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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣
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異譚7 食卓を囲む

 魔法というのは生み出された時に込められる魔力で持続時間が決まる。


 ロデスコで言えば炎。スノーホワイトで言えば氷。アリスのトランプの兵隊(カードソルジャーズ)


 それらの魔法は、込められた魔力量によって持続時間が決まる。


 例外として、攻撃系の魔法は瞬間的な攻撃力が求められるため、持続時間よりも威力の方に魔力量を割り振っている事が多い。要は、持続時間と威力のどちらに魔力量の比重を置くかだ。


 魔法はいずれ解ける。それが常識(あたりまえ)だ。


 けれど、例外はある。


 魔法が解けてしまうものであれば、サンベリーナの治癒魔法は永続的に続かない事になる。だが、サンベリーナの治癒魔法は絶対に解ける事が無い。


 どういう原理なのかと突き詰めるために日夜研究が続けられており、まだ結論には至っていないけれど仮説だけは出ている。


 魔力が物体に干渉した結果はどうあっても覆らない。


 という仮説。


 けれど、そうなると異譚が終わった際に変異した物体が元に戻っていく事に説明がつかない。異譚も魔力による干渉によって変異が起こっていると判明している。なので、その仮説で行くと異譚の効力も恒久的なものになる。


 建物に恒久的な効力は見られないけれど、完全に変異してしまった人間には恒久的な効力が見られている。現在、数体の変異個体を隔離しており治療の方法を探っているのだけれど、まだ何の糸口も見いだせていない状態だ。


