異譚47 ウジャトの眼
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途方も無い巨人と戦闘をしていたアリスは、アリス・エンシェントの時にのみ使用できる特殊な眼――ウジャトの眼を使用した。
ウジャトの眼の能力は『相手の真実を見通す眼』……という訳では無い。アリスも勘違いしている事だけれど、ウジャトの眼の本当の能力は『全てを見通す知恵』を与える事である。
つまり、ウジャトの眼が相手の弱点やら特性を見通しているのではなく、知恵を与えられたアリスが無意識の内に答えを導き出しているだけである。
常人には耐えられない程の知恵を与えられるので、アリスも普段は使っていない。だが、今回はそうも言っていられない。
異譚支配者が復活すると異常事態を前に、使わないという選択肢は無かった。
能力の内訳は正直どうでも良い。問題は、アリスが導き出した答えだ。
「――っ」
アリスは自身が導き出した答えを知り、思わず息を呑む。
動揺が胸中に広がる。だが、直ぐに掻き消す。
動揺している場合では無い。異譚に居る限り、魔法少女としての責務を果たさなければいけない。
「アシェンプテル。しっかり掴まってて。少し強引に行くから」
「もう捕まってる~!」
アリスの速度に付いていけていないアシェンプテルは、アリスを信じてぎゅっと引っ付いてアリスに補助魔法をかける事だけに専念している。
アリスはアクロバティック飛行を繰り返しながら、致命の極光を乱れ撃つ。
ウジャトの眼の能力で途方も無い巨人の比較的脆い部分は判明している。比較的脆いと言っても、途方も無い巨人の身体は厚く、また外皮も堅牢だ。アリスの致命の極光でなければ簡単に撃ち抜く事は出来ないだろう。
華麗に空を舞い、途方も無い巨人を縦横無尽に翻弄し、僅か数分たらずで再度途方も無い巨人を撃墜した、その直後。
「――っ、アリスちゃん!」
「分かってる!」
何処からか圧倒的な存在感を持つ異譚支配者の魔力を感知する。
何処に隠れていたのか分からないけれど、今しがた出現した異譚支配者は、恐らくこの異譚を構成している異譚支配者だろう。遠くに居てもその存在感で分かる。
アリスは即座にウジャトの眼を使用する。アリスだっておおよその位置は分かる。異譚支配者が出現したであろう位置を見て、即座にアリスは地上へと向かう。
「ぐわわわわ~!?」
急速に地上へと向かう風圧に耐えられず、アシェンプテルが変な声を出す。
そんなアシェンプテルの様子を気にする余裕も無く、アリスは地面に降り立つ。
「ぐぇっ!?」
衝撃に耐えられなかったアシェンプテルは蛙が潰れたような声を上げる。
「ふっ!!」
着地と同時にアリスは致命の極光を放つ。が、躱される――
「どうして……」
――そして、現在に戻る。
困惑したような声音で問うアリスに、安姫女は柔らかく微笑みながら答える。
「アリスちゃんは、わたしにとって一番大事なモノってなんだか分かるかしら?」
アリスの問いには答えず、安姫女は逆にアリスに問いかける。
はぐらかしているのか、それとも安姫女の問いにアリスの問いの答えがあるのか。
「……貴女の大事なモノは、貴女の家族」
「うん、その通り」
アリスの答えににっこりと笑みを深める安姫女。
「わたしにとって大事なのは家族。もっと言えば、わたしの可愛い子供達」
「ならどうして!!」
安姫女の言葉に、アリスは珍しく感情的になって声を荒げる。
眉尻を下げ、悲しそうな表情を見せて安姫女を見やる。
「……どうして、あの子が異譚支配者になってるの?」
アリスの言葉に、安姫女も悲しそうに笑みを浮かべる。
瑠奈莉愛を抜いた七人の姉弟。恐らくは姉弟の全てが異譚支配者に変貌しているはずだ。先程の途方も無い巨人も上狼塚家の家族の一人、上狼塚立夢だった。
「仕方無かったのよ」
悲しそうに微笑む安姫女の背後から、一体の小さな木の山羊と、もう一体異質な見た目をした者がやって来る。
丸い身体をした、角の生えた生物。背中には鎧のような外皮が並んでおり、角からは常時何かしらの液体が滴っている。存在感も無く、魔力も弱い。異譚支配者なのだろうけれど、まるで脅威にはならない。
異譚支配者が安姫女になった事に動揺し過ぎて気付かなかったけれど、安姫女の姿になった途端に魔力量が激減している。そういう形態なのか、姿を変えただけでただ温存しているだけなのかは分からない。
安姫女は小さな木の山羊を抱き上げ、丸い身体の異譚支配者の頭を愛おしそうに撫でる。
「わたしが鍵を手に入れてしまったから……鍵を手に入れるとね、もう戻れないのよ。この姿もね、■■■■■■■■だから出来る事なの」
後半のとある言葉が聞き取れなかったけれど、安姫女の言いたい事は理解できた。
つまり、安姫女が人間に戻れるのは、安姫女が成ってしまった異譚支配者の特性という事なのだろう。
「もう戻れないなら、異譚支配者のまま生きていくしか無いでしょう? それにね、丁度良いなって思ったのよ」
「丁度良い? 何が?」
「殆どの人はね、アリスちゃん程特別じゃないのよ。強く無いし、お金だって無い。わたしはね……わたし一人じゃ、子供達を満足に護る事が出来なかった……」
酷く悲しそうに、安姫女は変貌した子供達を見る。
護れなかったとは、龍彦から護るという事だろう。いや、もしかしたら、それよりも前にも色々あったのかもしれない。
アリスには、上狼塚家の辿って来た経歴を知らない。きっとアリスが知らないだけで、辛い事もいっぱいあったのだろう。
「でもね、この力があればずっと一緒に暮らす事が出来る。ずっと一緒に生きていける。家族が離れる事無く、ずーっと、ずーっと一緒に居られるの。ねぇ、これほど素敵な事って無いでしょう?」
心底嬉しそうにアリスに微笑みかける安姫女。だが、その眼には箍が外れてしまったかのような激情は宿っていたけれど、最早正気では無い事が分かるくらいには暗い色をしていた。
「もう戻れないならね、進むしか無いのよ。わたしが望むような幸せじゃなくても、進んだ先で妥協した幸せを掴むしか無いの。わたしは皆のママだから、家族を幸せにする義務があるのよ」
安姫女は小さな木の山羊を優しく地面に降ろし、二人に離れているように目配せをする。
小さな木の山羊と丸い異譚支配者は、とことこと安姫女から離れる。
「だからね、アリスちゃん。この惑星を、わたしにちょうだい?」




