異譚31 ストレス解消たーいむ
アリスとアシェンプテルとは別行動で異譚の攻略を進めるイェーガー達。
斥候のためにヴォルフが先頭を進むけれど、その脚は先程よりも急いでいるように思える。
救助が遅れれば遅れる程、一般人の生存率は下がる一方だ。それを理解しているからこそ、ヴォルフの歩調は早まる。その事に、ヘンゼルとグレーテルは文句を言わない。双子の心境もヴォルフと同じであるからこそ、歩調が早まる事に否は無い。
イェーガーとしては、警戒が薄まっていないのであればそれで良い。魔法少女としての仕事を放棄していなければそれで良い。
「……はぁ」
一つ溜息を吐き、イェーガーは脚を止める。
「馬鹿が。全然集中出来てねぇじゃねぇか」
「――っ」
イェーガーの言葉の直後に、ヴォルフも敵の接近に気付く。
ヴォルフの五感はイェーガーよりも優れている。嗅覚、聴覚、視覚。敵を捉えるための感覚は常人を遥かに凌駕する。そんなヴォルフがイェーガーよりも敵の接近に気付けないとなれば、注意力散漫になっているのは明白である。
「お前等手ぇ出すな。あたしがやる」
迫る木の山羊はそう多く無い。一人で十分に対処できる。というか、手を出して欲しく無かった。
三人から離れて、イェーガーは両手に持った散弾銃を構える。
「ストレス解消たーいむ」
呟き、イェーガーは地を蹴る。
自ら敵の前に躍り出て、散弾銃を撃ち放つ。
木の山羊達とは戦い慣れた。数で押すだけの面白味の無い戦法。相手が戦法なんて考えているのかは甚だ疑問だけれど。
今は、誰にも邪魔されずに暴れたい気分だった。
「ど、どうするッス? 手助けするッスか?」
「止めとく」
「待っとく」
おろおろするヴォルフとは対照的に、ヘンゼルとグレーテルはイェーガーの好きにさせる。
少しして銃声が止み、イェーガーが戻って来る。
「行くぞ」
苛立たし気に眉を寄せ、先頭を歩くイェーガー。
斥候はヴォルフの役割のはずだけれど、関係無いとばかりに先を進むイェーガー。
ヴォルフはヘンゼルとグレーテルを見やるけれど、二人共黙ってイェーガーの後ろを歩く。
二人が黙ってイェーガーに従うのであれば、ヴォルフとしても従う以外の選択肢はない。ヘンゼルとグレーテルに倣ってヴォルフもイェーガーの後に続く。
「あたしには家族が居ない」
先頭を歩くイェーガーは唐突に自身の家庭環境の話を始める。
「両親は蒸発。あたしはろくに学校にも行けなかったし、帰る家も無かった」
イェーガーは自身の出自や私生活の事を他人に話した事は殆ど無い。自分が天使と慕うアリスには当然話しているけれど、それ以外で自分から話をしたのは白奈や笑良くらいだ。
沙友里は知っていて当然だし、朱里やみのりにはアリスから少しだけ話が行っているだろうと思っている。不器用なアリスだけれど、気に掛けてやってくれ、くらいは言っていてもおかしくはない。
別に、イェーガーも口止めをしている訳でも無いし、特別自身の境遇を気にしている訳でも無い――
「だから、正直、あんた等が羨ましいと思う時はある」
――という訳でも無かった。
三人はイェーガーの境遇を知らない。けれど、イェーガーは三人の境遇を知っている。
その上で、イェーガーは三人を羨ましいと思った。
「あんた等には帰る家があって、家族が居て、ちゃんとご飯が食べられる。昔はどうか知らないけど、今はそうでしょ」
ヘンゼルとグレーテルの幼少期は殆どまともな食事が食べられなかった。ヴォルフだって、離婚した直後はまともにご飯を食べる事が出来なかった。食べる物に困った。けれど、極限状態の困窮では無かった。
ヘンゼルとグレーテルは酷い時は水や塩等で凌いでいたけれど、それも一日二日の事。食糧のストックが無いと分かれば、死なれても困るので両親が適当に買ってきていた。