 ともあれ、魔法の及ぼす影響は未知数だという事だ。


 そして、その未知数に大きな影響を与えているのが他ならぬアリスでもある。


「わー! すっげー!」


 アリスが魔法でぱぱっと穴の開いた床を直す。


 魔法の効力は恒久的ではない。それは、アリスも同じ事――の、はずだった。


 が、アリスが生み出した剣は残り、アリスが直した物は直ったままだった。アリスが消そうと思えば消す事が出来、アリスが消そうとも思わなければそのまま残り続ける。


 本来なら消えるはずの魔法が残り続ける。アリスの起こすこの現象によって、魔法の研究は大きく乱されている。


「あとねー、ここー!」


「こことここ!」


 アリスが床を直し終えれば、子供達が壊れている部分を指差していく。


 壊れているから直して欲しいという訳では無く、単に魔法が物珍しくて見たいだけの子供達は無邪気に家の壊れている部分を紹介していく。


 その様子をはらはらと見守る高学年組だけれど、アリスは特に気にした様子も無く家を直していく。


 アリスとしては特にやる事も無いので良い暇潰しになるのと、魔法の精度を上げるための訓練だと思えば丁度良くもあった。


 子供達と一緒に家中くまなく歩き回り、欠陥を直していく。


「アリスさん! ご飯できたッスよー……って、皆廊下に出て何やってるッスか?」


 居間から顔を出した瑠奈莉愛が、廊下でわいわいやっているのを見て不思議そうな顔をする。


「あ、姉貴……なんか、アリスさんが家中直してて……」


「へ?」


「おねーちゃー! いっぱいきれいなったー!」


「なったー!」


 幼児達が嬉しそうに笑って瑠奈莉愛に報告してくる。


 瑠奈莉愛は慌てて廊下を確認し、自分の知っている廊下の状態ではない事を認めると、さーっと顔から血の気を引かせる。


「お、お幾ら払えばよろしいッスか……」


 かすっかすの声で言葉を絞り出したけれど、アリスは特に気にした様子も無く返す。


「いらない。暇潰しだから」


「……暇潰しで家の修繕って……どんなスケールだよ……」


 アリスの言葉に驚いたように高学年の男の子がこぼす。


 家の修繕には馬鹿にならない程のお金がかかる。それは、子供でも分かる事だ。業者を呼んでやるような事を暇潰しと言って実行できるアリスの規格外さには驚きを隠せない。


「ご飯、出来たの?」


「で、出来たッス……」


「じゃあ、ご飯にしよう」


 言って、アリスはさっさと居間へと向かう。


「……英雄って、すげぇんだな……」


「ッスね……」


 暇潰しで家の修繕をしてしまう英雄(アリス)に驚嘆しながらも、自分達も居間へと向かう。


 アリスが座っている両脇に、幼児達がたたっと走り込んでさっさと座り込む。


 余程アリスの事が気に入ったのか、ぴたっとくっつくように座っている。


 そんな子供達に苦笑を浮かべながら瑠奈莉愛もテーブルの前に座る。


「今日はアリスさんの奢りッス! 皆、ありがたーくいただくッスよ!」


「「「「「「「「いただきます!!」」」」」」」」


 元気よく、食前の挨拶をしてから子供達はご飯を食べる。


 食卓には大きなお皿が乗っており、そのお更には青椒肉絲(チンジャオロース)がてんこ盛りになっている。


 他にはお味噌汁や煮物等が並べられている。


「姉貴、今日メニュー多いね」


「そりゃあ、アリスさんに振舞うッスからね! 半端な料理じゃ駄目ッスから! あ、アリスさん! どッスか、お味の方は」


 黙々と食べるアリスに瑠奈莉愛が訊ねれば、アリスはこくりと一つ頷く。


「美味しい」


 アリスがそう言えば、瑠奈莉愛はぱーっと花が咲いたように笑みを浮かべる。


「良かったッス! さ、どんどん食べてくださいッス!」


「うん」


 とはいえ、アリスは小食である。少し食べただけでお腹が満足してしまう。


 アリスはご飯を一杯食べただけで満足し、ぼーっと子供達の様子を見る。


 わいわいがやがや、楽しそうに笑い合いながらご飯を食べている。


 アリスには無縁の光景。いや、もしかしたら、記憶を失くす前にはこんな光景もあったのかもしれない。思い出せないだけで、縁が無い訳では無いという可能性もある。


 けれど、今は縁遠い光景だ。そして、自分には必要のない光景だとも思っている。


 それ(・・)を享受する資格が自分に在るとは、到底思えないのだから。


「お? アリスさん、もうお腹いっぱいッスか?」


「うん」


「キヒヒ。アリスは小食だからね」


「そうなんッスね。じゃあ、タッパーに入れるッスか? 是非お家で食べて欲しいッス!」


「平気。皆で食べて」


「でも、アリスさんへのお礼ッスから……」


「もう貰ったから。気にしないで」


 人に優しくされる事が嫌な訳じゃない。人の好意を嫌っている訳では無い。だから、瑠奈莉愛の気持ちは十分嬉しい。


 ただ、優しさに対する答えをアリスが持っていないだけだ。持っていてはいけないのだ。


 英雄は独りで良い。その道を選んだのは、他でもないアリスなのだから。


「あ、心凛(こりん)! またこぼしてるッス! 服にまでご飯あげなくて良いんッスよ! 朱李埜(とりの)幸来(ここ)はまーたそうやって取り合って! ダメッスよ!」


 瑠奈莉愛が忙しそうに子供達の面倒を見る。


 彼女とこの家の様子を見ていると、瑠奈莉愛が魔法少女になった理由が分かる。


 魔法少女は他の仕事に比べて給料が良い。それこそ、毎回命懸けで戦っているのだ。それ相応の報酬が無いとやっていられないだろう。


 家族を支えるために魔法少女になってお金を稼ぐ。きっと、それが瑠奈莉愛が魔法少女になった理由だろう。


 お世辞にも綺麗とは言えない家に大家族。それに、この家には子供の娯楽用品が一つだってありはしない。それだけ、生活に困窮しているという事だろう。


 元人間の異譚生命体を殺したと分かった段階で、一旦離脱する者は数多い。そこから、徐々に慣れていくか、後方支援に回るか、辞めるかのどれかだ。


 瑠奈莉愛には退けない事情があった。だからこそあの場で踏ん張り、辛い思いをしながらも最後まで戦い抜いた。


 戦わなければいけない理由があるから。


 そこは、アリスと同じだ。アリスにも戦わなければいけない理由がある。


 決して譲れない、アリスだけの理由。


「ただいまぁ~」


 アリスがぼーっと物思いに耽っていると、玄関から女性の声が聞こえて来た。


「ママ!」


 アリスの隣に居た子が嬉しそうに声を上げた。


 ママ(・・)。その言葉に、アリスの思考は現実に引き戻された。

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