異譚34 暴れろ、お前等!!
犇めき合いながら迫る木の山羊達の数をちまちま減らしながら、四人は最寄りの一時避難所へとひた走る。
「――ッ! やばいッス! もう戦闘中ッス!」
ヴォルフの耳が、この先にある一時避難所の音を捉える。
「ニコイチ!! 先行して上から状況確認!!」
「「了解!!」」
ヘンゼルとグレーテルは飴爆弾を目一杯降らせた後、速度を上げて一時避難所へ様子を見に行く。
高度を上げ、一時避難所を一望するヘンゼルとグレーテル。
一時避難所では複数の魔法少女が戦闘を行っており、一般人の姿は見当たらなかった。
だが、少し先に視線をやれば魔法による攻撃が木々の隙間から見え隠れしている。魔法が見えると言う事は、救護活動中の魔法少女も戦闘を行っていると言う事である。
周囲を見渡してみれば、所々で戦闘を行っている様子が伺える。イェーガーやヴォルフのように目が良いわけではないので、全てを把握するのは無理だけれど、少し見渡せば所々で戦闘が行われているのは確かである。
即座にヘンゼルとグレーテルは硬度を下げてイェーガーとヴォルフの元へと戻る。
「伝令。一般人の姿無し!」
「伝令。魔法少女戦闘中!」
「避難してる方も戦闘中!」
「あっちこっちで戦闘中!」
「って事は避難自体は進んでんのね……それでも襲撃受けてんのか。くそ厄介かよ……!」
イェーガー達が木の山羊の群れに遭遇した地点と、最寄りの一時避難所は目と鼻の先だった。
避難所に木の山羊の群れを引き連れてしまうかもしれないという事は考えたけれど、目と鼻の先である事を考えれば既に一時避難所が襲われている可能性は高かった。
それに、木の山羊の群れはイェーガー達を追っている訳では無さそうだった。イェーガー達の後ろを走ってはいるけれど、広範囲にわたって木の山羊は並走をしている。何処まで並走しているか分からないけれど、ヴォルフが聞こえる距離まで音がしているとなると、その先にも木の山羊が存在している可能性が高い。
ヘンゼルとグレーテルの報告と照らし合わせれば、木の山羊の群れが局所的に現れて、運悪くイェーガー達が遭遇したのではなく、同時多発的かつ広範囲に木の山羊達の襲撃があったと見て間違い無いだろう。
この様子だと、何処まで木の山羊の群れが侵攻しているか分からない。ヘンゼルとグレーテルの索敵範囲では、具体的な規模を確認する事は難しい。何処でどう戦闘が行われているか分からないのは厄介極まる。一応、ヴォルフは音を拾えるけれど、こうも色んな音が響いていては聞き分けるのは難しいだろう。
また、異譚に入った途端に通信機器は一切機能しなくなっているので、他部隊との情報共有が出来ない。異譚で通信機器が使える事の方が珍しいけれど、使える事もままある。ともあれ、今は使えないわけなので考えたところで意味は無いけれど。
木々に邪魔されて見晴らしも悪く、夜間と言う事で視界も制限されている中では、目視での確認も難しい。
ヘンゼルとグレーテルが様子見をしてきた魔法少女が戦闘している地点。その地点で木の山羊の迎撃に力を貸すか、今まさに避難途中の救護班の護衛に回るか。
この数の木の山羊の群れを抑え込み続ける事は不可能だ。ヘンゼルとグレーテルのように広範囲爆撃が行えたり、アリスやスノーホワイトのように広範囲攻撃や足止めが出来れば話は違うのだろうけれど、イェーガーやヴォルフのように一対一の戦いに特化している者は今回のような足止めには向いていない。
自分達も一緒に足止めを行うか、それとも救護活動に手を貸すか、判断に迷うイェーガー。
どちらか一方に向かうと言う事は、どちらか一方を見捨てると言う事だ。
魔法少女として正しいのは、一般人を生かす事である。仲間を助ける事も正しい事ではあるけれど、優先順位は戦えない一般人の救助だ。
その判断を下すのは暫定的にリーダーを務めているイェーガーである。
少しの逡巡。だが、迷えば迷う程被害は拡大する。
「足止めが必要そうだったらそのまま援護! 必要無さそうだったら避難してる奴らを援護! 良いな!」
「「「了解(ッス)!!」」」
方針を決めた矢先に、数名の魔法少女が足止めをしている開けた場所へと出る。
数名――五人の星の魔法少女はイェーガー達に気付くと、一瞬表情を明るくするけれど、イェーガー達の険しい表情を見て、自分達と同じ状況だと言う事に気付く。
こちらも増援がやって来た事になるけれど、木の山羊の方も増援が来た事になる。今より数が増えるとなれば、このまま足止めするのは不可能だ。
星の魔法少女のリーダーらしき少女は即座に判断を下す。
「ごめん、手伝ってちょ! 戦線下げながら足止めすゆから!」
「この先でも襲われてる! そっちは良いのか?!」
「こっちより数は少ないで、しょ! それに、少しでも減らさないと、向こうのが危ないかや!」
独特な喋り方をする星の魔法少女。
喋り方は独特だけれど、言っている事はまともである。
五人の星の魔法少女だけで抑えるのは限界のように思える。このままでは、この場が決壊するのにそう時間は掛からないだろう。
この場を九人で抑えつつ戦線を下げる方が、一般人を護衛している魔法少女の負担も減るだろう。
このまま相手の数が増えれば、留まり続ける事は不可能だ。開けた場所であれば戦いやすいけれど、この場に拘っていては潰れるのはこちらの方である。
戦線を下げる事にリスクはあるけれど、イェーガー達が木の山羊の群れを押し留めている間に避難を完了させる事が出来ればこちらの勝利である。
向こうの様子は分からないけれど、今はそれが最善だとイェーガーも判断する。
此処が決壊すれば、避難している一般人の方に全てが雪崩れ込む。
そうなってしまえば、護衛をするのが難しくなる。数は暴力だ。アリス並みの反則魔法でも持っていない限りは数の差を覆す事は難しい。
「イェーガーズ!! こいつ等の援護!! 戦線下げながら数を減らす!!」
指示を出しながら、両手に持ったショットガンで木の山羊を撃ち抜く。
「暴れろ、お前等!!」




