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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第6章 ■■■■と■■■■■■
320/489

異譚58 二体の笛吹

 森が広がる。先程と同じ森のはずなのに、先程よりも黒々としており、更に陰鬱さを増した暗黒の森へと姿を変える。


 暗黒の森の中心。そこに鎮座するは、夜に吠える者。


円錐形の顔のない頭部には口が無いはずなのに、夜に向かって遠吠えを上げている。触手と手を備える流動性の肉体は、絶え間なく変化し続けるけれど、その大本の身体は四足歩行の獣の姿から大きく変わる事は無かった。


 その姿は、まるで一匹の狼。


『オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ――――――ッ!!』


 狼は嘆くように、夜に向かって遠吠えを上げる。


 狼の遠吠えに呼応するように、小さな木の山羊と、角の生えた丸い生命体は、笛のような音色を奏でながら姿を変える。


 二体の笛吹は化物の姿から人の姿へと変貌する。その姿は、童話の魔法少女にとって見覚えのある姿だった。


上狼塚家の一番下の妹である虹空(ニア)と、一番下の弟である或叶(アルト)の姿をしていた。二人の子供は色素の抜けきった真っ白な肌と髪をしており、本来であれば色付いているはずの瞳でさえも色が抜けたように真っ白だった。


 清潔な純白の服に、背中から生える一対の純白の翼。


 まるで天使のような様相の二体の笛吹は、しかし、見た目の清廉さとは裏腹に、内包する魔力量は並みの異譚支配者を凌駕する。


 二人は手に笛を持っており、おもむろに笛を吹き始める。


 それは、聞いた者の心を抉るような笛の音。不安を誘い、心を乱し、傷を抉り、恐怖を与え、哀しみを植え付け、苛立ちを覚えさせ、全てを諦めたくなる破滅の笛。


 その音は異譚を超えて町全体に響き渡る。


 その音を聞いた者は前述の症状が精神面に現れる。精神に異常をきたした者はどうしようもない負の感情の奔流に動揺して泣き喚き、錯乱、混乱、自傷行為を行う。そうして、耐えられなくなった者は、最終的に自殺を図る。


 自身の首を切り、衝動的に飛び降り、隣の者の首に噛み付き、自身の首を無理矢理締め、相手の胸元を鋏で刺し――――程度の差はあれど、全員が狂乱の様相を見せる。


 避難誘導をしていた魔法少女達は、狂乱する市民の対応に追われる。その間も、市民の狂乱や自傷、自死は止まらない。


 冒涜的な音色を奏でながら、二体の笛吹は高速で移動する。


「「――ッ!!」」


 二体の笛吹が向かったのは、別々の方向に吹き飛ばされたアリスとスノーホワイトの元だった。


 それは、思考ゆえの行動では無い。本能に従ったゆえの行動であり、刷り込まれた行動原理の結果である。異譚内部の強者を二名排除するために自動的に相手を選出されたのがアリスとスノーホワイトである。


 強者の排除。それ以外の理由は無く、それ以外の行動原理は無い。


 二体の笛吹は死の音色を持ってアリスとスノーホワイトに襲い掛かる。


 二体の笛吹は音を短く切ったり、長く伸ばしたりして、種類の違う音の衝撃波を生み出す。


「くっ……!」


「このっ……!」


 笛の音は骨身に響く。一回の直撃で肉が拉げて骨に罅が入る。


 アリスは距離を取って致命の極光を放つも、的が小さい上に相手の機動力も高い。展開した致命属性の大剣からも随時致命の極光が放たれているけれど、それも笛吹は悠々と回避する。


 空に逃げ場がある分アリスはまだ戦いやすいけれど、地面から離れる事の出来ないスノーホワイトはそうもいかない。機動力が高い訳でも無いため、氷を大量に放出して笛吹の音を遮断するも、笛吹が一つ音を奏でればたちまち巨大な氷塊は砕け散る。


 氷の領域は広げられているけれど、地に足を付けない笛吹には関係の無い事である。加えて、一つ音色を奏でるたびに凍り付いた木々すらも破壊される。凍り付いた枝にでも引っ掛かってくれればいいのだけれど、木よりも上から攻撃されるためにそれも望めない。


