるアタシの指示に従って!!」
「――ッ!! 私は……私はまた……!!」
また、戦うための土俵に居ない。
また、大切な人を護れない。
また、助けるための手が届かない。
一瞬、注意が逸れる。その一瞬が、致命的だった。
「しゅ、シュティーフェルちゃん!!」
「しまっ――」
注意を逸らしたその一瞬で、目前まで氷の触手が迫る。
「猫ちゃん!!」
声を張り上げ、まゆぴーがシュティーフェルに迫る氷の触手を射抜いて吹き飛ばす。
だが、シュティーフェルに注意を向けたと言う事は、自分に迫る脅威に注意を向けていないという事になる。
「まゆぴー!!」
まゆぴーを吹き飛ばそうと――いや、その命を奪おうと触手が振るわれていた。そよぷーの言葉で注意を触手に向けた時には、既に回避不可能な距離まで迫っていた。
回避不可能の死を前に、一縷の望みをかけて触手を防ごうと防御魔法をかける。だが、防御魔法が発動するのも間に合わない。
防御魔法が完全に展開する前に触手は易々とそれを砕き、その先にいるまゆぴーすらも砕こうと迫る。
誰もがまゆぴーの死を直感した。勿論、当事者であるまゆぴーもそうだ。
ただ一人を除いて、彼女の死を直感していたのだ。
そう。ただ一人を除いて。
「させっかよ」
銃声が鳴り響く。
直後、まゆぴーに迫っていた触手が吹き飛ばされる。
姿は無い。だが、その銃声一つで皆が触手を吹き飛ばした者の正体を知る。
「第二ラウンドだ。ばか野郎」




