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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第6章 ■■■■と■■■■■■
300/489

異譚38 五ヶ条

祝、300話

自分至上一番長い作品になります。此処まで書けたのも、ひとえに応援してくださる皆さんのお陰です。ありがとうございます。

 アリスに木の山羊の群れを任せ、イェーガー達は一旦異譚から離脱する。


 流石に魔力を消耗し過ぎた。アリス程の大量の魔力を保有しているのであれば話は別だけれど、イェーガー達の魔力は並みかその少し上程度。このまま無策で突っ込むのはあまりにも危険過ぎる。


 少しだけ身体を休めて、方針を決めてから再度異譚に突入するべきだ。


 だが、異譚の外にも異譚生命体は出て行ける。異譚を囲うように魔法少女が配置されてはいるけれど、あの数を相手にするのは難しいだろう。


 それに、あの数の異譚生命体が異譚の外に出たら惨事は免れない。ヴルトゥームの時のように町全体を避難させる時間は無い。


 果たして異譚から出たところで休める時間があるのかは分からないけれど、それでも今は異譚の外へ向かうしかない。


「ヴォルフ! 異譚の外の音は拾えるか?!」


「拾えるッス! けど、これは……」


 困惑、あるいは、動揺。


 ヴォルフの反応に眉を寄せるけれど、今欲しいのは明確な答えだ。


「おいちゃんと報告しろ! 敵は居るのか?!」


「あ、い、居ないッス! このまま進んで大丈夫そうッス!」


「了解。報告はきちっとしろ!」


「は、はいッス!」


 異譚の外に敵が居ないと言うのは僥倖だ。戦う必要が無いのであれば、小休止を挟める。だが、妙な話だ。あれだけ数が居たにも関わらず、一体として異譚の外に出ていないのはおかしい。それに、進行方向に居ないのも変な話だ。


「ヴォルフ。周囲に敵の音はあるか?」


「あるッス。でも、左右にばらけるようにどっか行ってるッス」


「逃げてんのか? いやでも…………しつこいようだけど、異譚の外には出て無いんだよな?」


「はいッス。自分の聞こえる範囲では、異譚の外には出てないッス!」


「そうか……」


 木の山羊に考える頭があるようには思えない。考えて行動していると言うより、そういう習性(・・)のように思える。


 死への恐怖は無く、ただ命を奪うために行進する。感情など伺えなかった。他の異譚生命体のように悪意も無かった。


 何処かに()が居る可能性がある。それが、この異譚を構成している異譚支配者であるかどうかは分からないけれど。


「建物類は無し」


「そのままゴー」


 先行して上空から異譚の外を見て来たヘンゼルとグレーテルがイェーガー達の隣に降り立って報告する。


 異譚の暗幕のせいで外が見えないので、住宅街となると外に出た瞬間壁に激突するという事になりかねない。そのため、ヘンゼルとグレーテルが上空から確認したのだ。因みに、キャンディケインを二本差して目印も作っている。


「気が利くじゃん」


「出来る女は」


「違うのだよ」


 ふんすっと胸を張るヘンゼルとグレーテル。だが、直ぐにその表情を曇らせる。


「……でも、ちとヤバい」


「……うん。ちとマズい」


「なんかあった?」


「見れば」


「分かる」


 言って、ヘンゼルとグレーテルは視線を前へやる。


 キャンティケインの目印が見え、ヘンゼルとグレーテルは迷わず異譚の外へ出る。


 イェーガーや星の魔法少女達もそれに続く。


 異譚を出た瞬間、イェーガーはヘンゼルとグレーテルの言った事を理解した。


「ぁぁぁああああっ、痛ぇ!! 痛ぇよぉ!」


「早く助けて! みいちゃんが、みいちゃんが!」


「救護班の増援を要請して!! 本部近いんだから秒で来れるでしょ!!」


「なんで父さんを助けてくれなかったの!? どうして目の前で見捨てたの!?」


「なぁ助けてくれ! あいつ等まだ追って来るんじゃないのか!? 死にたくない、俺はまだ死にたくないんだぁ!!」


「怪我をしていないなら先へ進んでください! いつ異譚生命体が来るか分からないんです! 歩ける方は先へ進んでください!」


「カナが……カナが……どうして……っ」


「なんで助けられなかったんだ! あんた等そのための魔法少女だろ!?」


「そうだそうだ! こっちは税金払ってんだぞ!? しっかり助けてくれよ!!」


「苦情や申し立ては後で聞きます! 今はとにかく前へ進んでください! 此処に居続ける方が危ないんです!」


「歩ける方は自分の脚で前へ進んでください! ご協力をお願いします!」


 痛みに喚く者。恐怖に取り乱す者。怒りで当たり散らす者。


 正しく阿鼻叫喚というのが相応しい有様だ。


 先程まで一緒だった星の魔法少女は回復魔法が使えるのか、いつの間にか救護活動に参加している。


 イェーガー達は回復魔法は使えないので、避難誘導くらいしかする事が無い。が、イェーガーは一切動く様子が無い。


 呆れたように喚き散らす人々を見ながら、周囲に視線をやって状況を確認する。


 異譚の境界から一キロ先までは避難の対象内であり、家々の灯りは点いたままだけれど生活の音は聞こえない。イェーガー達が異譚内部で戦っている間に避難は終了したとみて良いだろう。


