異譚57 冒涜的な才能
人には、誰にでもある程度の才能が有る。
サッカーの才能。数学の才能。演技の才能。文学の才能。笑いの才能。などなど。誰しもが何かしらの才能を持ち合わせている。
しかし、そこには個人差があり、程度の差もある。
例えば、地方のサッカーチームがあったとしよう。そのサッカーチームでは一番上手かったA君だけれど、別のクラブチームには更に強いB君がいたり、別の地方にはこれまた強いC君がいたりする。
それでも、そのA君はジュニアユースチームに入れる程の実力を持っている。
ユースチームで頑張り続け試合に出るけれど、主だった活躍は出来ない。きっと、代わりの強い者が現れたら試合にも出られなくなるだろう。
才能の限界。別の才能が有る者に追い越される。
でも、A君は気付かない。A君はサッカーよりもバスケの才能が有った事に。バスケの才能であれば、トップクラスだった事に。
気付かない。気付かせる周りがいない。気付く切っ掛けが無い。自分の本当の才能を知らずに埋もれていく。
きっと、気付かないだけで世界にはありふれている事なのかもしれない。
そしてそれは、魔法少女にも当てはまる。魔法少女には、努力だけでは決してなる事が出来ない。魔法少女になるには、確かな才能が必要なのだ。
魔法少女になれる者はわずか一握り。その中でも珍しい童話の魔法少女となれば更に確率は狭まる。
童話の魔法少女になる事自体が、最早奇跡のような出来事なのだ。
その奇跡を冒涜する奇跡がある事を、彼女は知らない。今日、この時まで。
泣き笑うヴォルフに対して、アリスが何か言葉を口にしようとしたその時――
『あらあら、随分可哀想ですね』
――突如として、アリスの前に何者かが出現する。
「――ッ!!」
即座に、アリスは手に持った十剣でその者に斬りかかる。
考えるよりも先に、身体が動いていた。誰だかは分からない。どういった存在なのかも分からない。それでも、その者の邪悪さだけは一目見ただけで分かった。
『ああ。私の事はお気になさらず』
「なっ……!!」
だが、アリスの十剣は見えない障壁に阻まれる。
その障壁には憶えがあった。
海上都市の少年が使った障壁。それと、まったく同じ防ぎ方だった。
攻撃が通用しないと分かり、アリスは一旦距離を取る。生半可な攻撃力では障壁は突破出来ない。かと言って、最大出力の致命の極光を撃ち込めばヴォルフを巻き込んでしまう。
アリスが攻撃をした事により、全員が臨戦態勢になっているけれど、アリスの攻撃が通らなかったところを見ているので、迂闊に手を出す事も出来ない。
アリス達の目の前に現れたのは、一人の女性。森に不釣り合いな赤いドレスを身に纏った女性。アリス達に背中を向けているためにその表情は伺えないけれど、女性と対面しているヴォルフにもその表情は伺えなかった。
顔を見ているはずなのに、認識が出来ない。男のように見えたり、女のように見えたり、子供のように見えたり、老人のように見える。まるで、質の悪い悪夢でも見ているかのようだ。
『私にはとんと分かりませんが、家族を失ってさぞ悲しい事でしょうね』
静かな声音で赤い服の女はヴォルフに話しかける。
「凍らせる?」
「……多分、無駄。それに、ヴォルフを巻き込む」
凍らせて身動きを取れないようにするかと提案するスノーホワイトだけれど、アリスは首を横に振る。
「ナンバーズシルバーは?」
「相手が未知数過ぎる。イェーガーが外すとは思えないけど、ヴォルフに当たった時が問題」
「……ちっ、なんなんだよあいつ……!!」
結局、相手の出方を窺うしかない。
ヴォルフが居ないのであれば完全に攻勢に回れるのだけれど、完全に戦意を喪失してしまっているヴォルフがいたのでは、攻勢に回る事も出来ない。
アリス達の警戒を余所に、赤い服の女は続ける。
『とりわけ、君は人より家族を大事にしていた。そのために、魔法少女として、長女として、頑張って来た。だと言うのに、ああ、可哀想に。残る家族は後二人。それも、最早救えぬ程に化け物に成ってしまいました。ああ、可哀想。とっても、可哀想』
何度も可哀想と口にする赤い服の女。けれど、その声音に憐憫は含まれていない。
