異譚43 後方保護者面
短めです
「きったねぇなぁおい」
緑の肉塊の体液でべちょべちょになっているヴォルフを見て顔を顰めるイェーガー。
「なはは……べちょべちょになっちゃったッス」
「向こう行ってブルブルしてこい」
「はいッス!」
イェーガーの指示に素直に従い、ヴォルフはイェーガーから少し離れてブルブルっと身体を振って全身に付いた緑の肉塊の体液を振り落とす。
「ナイスキル」
「ナイスイヌ」
「狼ッスよ~!」
空から降りて来たヘンゼルとグレーテルが、ヴォルフを褒めながらイェーガーの傍に着地する。
「あっちも」
「終わっる」
ヘンゼルとグレーテルに言われ、ヴォルフは真弓達の方へ視線をやる。
真弓以外の四人が緑の肉塊を追い込み、真弓が高威力の一矢を放って緑の肉塊を貫く。
分かっていた事だけれど、真弓が放つ矢は、本人の言動からは考えられないくらいに正確で、綺麗な軌道を描いている。
魔法だから通常の弓術よりはイメージで補正が出来るけれど、その分魔力も消費する。だからこそ、イェーガーや真弓のように遠距離攻撃が主体の者は魔法だけでは無く、己の技術も磨く。他の魔法少女もそれは例外ではないけれど、銃や弓などの飛び道具を使う者はより顕著に技術を求められる。
真弓の放つ矢には真弓が培ってきた技術の粋が感じられる。ひねくれ者のイェーガーが素直にそう思えるくらい、真弓の弓は洗練されていた。
緑の肉塊を倒した真弓は、イェーガー達の様子を確認する。目視でイェーガー達の方も戦闘を終了している事を確認すれば、真弓はにこっと笑みを浮かべてぶんぶんっと手を振る。
ヘンゼルとグレーテルはそれに手を振って返すが、イェーガーは特にアクションを返す事も無くヴォルフの倒した緑の肉塊に視線を移す。
そんなに強くはない異譚支配者だった。異譚侵度Cくらいの異譚支配者。二体合わせたとしても、異譚侵度Bくらいだろう。
ただ、この異譚支配者には言いようの無い違和感を覚えた。その違和感の正体は分からないけれど。
「そっちも終わったんにぇ~!」
緑の肉塊との戦闘を終えた真弓達がイェーガー達と合流する。
「そんなに強く無かったな」
「そうだね。少し厄介だったけどね」
「このレベルの敵が続いてくれれば良いんだけど……」
「でも、異譚侵度Aやからね~。このまんまって事は無さそうやけど」
せりりんの言う通り、アリスの倒した途方も無い巨人のような厄介な敵がまだ存在する可能性は十分にある。
「いや、アリスが巨人を倒しても終わってねぇんだ。十中八九、まだ強い奴が居んだろ」
言いながら、イェーガーは歩き出す。
「終わったなら次行くぞ」
「「了解」」
「了解ッス」
ヘンゼルとグレーテルがイェーガーの後に続き、粗方べたつきを落したヴォルフもその後に続く。
「イェーガーちゃん、真面目だにぇ~。偉いぞ~」
言いながら、真弓はイェーガーの隣に並ぶ。
「にぇにぇ、好きな物あゆ? まゆびーはねぇ、動物園が好き~」
「おい、ダル絡みすんな。ちっとは集中しろよ」
「にゅえー? イェーガーちゃん、可愛いからちゅいちゅい絡んじゃう。いもーとみたい」
「誰が妹だ。あたしには家族いねぇよ」
ぶっきらぼうに言い放つイェーガー。そう言えば、大抵の者は黙る。イェーガーとして割り切っている事ではあるけれど、誰だって家族が居ないという話題に乗る事は出来ない。
だが、真弓は違った。
「じゃあ、まゆぴーがお姉ちゃんになったげる!」
目をキラキラさせて、元気良く言い放つ真弓。
これには思わず、イェーガーも面食らう。
「はぁ? お前頭どうなってんだ?」
「にぇ~? 普通だよ~?」
「普通の奴は家族が居ねぇって言ってる奴にんな事言わねぇんだわ」
「逆だよ~。普通、イェーガーちゃんみたに可愛い子が居たら、お姉ちゃんになりたいって思うよ~」
えへえへとだらしない笑みを浮かべる真弓。
「きめぇ」
「きめくねーよー」
ぐいぐいと距離を詰める真弓に顰めっ面で返すイェーガー。
「にぇ、にぇ? おねーちゃん、って呼んでみて~?」
「ごめんだね、お前みたいな姉いらねぇし」
「えー、にゃんでー?」
先頭できゃっきゃと戯れる真弓と、嫌そうに顔を顰めるイェーガー。
そんな二人を見守りながら、周囲を警戒する他の面々。
「ごめんね、うちのまゆぴーが強引で」
「大丈夫大丈夫」
「満更でも無い」
そよぷーがヘンゼルとグレーテルに謝罪をすれば、ヘンゼルとグレーテルはふるふると首を振る。
イェーガーと付き合いの長いヘンゼルとグレーテルには分かる。面倒くさそうにしながらも、一割くらいは嬉しく思っているはずだ。
イェーガーは他人に興味が無いわけでは無い。他人に興味を持ちたくないだけなのだ。
それは一番本人が分かっている事であり、本人も自覚している壁でもある。
「でも、顔顰めてはるよ~?」
「止めなくて良いの?」
「良き」
「かな」
後方保護者面でうんうんと頷くヘンゼルとグレーテル。
イェーガーには童話の魔法少女以外の者と関わる事が必要だ。大変な事だし、楽しい事ばかりでは無いけれど、狭い世界に留まり続けるのはイェーガーのためにはならない。イェーガーの事情を知ってはいるけれど、それとこれとはまた別の話である。
仲間であるからこそ、甘くするだけでは駄目なのだ。




