異譚64 だめ
狼の遠吠えに吹き飛ばされながらも、アシェンプテル達は重傷を負ったイェーガーを見付ける事が出来た。
イェーガーの状態を見たアシェンプテルは即座に回復魔法をかける。その間、イェーガーはずっとうなされたようにうわ言を漏らす。それを見て、アシェンプテルはイェーガーが意識を取り戻すように声を掛ける。その間も、アシェンプテルはイェーガーに回復魔法をかけ続ける。
だが、イェーガーの意識は戻らない。それはそうだ。常人であれば即死する程の打撃を受けたのだ。いくら魔法少女と言えども、意識を保つ方が難しい。
「大丈夫そうか?」
「大丈夫よ~! 絶対なんとかするんだから~!」
りぃちゃんの言葉に、アシェンプテルは意気込んだ様子で答える。
「落ち着いたら、此処離れよか。まだ射程圏内やし、木の山羊もぎょうさんおるし」
「そうだな。真弓達には悪いが、一旦離脱して、それから――」
「ヴォ……ルフ……ッ!!」
うわ言のように声を上げ続けていたイェーガーが、確かな意志を持って言葉を発した。
「――っ!! イェーガーちゃん、大丈夫~!?」
「がはっ……あ、アシェンプテル……此処は……?」
「まだ異譚の中よ~! でも安心して~! 絶対に治すからね~!」
血反吐を吐きながら状況を確認するイェーガーに、優しく言葉をかけるアシェンプテル。
しかし、イェーガーは痛む身体に鞭打って、無理矢理身体を起こす。
「ちょっと~! 無理しちゃだめよ~! 動いて良い状態じゃないんだから~!」
「んな事、言ってる場合かよ……ぉえっ……」
「言わんこっちゃない……」
血の混じった吐瀉物を吐き出すイェーガーに、りぃちゃんが呆れたような顔をする。
「そうやよ。あの子ん事は、他の子に任せよ。ね?」
「……ざけんな」
せりりんの言葉を一蹴し、制止するアシェンプテルの腕を掴んで無理矢理立ち上がる。
「あいつを、あたしなら止められた……腕吹き飛ばしてでも、頭撃ってでも、止められた……あいつが、あの鍵を取らないようにする事が、あたしなら出来たんだ……」
「イェーガーちゃん……」
心底から悔しそうに、己の気持ちを吐露するイェーガー。
「悔しいよ……滅茶苦茶悔しい……あいつの家族を護れなかった事も、あいつに無理させちまった事も、あいつを引き留められなかった事も、全部、全部悔しいよっ」
イェーガーの手に力が籠り、アシェンプテルの腕がきゅっと締められる。
イェーガーが此処まで自分の気持ちを吐露するのは初めての事であり、誰かの為に感情を爆発させるのも初めての事だ。
フードを被っているし俯いてはいるけれど、ぽたぽたと水滴が零れ落ちているのは分かる。
「でも、このまま戦ったら君も死ぬぞ。その傷だ。長くは戦えないし、戦えたとしてもアレとまともにやり合えるとは思えない」
「それでも、やんなきゃなんねぇんだよ! あいつが、誰かを殺しちまう前に……!」
ふらつく足取りで、長銃を杖替わりにして戦闘音のするほうへイェーガーは歩き出す。
「灰被りの城」
しかし、突如として景色が変わる。
鬱蒼とした夜の森林の代わりに、絢爛豪華な城内が広がる。
イェーガーは脚を止め、背後を振り返る。下手人は分かりきっている。
「てめぇ……どういうつもりだ……」
振り向き、アシェンプテルを睨み付ける。
「どうもこうも、そんな状態の子を行かせられるわけないでしょ~」
いつものゆったりとした声音。しかし、その声はいつもより真剣で、いつもより強張っていた。
「イェーガーちゃんが、ヴォルフちゃんに人を殺して欲しくない気持ちも分かるわ~。ワタシだって、同じ気持ちだもの~」
例え異譚支配者になったとしても、ヴォルフに人を殺して欲しくはない。あんなに良い子だったヴォルフが、最悪な罪を背負う事を許容したくは無い。
