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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第6章 ■■■■と■■■■■■
318/489

異譚56 人殺し

 安姫女(アンジェ)の死体に縋りつき、泣き喚くヴォルフ。その声は徐々に徐々に小さく、弱々しくなっていく。


 そうして、すすり泣く声しか聞こえなくなったところで、ヴォルフは腹の底から絞り出すように苦しい声音でこぼした。


「……人殺し……っ」


「……っ」


 ヴォルフの言葉に、アリスは息を呑む。


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。だが、直ぐにその言葉はアリスの心に刃となって深く突き刺さる。


 ゆっくり、ヴォルフは頭を上げる。


 思わず、アリスは後退る。


 後退るアリスを逃がすまいと、非難するように涙に濡れた目で睨み付ける。


「人殺し……ッ!!」


 ヴォルフがまさかそんな事を言うとは思っていなかったために思考停止していたイェーガー達だけれど、流石に二度目ともなれば呆然よりも怒りと焦りが勝つ。


「てめぇ……今なんつ――」


 ヴォルフに食ってかかろうとしたイェーガーだけれど、すっとアリスが手で制する。


 本当は逃げ出したい程に怖い。異譚支配者と戦うよりも、ずっと怖い。ヴォルフの眼を見て、真正面から感情の乗った言葉を叩き付けられるのが怖い。


 でも、逃げても何にもならない。向き合わなければいけない。それが、自分の選んだ事に対するけじめだ。


 小さく深呼吸をして、真っ直ぐヴォルフの眼を見据える。


「どうして……どうして、ママを殺したんッスか!! あんなに、あんなに良くしてくれたのにっ……!! 人になれるなら、どうにかしようがあったんじゃないんッスか!?」


「……無い。人にはなったけど、彼女は人である事を選ばなかった」


「そんな訳……そんな訳無いじゃないッスか!! ママがこんな事望んでするはず無いッス!! ママは優しいんッス!! アリス先輩だって知ってるッスよね!?」


「知ってる。優しくて、温かい人だった」


「だったらどうしてッスか……!?」


「さっきも言った。人になる事は出来ても、人で在ろうとはしなかった。異譚支配者として生きる事を選んだ。であれば、私は倒さないという選択肢は無かった」


「自分に任せてくれれば説得出来たッス!! 娘なんッスから、言うこと聞いてくれたッス!! なんであの時自分に言ってくれなかったんッスか!!」


「言えば、貴女は迷う。それに、貴女と母親を殺し合わせたいとは思わなかった」


「そんな事にはならなかったッス!! ママは分かってくれたッス!! 娘の自分が言えば、こんな酷い事直ぐに終わらせて――」


 金切り声でアリスに食って掛かるヴォルフの言葉を遮るように、茂みを別ける物音が聞こえてくる。


 ヴォルフ以外の全員が、即座に臨戦態勢と取る。


 茂みをかき分けて出て来たのは、丸い身体をした、角の生えた生物と、あまりにも小さな木の山羊。


 今まで見た木の山羊達とは違う姿をした二体に警戒心を向けるイェーガー達。


 だが、アリス達の警戒とは裏腹に、二体はゆっくりとヴォルフに近付く。いや、正確には、ヴォルフと死体となった安姫女(アンジェ)に、だ。


「ヴォルフ、離れて!!」


 スノーホワイトが即座に指示を出すけれど、ヴォルフは一切動こうとはしない。


「アリス、どうする!?」


 イェーガーが問うも、アリスも臨戦態勢を取っていない。


「大丈夫。敵意は無いから」


 悲し気な声音で、アリスは言う。


「そ、そんな事言っても、相手は異譚生命体だよ?」


「そんな事、言われなくても分かってる」


 珍しく強い口調で返すアリスに、サンベリーナはひんっと涙目になってシュティーフェルの髪の中に潜る。


 全員が見守る中、二体の異譚生命体は横たわる安姫女(アンジェ)に近付くと、きぃきぃきしきしと音を立てる。そして、あろうことか目と思しき器官から体液を流し出す。


 それはまるで、死を悲しむかのよう。


 慮外の出来事に動揺するも、ヴォルフは目を見開いてその光景に釘付けになる。


 相手はただの異譚生命体だ。そのはずだ。そのはず、なのだ。


 この光景に既視感を覚えるはずがないのだ。


 なのに、どうしてこうも、思い当たってしまう。


「ま、さか……まさか、そんな……はず……」


 何かに気付いてしまったのか、うわ言のように呟きながら、ゆっくり、ゆっくり、ヴォルフは二体の異譚生命体から視線を外してアリスを見やる。


「……自分の……姉弟達……ッスか……?」


 確信は無い。だが、なんとなくそう思ってしまった。


 違うと言って欲しい。強く否定して欲しい。そんな事は無い。貴女の姉弟は無事だよって、そう言って欲しい。


 その思いを込めて、ヴォルフは縋るようにアリスを見る。


 だが、ヴォルフの思いも虚しく、アリスは躊躇いがちながらも、確かに頷いた。


「……う、そ……」


「嘘じゃない。アリス・エンシェントになって、この眼で見た……」


「……そんな……嘘ッス。嘘ッスよ……」


 言いながら、ヴォルフは何かに気付いたようにあっと声を漏らす。


「……七体……全部で、七……」


 今目の前に居る二体の異譚生命体を含め、特殊個体は全部で七体。


 途方も無い巨人。二体の白い柱山羊。二体の緑の肉塊。角の生えた丸い生命体。そして、あまりにも小さな木の山羊。


「まさか……まさかまさかまさか……ッ!!」


 取り乱したように声を上げるヴォルフは、答えを求めるようにアリスを見る。


 アリスは、酷く言いづらそうに顔を顰めながらも、ゆっくりと口を開く。


「……貴女の姉弟も……皆……」


 その先は、言えなかった。言う必要も無かった。


「あ、ああ……あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁッ!!!!」


 嘆きの声を上げるヴォルフ。


 緑の肉塊を殴った。殴り殺してしまった。姉弟を、自分の手で、殺したのだ。


「ぅ、ぉぇ……っ」


 フラッシュバックした光景と感触に嫌悪感を覚え、その場で嘔吐する。


「ヴォルフ……」


 家族を護ろうと戦っていた。家族を助けようと戦っていた。魔法少女であろうと頑張った。公私混同しないように頑張った。


 精一杯、皆を助けられるように頑張った。


 その結果が、これだ。


 そもそも、頑張り事態が無意味だった。この異譚が発生してしまった時から、家族はもう助からなかったのだ。


「ぁ、ははっ……じ、自分も……」


 吐いて、泣いて、鼻水も出て。べちょべちょになった顔で全てに絶望したように虚しい笑みを浮かべてアリスを見る。


「自分も……人殺しだったんッスね……」


 自分を責める言葉。そのはずなのに、どうしようもなく自分が責められているような感覚に陥った。


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[一言] アリスをよしよし、したくなりました
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