異譚52 氷の女王
木の山羊の群れを突っ切って進むスノーホワイト達。
木の山羊達を随時処理しているので、なんとなくその違和感に気付く。
「……数が減った?」
「そ、そうかな?」
「どうでしょう?」
スノーホワイトの言葉に、サンベリーナとシュティーフェルは小首を傾げて顔を見合わせる。
直接戦闘をしていない二人と違い、スノーホワイトは今の今まで木の山羊達と戦闘を行っている。実際に数えてはいないし、体感にはなるけれど、こちらに向かって来る数が減ったように感じる。それでも膨大な数ではある。
数が減ったと言う事は、異譚支配者から遠ざかった可能性もある。通常、異譚生命体は異譚支配者を守護するように居る事が多い。
「サンベリーナ。核から遠ざかってるって事は無いわよね?」
「う、うん。核まで真っ直ぐ進んでるよ?」
サンベリーナの感知能力では方向は間違えていない。
であれば、何故数が減っているのかが分からない。
「相当数倒しましたから、全体の数が減っているのでは?」
「それなら良いのだけど……」
確かに、スノーホワイト一人で相当数の木の山羊を倒してきた。全体の数が減っていると考えてもおかしくは無い。だが、スノーホワイト一人で減少を実感できる程の数を減らせるのであれば、既にアリスが大多数の木の山羊を殲滅しているはずだ。戦闘効率はアリスの方がずっと良いのだから。
スノーホワイトが異譚に入ってから三十分程経過しているけれど、アリスはもっとずっと長く異譚に居る。その間、アリスが何もしていなかったはずもないのだけれど、アリスが木の山羊達と戦闘をしなかったという線も考えられる。
とにもかくにも、今しがたこの異譚に入って来たスノーホワイトには正確に状況を判断するための情報が無い。
数が減っているのだから素直に喜べば良い話ではあるのだけれど、どうにも腑に落ちない。
だからと言って、戻るという選択肢も無ければ、一度考えるために立ち止まるという選択肢も無い。増援として送り込まれた以上、追加戦力が必要だという事だ。時間を掛ける訳にはいかないのだ。
違和感を覚えながらも、木の山羊達を凍らせながら先に進むスノーホワイト。
そうして、木の山羊達を氷漬けにした先で三人はようやく異譚支配者と接触する。
三人の前に現れたのは複眼を持つ、二体の白い柱山羊。
「うぇっ……」
二体の白い柱山羊を見て、シュティーフェルは顔を顰める。
二体の白い柱山羊は絶えず死体を貪り、新しい生命を生み出し続けている。死体を貪る様子もグロテスクであれば、新たな生命を生み出す様もまたグロテスクに尽きる。そこには、新たな生命を生み出す美しさや愛おしさは無い。あるのは、ただ機械的な生命の排出だけだ。愛も、生命体の持つ美しさも無いその行為には、数を増やすと言う事以外の意味は無い。だからこそ、シュティーフェルの眼にはグロテスクに映った。
二体の白い柱山羊は接近してきた三人を気に留めた様子も無く、淡々と死体を貪って新たな木の山羊を生み出し続ける。だが、その複眼は確かにスノーホワイト達を捉えている。
「……」
まるで敵意を感じない二体の白い柱山羊に違和感を覚えながらも、スノーホワイトは自身のやるべき事を実行する。
敵意が無いからと言って、倒さない訳にはいかない。
スノーホワイトがさっと手を振る。その直後、周囲一帯が氷漬けになる。
二体の白い柱山羊、木の山羊、ただの木、地面。スノーホワイトを囲む全ての物が、例外なく凍り付く。
パチンッと指を鳴らせば、凍り付いた全てが砕け散る。
「……」
目の前に居た二体の白い柱山羊も、なんの抵抗も無く砕けた。その様子にスノーホワイトは違和感を覚えた。
まず間違い無く二体の白い柱山羊は異譚支配者だ。にも関わらず、二体の白い柱山羊は特に抵抗する事も無く氷漬けになり、反撃する事も無く砕けた。
難しい顔をしながらも、スノーホワイトは二体の白い柱山羊が死んでもなお襲い掛かって来る木の山羊達の相手をする。
違和感はある。だが、それを考えていたところで仕方が無い。この違和感は、考えたところできっと問題の解決にはならない。
「先に進みましょう」
「う、うん!」
「了解です!」
先程と同じように、木の山羊達を凍らせながら前へ前へと進む事に決める。
「ほえぇ……やっぱり、スノーホワイト先輩もお強いですね」
スノーホワイトの後ろを歩きながら、シュティーフェルが感嘆の声を漏らす。
「今のは、相手に敵意が無かったからよ」
「でもでも! すっごいお強くて恰好良いです! ですよね、サンベリーナ先輩!」
「う、うん! アリスとロデスコが居るからあまり目立たないけど、スノーもすっごく強いよ!」
「目立たないは余計かもしれないけど……ありがとう」
アリスとロデスコの方が立てられたような気もするけれど、褒められて嬉しく無いわけでは無い。少しだけ嬉しそうに口角を上げるスノーホワイト。
「相手を氷漬けにして自分のフィールドを広げる。まるで氷の女王ですね!」
「――っ」
氷の女王。その異名は、自身の母である黒奈が呼ばれていた異名である『茨の王』と似通った呼び方だ。
今まで考える事は無かったけれど、確かに、茨を使って自身の領域を広げる黒奈と、氷を使って自身の領域を広げるスノーホワイトの戦い方は酷似している。
思いもよらないところで自身と黒奈の共通項を見付け、自然と口角が上がる。
因みにだが、黒奈が女王では無く王と呼ばれたのは、当時黒奈の髪が短かった事と、周囲と溶け込めない黒奈が功績を上げる事に対するやっかみでもある。
シュティーフェルはスノーホワイトに対してやっかみなどは無いので、純粋な気持ちで女王と表現している。
「ありがとう。嬉しいわ。……そう呼ばれるのは、ちょっと、恥ずかしいけどね」
照れたように笑うスノーホワイト。
だが、直ぐに笑みを消して気を引き締め直す。
「さ、集中しましょう。まだまだ数は居るんだから」
三人は、木の山羊の群れを突き進む。
それが見落としてはいけなかった違和感である事に、スノーホワイトは気付く事は無かった。




