異譚61 存在証明
最近ちょっと短く区切りがち。
基本、1話3000文字くらいなんですけどね。
もっと長い方が良かったら、ちょっと頑張ります。
朦朧とする意識の中、自分の情けなさにとんと呆れ果てるイェーガー。
戦い抜いた結果、瀕死の重傷を負うならまだしも、狼の言葉に動揺して隙を見せて戦線離脱だなんて、笑い話にもなりはしない。
「……だっせぇ……」
思えば、先輩面をしておいて、先輩らしい事なんて何一つしてやれなかった。
実の父親に金をせびられて、母親を巻き込まないように一人で抱え込んでいるだなんて知らなかった。
瑠奈莉愛の様子がおかしいのには気付いていた。気付いて、アリスに話を持って行った。自分では何も出来ないと思ったから、自分が一番頼りにしている人を頼った。
それが、建前。
分かってる。自分を騙すための建前なのだ。本当の気持ちを隠すための方便なのだ。
本当は、踏み込むのが怖かった。踏み込んだ先で自分が失敗をして、失望されるのが怖かった。
飄々と先輩風を吹かせている自分が、メッキだらけの見せかけ人間だと知られるのが嫌だったのだ。
メッキの下の安っぽい自分が嫌いだった。だから、少しでも高見えするようにメッキを貼り続ける。本物と比べれば一目瞭然だと分かっていながら、本当の自分を隠し続けた。
珠緒は、自分が誇らしい人間だと思った事は無い。他人に誇れる才能は射撃だけ。出自も、生き方も、勉強も、人としての魅力も、射撃以外の何もかもが童話の中で一番下。いや、他の人間よりも下だ。下の下。綺麗な人達に混ざれなくてあぶれた醜い人間。
相手を寄せ付けないのも、相手に深く踏み込まないのも、相手に強く当たるのも、本当の自分を知られたくないからだ。
赤羽珠緒は弱い人間だと、知られたくは無かった。
「…………」
吹き飛ばされてもなおその手に握り込んでいた長銃を見やる。
この銃が無かったら、自分に射撃の才能が無かったら、自分が魔法少女じゃ無かったら、自分なんてただのゴミカスで、自分なんてただの底辺で、自分なんてただの負け犬だ。
長銃だけが自分の存在証明。
なのに、まただ。また撃てなかった。
銀の弾列は異譚が思った以上に長引いたため、二発ストックを作る事が出来た。一発を撃ち込んで様子を見て、二発目はここぞという時に使う事が出来たのだ。そうするべきだったのだ。
狼の不意を突ける最初の一撃で銀の弾列を撃ち込むべきだったのに出来なかった。
この期に及んで、躊躇った。もしかしたらを考えて、撃てなかった。
もしかしたら、元に戻れるんじゃないかって。そんな事は無いと分かっているのに、そう考えてしまったら、その考えに縋りたくなった。
だって、だってあんまりだ。
家族を養うために魔法少女になった。危険な仕事だと分かっていて、自分には魔法少女としての適性があると分かったから迷わなかった。
家族を護るために父親からの搾取に耐えた。母親を心配して限界まで耐えて、一人で抱え込んだ。
家族を救うために異譚に飛び込んだ。勇むときもあったけれど、家族を救うために自分の気持ちを押し殺して、他の人達を助けるために戦った。一人でも多く助けるために尽力した。
なのに、家族全員異譚支配者で、それを自分の手で殺して、母親を目の前で失って、最後には自分が異譚支配者になった。
どうして。どうしてこんなに救われない。どうしてこうも苦しめる。一つでも救いが無ければ、一つでも幸が無ければ、あまりにも酷すぎる。
「……くそ……ッ」
立ち上がろうにも身体に力が入らない。
ほぼ全身の骨が折れており、内臓も致命的なまでに損傷している。即死じゃ無かっただけ奇跡的な状態。
今はただ安静にする他無い。
それでも、イェーガーは立ち上がろうと身体中に力を込める。
そんな、地面でもたつくイェーガーを嘲笑うかのように、何処からともなく遠吠えが聞こえてくる。
遠吠えは衝撃波を伴い、地に伏すイェーガーを地面から攫う。
瀕死の重傷の上、無防備な状態で衝撃波を受けたイェーガーはたまらず意識を失った。
「どんな時でも冷静に。異譚では、冷静さを欠いた者から死ぬから」
「ちょっと。それが初出撃の相手にかける言葉? もっと安心させるような事言ってあげたら?」
「異譚で安心されても困る」
「緊張し過ぎてガチガチでも困るでしょうが」
「動けないくらいが護りやすい」
「アンタねぇ……道下さんの話ちゃんと聞いてた? 今回の異譚侵度はD。新人が戦闘経験積むのに最適な異譚だから、アンタとアタシでフォローするって話だったでしょうが。ガチガチに緊張しっぱなしだったら、戦う事すらままならないじゃないのよ」
「それならそれで良い」
「良か無いわ! それじゃあ戦闘経験積めないでしょ」
「追々積んで行けば良い」
「そんな都合良く行くとは限らないんだから、積める時に戦闘経験積んでもらわないと、後々困るのアタシ達よ? いつまでも尻拭いなんて御免だわ」
空色のエプロンドレスの金髪の少女と、地味な赤いドレスに小さなヒールの靴を履いた赤髪の少女が異譚の前で言い合う。
自分は、この光景を憶えている。時折夢に出て来る、初めて異譚に出撃した時の夢だ。
この日の事はよく憶えている。忘れる訳が無い。
この日から、自分は人間になれた。人間だと思って良いのだと、思えるようになった日なのだから。