「でもね、ワタシはそれ以上に、イェーガーちゃんに死んで欲しく無いのよ~。酷い言い方をするようだけどね、ワタシはヴォルフちゃんじゃなくて、イェーガーちゃんを選ぶわ~」
振り向き、泣きそうな顔でイェーガーを見るアシェンプテル。
「ワタシからヴォルフちゃんにしてあげられる事は何も無いけど、イェーガーちゃんにしてあげられる事は、まだあるから~」
立ち上がり、アシェンプテルはイェーガーの元へ歩く。
そして、イェーガーの元へ行くと、アシェンプテルはイェーガーを優しく抱きしめる。
「ごめんね、イェーガーちゃん。本当は、ワタシが変わってあげたいくらいよ~。だって、イェーガーちゃんに頼むのは、あまりに酷だもの~」
その言葉で、イェーガーはアシェンプテルの真意を理解する。
アシェンプテルの真意が分かれば、イェーガーも無駄に言い合う事はしない。
「イェーガーちゃん、瑠奈莉愛ちゃんや餡子ちゃんの事、すっごく気に掛けてくれてたものね~。先輩らしく優しくして、心配して、可愛がってくれてたものね~。イェーガーちゃんは認めないかもしれないけど、ちゃんと、愛情持って接していたわよね~」
涙を流しながら、アシェンプテルはイェーガーを抱きしめる腕に力を込める。
「……そんな風に、見えたかよ……」
「見えたわよ~。もうバレバレ~。みんな知ってたわよ~。当然、二人もそう思ってたわよ~」
「そっか……そっかぁ……」
本人としてはきつく当たっているつもりだったけれど、周りから見ればどうやらイェーガーはちゃんと先輩らしく優しく接していたらしい。
それが少し恥ずかしい。周りだけならともかく、瑠奈莉愛と餡子にも理解されていたことが特に。
自分が思っていた以上に、自分は後輩二人に対して好意を抱いていたのだ。いや、二人だけでは無い。きっと、皆にも同じような態度を取っていたのだろう。
それは、付き合いの長い童話の魔法少女達だから分かる事ではあったけれど、他の者に比べて仲間に対する態度はかなり軟化していた。相変わらず、仲間でない者には厳しく、冷たく当たってはいたけれども。だからこそ、態度の差に気付いたとも言える。
「……なら、分かるだろ」
「うん。分かるわよ~」
「……あいつに、誰も殺してほしくねぇんだ。それに、どうしてかなぁ……ほんの数時間前に出逢ったこいつらにだって、死んで欲しくねぇ……」
こいつら。つまり、まゆぴー達星の魔法少女の事である。
まさか自分達の事が話題に上がるとは思っておらず、りぃちゃんとせりりんが顔を見合わせる。
「辛ぇよ……誰かが死ぬの。護れねぇのも辛ぇ……。前の異譚で如月美奈が死んで、餡子がぎゃんぎゃん泣いて……胸がぎゅって締め付けられた。如月美奈が白奈の妹だって知って、もっと辛くなった」
長銃を手放し、イェーガーはアシェンプテルを抱きしめる。
「そう思う自分が弱ぇ奴だって思った。でも、皆悲しいし、皆辛い。皆、この弱さを抱えて生きてる。あたし達は、この弱さを抱えたまま生きてくしかねぇんだって、ようやく気付いた」
アシェンプテルを抱きしめていた腕を離し、ゆっくりとアシェンプテルから離れるイェーガー。
アシェンプテルも離れていくイェーガーを無理に引き留める事は無かった。
「だから、ヴォルフの弱さを利用した赤い服の女は許せねぇ。あいつの思い通りにだけは、絶対にさせねぇ。そのために、あたしは……」
涙を拭い、痛みに顔を顰めながら長銃を拾い上げる。
「パレスを解け、アシェンプテル。あたしは……ヴォルフを殺しに行く」
覚悟の定まった目。迷いの無い、強い瞳を前に、アシェンプテルは目に涙を溜めて返す。
「だめ。パレスは解かない」