『このままだと、残りの二人も彼女達に殺されてしまいますね。だって、この二人は異譚支配者。この異譚は、八体の異譚支配者によって構成されています。ゆえに、全ての異譚支配者を倒さない限り、異譚はこのまま存在し続けるのです。復活能力も、母山羊が死んでしまえばもう使えません。弱いこの子達は、ただ死ぬのを待つだけです。貴女が止めようにも、向こうには英雄がいます。止められませんね。貴女はただ、家族が死ぬのを見ているだけです』
「ぁ……ぃ、いやッス……」
赤い服の女の言葉を黙って聞いていたヴォルフは、嫌々と首を横に振る。
『でもそれが事実ですよ? だって、貴女は弱いですから。この場に居る魔法少女で勝てる確率があるとすれば……』
言いながら、赤い服の女は振り返る。
「うげっ……なんだよあいつの顔……」
赤い服の女の認識できない顔を見て、顔を顰めるイェーガー。
顔を顰められても気にする事無く、赤い服の女はサンベリーナ、アシェンプテル、シュティーフェルを指差す。
『この三人くらいですかね。非戦闘員と、貴女の同期。それ以外には手も足も出ません。ですので、貴女の残り二人の家族は助かりません。異譚もお終い。世に平和が訪れてハッピーエンドです。ぱちぱちぱち』
嬉しそうに手を叩く赤い服の女。
だが、ヴォルフの顔は完全に血の気が引いている。
優しい先輩達ならそんな事はしない。なんて、今となっては言えない。何せ、自身の目の前で母親を殺したアリスが居る。アリスであれば、躊躇いを内に秘めながらも、残りの二体を殺すだろう。
『ああでも、貴女にとってはバッドエンドですかね? 貴女が一番大事だったものが何一つ残らない訳ですからね』
「だ、だめッス……だめッス嫌ッス!! この二人だけは殺さないで欲しいッス!! 自分の、自分の家族なんッス!! もうこれ以上自分から奪わないで欲しいッス!!」
『って言ってますけど、どうします?』
赤い服の女は嗤いながらアリス達に訊ねる。
だが、誰も答えない。答えは出ているけれど、答えられない。それを言うのは、あまりにも非道であると分かっているからだ。
『あら皆さん、とっても雄弁ですね。やっぱり殺すみたいですよ? どうしましょうか?』
「いやいやいや!! ダメッス!! 絶対、絶対にダメッス!!」
二体の異譚支配者に覆い被さるようにして抱き寄せるヴォルフ。
そんなヴォルフの姿を見て、アリス達は悲痛な面持ちを浮かべる。対して、赤い服の女は表情こそ見えないけれど、その雰囲気はとても楽しそうなものだった。
『では、私が手を貸してあげましょう』
「……え?」
何処からか、赤い服の女は一つの鍵を取り出す。
『貴女には資格があります。この鍵を手に取れば、貴女は家族を護る力を手に入れる事が出来ます』
「――ッ!! ヴォルフ、ダメ!!」
その鍵が何かは分からない。だが、とてつもなく嫌な予感がした。
雲山羊も鍵について口にしていた。雲山羊の時と同じ鍵なのかどうかは分からないけれど、赤い服の女がまともでは無い事は分かる。
絶対に止めなければいけない。
『護ります? それとも、全部奪われます?』
ヴォルフに差し出される鍵。
その鍵を見た後、ヴォルフはアリスを見る。
喪失感で一杯だった顔には、先程までは無かった覚悟が見受けられた。
その覚悟が、アリス達とは別の覚悟である事は直ぐに理解できた。
「……自分にとって家族は世界の全部だったッス」
ヴォルフの手が鍵に伸びる。
「その家族が無くなるならッ……」
ヴォルフの指先が鍵に触れる。
「……こんな世界いらないッス!!」
そして、その手は鍵を掴む。
その瞬間、本来であれば表に出る事は無かった冒涜的な才能が開花する。
衝撃が広がり、アリス達は吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたアリス達も、この異譚で戦い続ける魔法少女達も、異譚の外で戦う魔法少女達も、そして、赤い服の女も、確かにソレを耳にする。
『オオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――ッ!!』
それは、遠吠え。夜に吠える、ナニカの遠吠えだった。




