異譚41 いっぱいいっぱい
――可愛い可愛い子供達。
――私の可愛い可愛い子供達。
森の中に行列が出来る。木の山羊達はぞろぞろとナニカを引きずって歩く。
木の山羊達が向かう先には、二体の白い柱山羊が鎮座している。
二体の白い柱山羊に、木の山羊達はそのナニカを捧げる。
それは、自分と同じ木の山羊の死体。または、手足の千切れた人間の死体。または、たまたま迷い込んだ野良犬や野良猫の死体。
木の山羊達が捧げるのは、その全てが生き物の死体だった。
二体の白い柱山羊は捧げられる死体を無我夢中で貪る。
体表に現れる無数の洞。その洞に捧げものの死体を詰め込む。
――良い子、良い子。いっぱい食べて。いっぱい食べて。
二体の白い柱山羊は死体を貪るたびに、下腹部と思しき個所にある洞から小さな木の山羊を生み出す。
生み出された木の山羊達は産声を上げながら、近くに散らばっている白い柱山羊の食べ残しを貪る。
――良い子、良い子。いっぱい産んで。いっぱい産んで。
木の山羊達は食べれば食べるだけ、みるみる大きくなっていき、他の木の山羊達と同じくらいまで成長すると食べる事を止めて何処かへ歩いて行く。
――良い子、良い子。連れて来て。連れて来て。いっぱいいっぱい連れて来て。
――いっぱいいっぱい、家族を作りましょう。
イェーガー達は再度異譚へと突入する。
異譚の中ではそこかしこで戦闘音が響いていた。何と戦っているかは分からないけれど、もうそろそろ何処かのチームが異譚支配者と戦っていてもおかしくはない。
「チッ。ちんたらしてらんねぇな」
「そうだにぇ~」
口調は軽いけれど、真弓の表情は割と真剣なモノだった。むんっと眉を寄せている。
「言うまでも無い事だろうけど、皆気を引き締めてね」
りぃちゃんが全員に注意を促す。
先程のように数で押されてしまってはひとたまりも無い。早めに気付いて早めに対処をしなければいけない。と言っても、殲滅はほぼ不可能なので、遭遇してしまえば逃げながら戦うしか無いのだけれど。
全員で周囲に注意を払いながら、異譚支配者を捜しに森の奥へと進む。
注意を払っていた。全員が、警戒をしていた。
だがそれは、音も無く訪れた。
森を風が駆け抜ける。
「――ッ!!」
最初に気付いたのは、イェーガーだった。
耳で聞いた訳では無い。眼で捉えた訳では無い。
戦いで培った勘と、身体の底から冷え込むような、悍ましいまでの悪意。それを感じ取ったイェーガーは即座に行動に移す。
右手のショットガンを手放し、即座に長銃を生成する。
左腕に長銃を置き、嫌な予感がした方に銃口を向け、それを目視で捉えた瞬間に迷わず引き金を引く。
突如発砲したイェーガーに全員が驚くけれど、直ぐに異常事態が発生した事を理解して武器を構える。
「何が居たん?」
「緑のでっけぇ奴」
答えながら、イェーガーは更に二発撃ち込む。
一発目は直撃したけれど、二発目、三発目は回避される。
「なめんなボケ」
回避されたけれど、イェーガーに焦りはない。そこから更に二発撃ち込む。
放たれた二発の弾丸は、一発目は避けられる。業腹だが想定内。遠目に見ても巨体だけれど、その移動速度は異常に速い。この距離であれば躱されても仕方が無い。それが分かっていたから、わざわざ避けやすいように撃ったのだ。
緑の巨体が避けた先。まるで避ける先が分かっていたかのように、緑の巨体が避けた瞬間に弾丸が緑の巨体を貫く。
速度は速く、音も無いが動きは単調。このまま遠距離で戦っても仕留められる。銀の弾列も必要無いだろう。
しかし、それではイェーガーばかりが消耗する事になる。倒せない事は無いけれど、この先を考えると一人で頑張るような相手では無い。
「寄せる。全員で叩く」
「らじゃー!」
このメンバーであれば、敵を寄せて戦ったとしても危なげなく勝つ事が出来る。一対九。バラエティーに富んだ戦い方が出来るメンツであり、その実力も折り紙付きだ。余力を残して倒す事が出来るだろう。
一対九のままであれば。
「――ッ!! イェーガー先輩、五時の方向ッス!!」
誰よりも早く、それの接近に気付いたのはヴォルフだった。
音も無く忍び寄るけれど、それは単に足音や衣擦れの音、生物が動く時に必ず生じる音がしないと言うだけだ。動く時に聞こえる独特な風の音を憶えてしまえば、接近を察知する事は容易い。
とはいえ、それは常人離れした耳を持つヴォルフだからこそ出来る芸当でもある。それくらい、その者が発する音は限り無く小さい。
ヴォルフが接近を知らせたもう一体の敵へ視線と銃口を向けるイェーガー。
その姿を視界に捉えて一瞬動揺するも、即座に動揺を打ち消して引き金を引く。
先程と同じアプローチ。一発目で避けさせ、二発目で捉える。
しかし、イェーガーの思惑から外れ、二発の弾丸は見事に命中する。
「……あ?」
先程捉えた一体目と同じで、初撃は命中。その結果になるのは、何もおかしい事では無い。二体目の姿を見れば、同等の結果になるのは何ら不思議が無いという事は分かる。
だが、何かおかしい。何か、違和感を覚える。
イェーガーが違和感を覚えている間にも、二体の敵はイェーガー達に接近する。
「チッ。考えるのは後か」
一つ舌打ちをして、イェーガーはショットガンを構える。
「二体とも寄せる!! 星と童話で一体ずつ対処!」
イェーガーの指示に全員が了解と返す。
チーム単位で別れられるように、即座に全員が位置を変える。
「核かにぇ?」
「多分な。大分弱ぇみたいだけど……」
「でもでも、気を引き締めないとにぇ!」
「それで気ぃ引き締まってんのかよ……」
「締まってゆ!」
「お前の言葉遣いだと、いまいち気を引き締めてるように思えねぇんだよな……」
表情は真面目だけれど、言葉遣いがいつもと同じせいでいまいち真剣みが伝わらない。
「ま、ウチのリーダーはそんなもんだから。慣れて」
「慣れっかなぁ、これ……」
「じゅんのーしてこ? にぇ?」
「お前に言われっと何か腹立つ」
「にゃんで!?」
がびーんっとショックを受けたような顔をする真弓。
だが、視線は敵から外してはいないため、やはり星座に登り詰めるだけの実力はあるのだろう。
軽口を叩き合っている間に、二体の異譚支配者が攻撃圏内まで入り込む。
「弓女! 片方の注意引け!」
「分かっ――えぇ!? その呼び方やだぁ!!」
返事をしながらも、イェーガーと真弓で先制攻撃を仕掛ける。
イェーガーの弾丸と真弓の矢が放たれ、二体の異譚支配者は別々の方向へ避けて二人の攻撃を回避する。
「「ゴー!!」」
イェーガーと真弓の掛け声と共に、ヴォルフが駈け出し、ヘンゼルとグレーテルがキャンディケインに跨って空に上がる。
真弓達もイェーガー達とは別の異譚支配者へと駆けだした。




