異譚32 自分の責務
「「ばあば!!」」
二度目に遭遇する事が出来た一時避難所には大勢の一般市民が集められていた。
その中に、ヘンゼルとグレーテルの保護者であるお婆さんの姿が見えた。
ヘンゼルとグレーテルはお婆さんの姿を見付けると、安堵したように緊張の面持ちを緩め、喜色の声を上げてお婆さんの方へと走る。
その様子をヴォルフは複雑な表情で見つめる。
自分の家族はまだ安否不明で不安ではあるけれど、仲間であるヘンゼルとグレーテルの家族が見つかって嬉しいという気持ちもある。
ヴォルフの様子に気付いているイェーガーではあるけれど、イェーガーからかける言葉は無い。異譚では気休めを言わない。気休めを言ったところで、それが現実になる訳でも無ければ、最悪の事態に陥った時の精神的な落差が大きくなる。
いつだって最悪の事態を想定しておくのが異譚なのだから。
ヴォルフから視線を外し、お婆さんの元へ駆け寄ったヘンゼルとグレーテルに視線を向ける。
「あんた達、出動してたんね?」
ヘンゼルとグレーテルを見たお婆さんは驚いたように目を見開くも、ヘンゼルとグレーテルが異譚に居る事は当たり前の事ではあるので、直ぐに常の落ち着いた表情に戻り、これまた落ち着いた声音で二人に言葉を返す。
「してた」
「してる」
こくこく頷くヘンゼルとグレーテル。
「そうかい……」
ヘンゼルとグレーテルが魔法少女である事は承知していたし、理解もしていた。だが、実際に異譚に居るのを見ると、どうにももどかしい気分になる。
だが、そこは割り切らなければいけない。今の自分に出来る事は、避難に協力する事だけだ。それ以外の事は、今は考えるべきではない。
そう、きちんと割り切ったお婆さんとは対照的に、ヘンゼルとグレーテルは家族を見る目でお婆さんを見ていた。
「あのね」
「あのね」
「ばあば」
「一達」
「「話したい事が――」」
「あんた達、そんな事しとる暇あるんね?」
ヘンゼルとグレーテルの言葉を遮り、お婆さんは厳しい表情で二人を見やる。
「あんた達の仕事は何さ。こんなとこで婆とどうでも良い話をする事かい? 違うだろう」
二人を叱りつけるような声音。お婆さんにいっぱい叱られているはずの双子だけれど、今のお婆さんの叱り方は普段とは違う。子供を叱ると言うより、仕事のミスを叱るような、そんな声音だ。
その声音だけで、お婆さんが二人を唯と一としてではなく、ヘンゼルとグレーテルとして叱っている事に気付く。
「魔法少女として、自分の責務をきちんと果たしなね」
厳しい叱責。けれど、その言葉の裏は『自分の事は気にせずに、魔法少女として働け』である。
双子の喜色の声を聞けば、二人が自分の事を心配していた事は想像に難くない。話したい事の内容も何となく想像は付いている。その話が出来るように、自分が避難するまで護衛を続けると言い出す可能性もある。
その気持ちは嬉しいけれど、それで本来助けられたはずの人達が助けられないと言う事は、絶対にあってはならない事だ。公務である以上、公私混同をしてはいけない。
「「……」」
お婆さんの言葉の意味が分からない程、ヘンゼルとグレーテルは馬鹿では無い。そして、自分達が此処に残って救護活動をすると言い出す事が、公私混同になる事も十分分かっている。
本当は今すぐにでも話をしたい。じっくり話し合って、お互いの抱えている気持ちを言い合って、その結果離別する事になろうとも、前に進む事を躊躇うよりもずっとお互いのためになる。
そして、どうあっても、何があっても、二人はお婆さんに絶対に伝えなければいけない言葉があるのだ。
今すぐに伝えたい。けれど、お婆さんはきっと許してはくれない。それをすれば、厳しい目で二人を見て、厳しい言葉で二人を叱るだろう。
それはひとえに、お婆さんが二人を一人前の魔法少女として扱っているからだ。
「合点」
「承知」
自分達の気持ちをぐっとこらえ、しっかりと頷いて返すヘンゼルとグレーテル。
自分達の気持ちを言うのであれば、このまま此処に残って救護活動を行いたい。だが、童話の魔法少女の役割はあくまでも遊撃である。救護優先とは言え、先程の一時避難場所よりもこの場には魔法少女が揃っている。
であれば、双子はこの場に留まらず遊撃や別の場所の救護を優先するべきだ。
魔法少女として、それが正しい答えだ。
「なら、ぼさっとしてないで、さっさと行きな。サボってんのはあんた達だけさね」
「上手くサボる」
「それが一流」
お婆さんの言葉に、二人はぐっと親指を立てて返す。そして、返事も聞かずにイェーガーとヴォルフの元へ駆ける。
これ以上の言葉はいらない。伝えたい事は、この異譚を終わらせてから伝えるだけだ。
「お待たせ」
「行こうぜ」
「あ? お前等残んなくて良いの?」
てっきりこの場の救護活動を行いたいと言うものだと思っていたので、遊撃に戻ろうという二人の言葉を聞いて思わず残らないのかと聞き返してしまう。
「うむ」
「平気」
「そっか……」
少しだけイェーガーは悩む。
救護活動を行うにあたって、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家は有事の際にかなり有用になる。人数制限がアシェンプテルの灰被りの城よりも少なくはなるけれど、それでも安全な囲いの中に一般人を収容出来るのであれば、戦い方に大きく差が出て来る。
ぱっと見た感じだと魔法少女の人数は足りている。現実世界と異譚の境もそう遠くは無い。ヘンゼルとグレーテルやイェーガーとヴォルフが居なくとも、何とかなるはずだ。
しかし、二人の心境を思えばこの場に置いて行って救護活動をしても良いとは思っている。
「……ほんとに良いんだな?」
「「うむ」」
「……分かった」
だが、二人が良いと言うのであれば、イェーガーからとやかく言う事も無い。二人の覚悟に泥を塗るような事をするわけにはいかないのだから。
「んじゃあ、さっさと行くぞ。手早く終わらせれば、万事解決だからな」
「りょうの」
「かい」
「了解ッス」
一時避難所を離れ、四人は再度森の中へ脚を踏み入れる。
その背中を見送るお婆さんの目は先程とは違い、我が子を案じるかのように不安げなものだったけれど、ヘンゼルとグレーテルは振り返る事は無かった。
振り返ってしまえば、きっと決意が鈍ってしまうだろうから。