 だが、戦いづらいと感じる一番の原因は、二体の笛吹の外見が完全に或叶(アルト)虹空(ニア)そのものだからだ。


 少しの時間とは言え、無視出来ない程の関りが二人には在る。それに、後輩の姉弟だ。固めたはずの決意が揺らぐのも致し方ない事だろう。


 それでも、倒さなければいけない。早々にこの二体を倒さなければ、残りの面々で異譚支配者(ヴォルフ)を倒す必要が在る。


 それは、あまりにも酷な事であり、あまりにも大きな業になる。そんな業を背負わせる訳にはいかない。


 直接見た訳では無いけれど、鍵を手にしたヴォルフの姿は瞬く間に変貌していた。あれで魔法少女のままだとは思えない。それに、二体の笛吹以上の魔力を感じる。比類する相手を上げるのであれば、火や風の異譚支配者、鼻付き、羽付きと同じくらいだろう。


 つまり、異譚侵度Sと同等。


 イェーガー達だけで勝てる相手では無い。


「オラァッ!!」


 焦燥の中戦うアリスの背後から、流星が飛来する。


 飛来した流星は笛吹を蹴り飛ばすも、自身も痛みに顔を歪める。


「ったぁ……!! 内臓まで響おろろろげぽっ」


 笛吹を蹴り付けた流星――ロデスコは、音の衝撃が内臓にダメージを与えたのか、喋りながら血の混じった吐瀉物を吐き出す。


「汚い」


「仕方ないでしょうが! って、んな事ぁどうでも良いのよ! コレどういう状況? 遠吠えが聞こえたと思ったら不快な音色が鳴り響くし、異譚の暗幕だって消えてる! なのに核の魔力はビンビンに感じるし、もうコレどういう訳って感じなんだわ!!」


 夜中、しかも、唐突に始まった戦闘のせいで気付かなかったけれど、異譚と現実を隔てる暗幕が消失している。海上都市の時と同じ状況だけれど、今はそんな事を気にしている余裕は無い。


「詳細は後で話す。今重要なのは、ヴォルフが異譚支配者に成って、二体の白い笛吹がヴォルフの姉弟だという事」


「は? マジで言ってんの……?」


 アリスの説明を聞いたロデスコは半信半疑で聞き返すも、アリスは至極真面目な表情でこくりと頷く。


「…………オーケー分かった。核はアタシがやる。笛吹はアタシじゃ相性が悪いから、アンタがお願い。蹴りくれるたびに血反吐(ちへど)吐くんじゃ割に合わないわ」


 即座に、一番重い(・・)であろう仕事を引き受けるロデスコ。仲間を手にかけるのと、その姉弟を手にかけるのでどちらが精神的負担が大きいかは分からないけれど、少なくとも良く知った相手を手にかける方が抵抗があるだろう。だからといって、笛吹を倒す事も簡単に割り切れる話では無いけれど。


「……直ぐに合流する」


「ええ」


 一つ頷いて、ロデスコは流星の如く異譚支配者(ヴォルフ)の元へと飛翔する。


「……ロデスコ、行っちゃった……」


 ロデスコが飛翔した後、ようやく追い付いたマーメイドがぽそりと呟いた。


「マーメイド。危ないから下がっていて」


「……ううん。選手、交代……」


 言いながら、マーメイドは下を指差す。


 マーメイドに促され下を見やれば、そこにでは行動を停止させていたはずの木の山羊達が再度行動を開始していた。向かう先は森の外。死の音色によって狂乱する市民の元。


「……音だったら、任せて……アリスは、下、お願い……」


 ぐっと親指を立てるマーメイド。


 だが、アリスにも譲りたくない事情がある。


「でも……」


「……大丈夫。事情、聞こえてた……」


 アリスの元へと来る間に、二人の会話は聞こえていた。


 その事情を分かった上で、マーメイドはアリスに任せろと言っているのだ。


「……音叉の剣、ちょーだい……」


 くれくれと両手を差し出すマーメイド。


 避難活動を行っていた魔法少女達は狂乱する市民の対応で手一杯であり、それ以外の魔法少女も木の山羊達の数に悪戦苦闘している。


 本心を語るのであれば、笛吹の相手もヴォルフの相手も譲りたくは無い。皆に、そんな業を背負って欲しくは無い。


 けれど、魔法少女として正しい行いをするのであれば、何を優先するかは明白である。


 逡巡の後、アリスは音叉の剣を作り、マーメイドに渡す。


「お願い」


「……任された……」


 頷き、二人は互い違いに進む。


 抱える思いに違いはある。けれど、目的だけは一致している。


 異譚の終焉。ヴォルフが誰かを殺す前に、この異譚を終わらせる。こうなってしまった以上、それが最良の終わり方なのだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] オヤジがわるい
[一言] 悲しいけども、誰が悪いわけでもない。なんということだろうか。(致命傷ー
[良い点] みんな心が折れないか心配したけど、やっぱベテランは覚悟が違うな 感情は割り切って戦える
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