「これからどうするッス? イェーガー先輩」


「小休止。あたしもあんた達も魔力を使い過ぎたからね。少し休んで、なんか適当に食って少しでも魔力を作る。そっからまた異譚に潜る」


 言いながら、イェーガーはポケットから棒付きキャンディを取り出し、包装を剥がして口に入れる。


「あんた等も食っときな」


 ポケットから適当に棒付きキャンディを取り出し、三人に渡す。


「ありがとうございますッス!」


「非常に」


「助かる」


 三人も棒付きキャンディを食べる。因みに、ヘンゼルとグレーテルは一口目で飴を噛み砕いてぼりぼり食べている。


「……手伝わなくて良いんッスか?」


「それは救護班(あいつ)等の仕事。あたし等の仕事は異譚(なか)でしか出来ねぇよ」


 回復魔法が使えないのであれば、手助け出来る事など高が知れている。無駄に消耗するくらいであれば、少しでも休んで自分達の本来の仕事をこなせるように努めるしかない。


 少しでも休もうと、座れる場所を探して視線を巡らせるイェーガー。


 そんなイェーガーと、避難をしていた男と目が合う。


「げぇ……」


 面倒臭そうな予感を覚えたイェーガーに、予感通り男が怒鳴り声を上げた。


「おい! お前達も魔法少女だろ! なんで助けに来なかったんだ! お前等の怠慢のせいで、俺のダチが――」


 男の言葉の途中で、イェーガーは短銃を男に向けて発砲する。


 パァンッと乾いた音が鳴り響く。


 何の脈絡も無く発砲された事で、男は思わず身を竦める。


 人々の怒号や叫び声よりも大きく響いた銃声はその場に居る全員の耳に届く。


 全員が唐突な銃声に言葉を失い、イェーガーを見る。


「しゃらくせぇ」


 言って、イェーガーは躊躇う事無く短銃の引き金を引く。


「ひっ!?」


 連続で鳴り響く銃声に、男やその近くに居た者達は悲鳴を上げる。


 慌てた様子で下がり、明らかに怯えた様子を見せる人々を見て、イェーガーは楽しそうに笑う。


「はははっ、空砲だよ、空砲! 馬鹿みたいに慌てちゃって、あーおっかしい」


 ゲラゲラ笑うイェーガーを見て、みっともなく慌てた男は顔を真っ赤にしてイェーガーに怒鳴り散らす。


「こ、こんな時に、人を揶揄ってんじゃねぇ! それに、それが魔法少女がする態度か!?」


「そうよ! ふざけてる場合じゃ無いって分かるでしょ!?」


「やって良い事と悪い事も分からないのか!?」


 男の怒声に、周囲の者も同調してイェーガーを非難するように声を上げる。


 だが、イェーガーは特に響いた様子も無くへらへらと笑いながら声を上げる人々を見る。


「ブーメラン乙。異譚に遭遇した時の心がけるべき行動、五ヶ条~」


 言って、イェーガーは五本の指を立てて、手の甲を相手に向ける。


「一、勝手な行動をすんな。魔法少女の指示に従え」


 言って、親指を折り曲げる。


「二、魔法少女の邪魔をすんな。公務執行妨害でしょっ引くぞ」


 次に、人差し指を折り曲げる。


「三、喚き散らすな。お前等のくだらねぇ戯言で時間を無駄に浪費させんな」


 そして、小指を折り曲げる。


「四、魔法少女に協力しろ。お前等が反発するだけ、助けられる者も助けられなくなる」


 最後に、薬指を折り曲げる。


 そうして、最後に残った中指を見せつけるようにして、イェーガーは最後の五ヶ条目を告げる。


「五、黙って従え。それがてめぇ等の義務(・・)だ。分かったらさっさと進め馬鹿共が」


 イェーガーがそう言った直後、ぽかっと誰かがイェーガーの頭を叩く。


「言い過ぎ」


「いたっ!?」


 頭を叩かれたイェーガーが慌てて背後を振り返れば、そこにはアシェンプテルを背負ったアリスが立っていた。


「ってなぁ……事実言っただけじゃねぇかよ……」


 涙目になりながら、イェーガーはぶつくさと文句を言う。因みに、痛かったのではなく、単純にアリスに叩かれたのがショックだっただけだ。不意打ちだっただけに余計にショックだった。


「よしよし。イェーガーちゃんなりに頑張ったのよね~」


 アリスの背中から手を伸ばし、アシェンプテルがイェーガーの頭を撫でる。


 そろそろ降りて欲しいなと思いながらも、アリスは前に出て人々の視線を自らに向ける。


「口は悪いけど、イェーガーの言葉は正しい。助けるのが私達の義務なら、助かるために協力するのが貴女達の義務。助かりたいなら、黙って言う事を聞いて」


 煽るようなイェーガーの言葉とは違い、静かな圧のあるアリスの言葉に、全員が言葉を無くす。


「文句があるなら、後で私宛に全て送って。私は、全ての責任を背負う覚悟があるから」


 それだけ言い、アリスは人々に背中を向ける。実際には、アシェンプテルの背中だけれど。


「イェーガー達は少し休んで。私は余力があるから、少しでも数を減らしてくる」


「わたしも余力があるから、アリスちゃんと一緒に戻るね~」


 ばいば~いと手を振って、アリスとアシェンプテルは再度異譚へと戻っていく。


 アリスが異譚に戻った後、直ぐに他の魔法少女が避難誘導を行う。


 そうすれば、全員が黙って言う事に従う。


 そんな人々を見て、イェーガーは不貞腐れたように言葉を漏らす。


「ちぇっ……人見て意見決めてんじゃねぇよ。馬鹿共が……」


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― 新着の感想 ―
300話を祝せる状況じゃねえ
[良い点] 珠緒のこういうとこ好き
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