異譚51 貧乏くじ
アリスと雲山羊が戦闘している間に、異譚の外に次々と木の山羊達が溢れ出る。
「出てこないんじゃ無かったの!?」
「異譚にイレギュラーは付き物でしょ! 此処で食い止めるわよ!」
異譚を取り囲むように展開されている第一次防衛線に配属された魔法少女達は、迫る木の山羊の群れを迎撃する。
一体一体はそう強くは無い。新米魔法少女であっても倒す事が出来る程だ。
だが、如何せん数が多い。一体一体が雑魚だとしても、こうも数が多いと厄介極まる。
周辺地域の避難は完了しているとはいえ、家屋等への被害は免れない。進むだけでアスファルトを抉っているので、事後の道路整備は必須である。
「増援要請!! 数が多すぎる……ッ!!」
即座に、対応不可と考えて増援を要請する。
対策軍本部が近いため、増援を送る事は容易だけれど、相手の数に対して増援が追い付くかどうか分からない。
それでも、戦わなければいけない。ヴルトゥームの時と違って、住民は十分な十分な距離を避難できていない。どうにかこうにか、第一次防衛線で押し留める必要が在る。
倒す事も重要だけれど、足止めもまた重要である。とにもかくにも、進ませない事が大事だ。こちら側で倒しきれなくとも、異譚が終わるまで持ちこたえる。
それが正しい判断。だが、それは通常の異譚に限った話だ。今回に限って言えば、耐久はあまりにも愚策に過ぎる。彼女達は知らない事だけれど、向こうは死体さえあればその分数を増やす事が出来る。更に言えば、死体は人間でなくとも良く、死んでなくても問題無い。
向こうが数を増やせるのに対して、こちらには数に上限がある。となれば、数を増やせる異譚支配者を倒さなければいけないのだけれど、その情報を魔法少女側は掴んでいない。
そんな事とはつゆ知らず、魔法少女達が木の山羊を押し留めていると、どこからともなく歌が聞こえてくる。
空気に溶けるように透き通った、心に染み渡る美しい歌声。だが、選曲は何処かで聞いた事があるような歌である。具体的に言えば、最近劇場版が公開されたアニメの主題歌である。
どうして選曲がアニメの主題歌なのかは疑問だけれど、味方に対して強力な補助魔法がかけられるのはありがたい。
歌が聞こえて来たのと同時に、木の山羊の群れに一つの流星が突っ込む。
「おらぁッ!!」
流星に突っ込まれた木の山羊達は面白いくらいに吹き飛ばされる。
「チッ。やっぱ火力出ないわね……!」
木の山羊達に突っ込んだ流星――ロデスコは、舌打ちをしながら木の山羊を蹴り飛ばす。
常であれば具足に炎を纏って敵を蹴り殺しているけれど、今回は相手が木なので燃え移る事を懸念して、炎は推進力でしか使用していない。
爆発的に発火させ、その推進力を利用して木の山羊を蹴り飛ばす。いつも以上の火力は出ずとも、ロデスコの技量があれば木の山羊を真っ二つにする事は可能である。それで核が破壊出来なかったとしても、真っ二つになれば流石に動く事は出来ない。一応は、足止めになる。
それでも、ロデスコは一対一の方が戦闘スタイル的に向いている。此処でロデスコが戦う事自体が非効率的であるけれど、広域戦闘が得意な面々を先に投入してしまっているので、ロデスコがこの場で踏ん張るしかない。
「ああもう、面倒くさいッ!!」
悪態を吐きながら、ロデスコは木の山羊達を蹴り殺す。
あまりにも数が多すぎる。正直負ける心配は無いけれど、面倒な事この上ない。
さっさと倒して異譚の方の攻略に参加したいところだけれど、この分だとロデスコ達はここに釘付けにされてしまうだろう。
「折角出撃るんだったら、ちまちましたのより大物と戦いたいってーのに……ッ!!」
文句を言ったところで、相手が手を緩めてくれる訳では無いし、誰もこの役割を代わってくれる訳でも無い。
分かってはいるけれど、自分にとって相性の良い相手では無いので、思わずぶちぶちと文句を言いたくなってしまう。
その文句を聞いたのか、それともタイミングが良かっただけか。木の山羊の合間を縫うように、長い触手がロデスコを襲う。
「――ッ!! 来たわね大物!!」
ほぼ死角から差し向けられた触手。にも関わらず、ロデスコは野生動物並みの勘と、鋭い五感を持って、迫る二本の触手を迎撃する。
木の山羊達から距離を取りつつ、触手を放って来た敵を視認するために視線を巡らせる。その最中、目に見えないナニカが自身に迫っているのを感知する。
直感、などでは無く、異質な魔力とでもいうのだろうか。敵意と害意に塗れた魔力を感知したロデスコは、目に見えないナニカを避けるように移動する。
すると、避けた先で目に見えないナニカが直撃したであろう電柱がバラバラに切断されて崩れ落ちる。
「なるほど、そういう感じね」
冷静に状況を把握しつつ、ロデスコは再度迫る触手を蹴り裂く。
「甞められたもんね。この程度の攻撃でアタシを殺ろうだなんて」
詰まらなそうにそう呟いた後、ロデスコは爆発的な加速で木の山羊に迫る。
そして、一蹴りで数体を薙ぎ倒し、木の山羊達に隠れていた異譚支配者――緑の肉塊を無理矢理前面に引きずり出す。
即座に逃げようとする緑の肉塊だけれど――
「逃がすもんですか!」
――それを許すほど、ロデスコは甘くない。
燃え上がる具足。目にも止まらぬ速さで緑の肉塊を蹴り裂き、異譚支配者を構成する核を破壊する。
「で、そう来るわよね」
流れるような動作で、背後から迫る触手と目に見えないナニカを回避し、即座に距離を詰める。
やる事は変わらない。先程と同じように木の山羊達を一蹴し、その背後に隠れていた二体目の緑の肉塊を前面に引きずり出す。
逃げる間も無く、緑の肉塊を燃え上がる具足で蹴り裂き、瞬く間に二体の異譚支配者を倒す。
「チッ。あーあ、小物じゃない。ったく、とんだ貧乏くじだわ」
文句を言いながら、ロデスコは何事も無かったかのように、直ぐに木の山羊達の相手に戻るのであった。