ヴォルフも量は多くないけれど、毎日食べる事が出来ていた。学校に通えていたので、給食だって食べる事が出来た。
「家族っていうのが、物心付いた時から居なかった。今更、特別欲しいとも思わないけど、時折あんた等を見てると羨ましくなる」
三人に限らず、他の童話の面々を見ていてもそうだ。
笑良やみのり、詩の家は家族円満。買い物に行ったとか、ご飯を食べに行ったとか、遊園地に行ったとか。そういう話を聞くたびに、少しだけ羨ましいと思う。
「さっきみたいに勇み足になって、つまんねぇ失敗して、お前等の誰かが死んでみろ。それこそ何も笑えねぇ結果になるぞ」
イェーガーの正論に、三人は言葉を返す事が出来なかった。
「家族の居ないあたしに言われんのは腹立つかもしれねぇけど、家族が本当に心配なら、ちっとは頭冷やせ。そんなんじゃ、助けられるもんも助けられねぇからな」
「……うッス。頭冷やすッス」
「キンキンに」
「冷やしとく」
イェーガーの言葉を、三人は真摯に受け止める。
気が急いていたのは事実だし、注意力散漫になっていたのもまた事実だ。
先程の要救助者の中に自分達の家族が居なかった事が、思いの外三人の心に焦燥を与えていた。
今のようにつまらない失敗を繰り返し、その度に足止めされていたのでは、イェーガーが言うように助けられる者も助けられなくなってしまう。その中に、自分達の家族が含まれないとも限らないのだ。
「異譚で冷静さを欠くな。あたしが魔法少女になって最初に教わった事だ」
三人には見えていないけれど、イェーガーは物凄く苦々しい表情をしている。
何せ、ぐうの音も出ない程の正論を叩き付けて来たのが、イェーガーが慕って止まないアリスでは無く、嫌って止まないロデスコの方だったのだから。
しかも、当時は今よりも冷静になんてなれていなくて、終始狼狽えてしまっていた。
最初の狙撃の時、緊張で一発目を外し、こちらに気付いた異譚生命体が肉薄してきた焦りで二発目、三発目を外して、相手の攻撃圏内に入ったところを見守っていたロデスコに助けられたのだ。
その上で、偉そうに――イェーガー視点なのでかなり偉そうに思えたけれど、実際は至極真っ当に偉ぶって言っていた。やっぱり、どう考えても偉そうだった――言われたものだから、とても悔しかったのを憶えている。
イェーガーが嫌な事を思い出していると、背後からぱんぱんっと肌を叩く音が聞こえてくる。
視線をやらなくても、ヴォルフが自身の頬を叩いた音だと言う事は分かる。
「ッス!! 自分、冷静になったッス!! 斥候、任せて欲しいッス!!」
「了解。疲れたら交替ね」
「了解ッス!!」
イェーガーと交替で斥候となるべく前へ出るヴォルフ。
「攻略つって別れたけど、一番重要なのは救護だかんな。人の音がしたら、直ぐにそっち行くぞ」
「はいッス!!」
本来であれば戦う事を優先したいイェーガーだけれど、仲間に悲しい思いをして欲しい訳では無い。
こんな状況で自分を優先させる程、イェーガーは自分本位では無い。
「「ぐふふ」」
三人を気遣う様子を見せるイェーガーを見て、ヘンゼルとグレーテルは嬉しそうに笑う。
「なに気色悪い笑み浮かべてんの?」
「ヴェッ」
「まりも」
「は? なんて?」
「いえ」
「なにも」
「ああそう……あんたらも、ふざけて無いで集中しなよ」
「「りょ」」
びっと敬礼をするヘンゼルとグレーテル。
分かっているのか分かっていないのか分からないけれど、変に肩に力が入っているよりは、いつも通りふざけた様子を見せてくれていた方が安心である。
「むっ!! イェーガー先輩!! 人の声が聞こえるッス!!」
「了解。なら、救護が必要か確認。大丈夫そうだったら、また攻略に移行。良いわね?」
「「「了解!!」」」




