異譚30 懸念
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異譚内部の写真を眺めながら、朱里は海上都市で出会った青年の言葉を思い出していた。
青年――魔導士エイボンはアリスを戦わせるなと言っていた。その言葉の真意は不明であり、朱里にとっては従う価値の無い言葉でもあった。
怪しい人間と親しい人間。どちらを信じるかなんて、考えるまでも無い事だ。
だが、それでも、アリスの強化に違和感を覚えている自分も居る。
決して妬みや嫉みでは無い。朱里は自分の力に限界を感じていなければ、まだまだ先があるとも思っている。まだ強くなれる余地がある。朱里の炎は、まだ燃える。
他の童話の魔法少女もまた、まだまだ強くなる余地が残っている。
けれど、大体の者は緩やかな強化が多い。ヴルトゥーム戦の時のロデスコ然り、鼻付き戦の時のチェウォン然り、急激な強化も勿論あるけれど、基本的にはゆっくりと強くなっていくものだ。それは鍛錬の賜物であり、経験を積んだからこそである。
アリスもまた鍛錬をし、経験を積んでいるため、緩やかに強くなっていっている。同時に展開出来る剣の本数が増えたり、トランプの兵隊の地力が上がったりなど、少しずつではあるけれど確実に強くなっている。
それが普通であり、土壇場での急激な強化という覚醒はそうそうある話では無いが、覚醒は誰しもに起こる可能性のある事だ。
だが、アリスの覚醒はあまりにも回数が多い。朱里が知るだけでも、得意技の串刺し執行、致命の大剣、アリス・エンシェント、無限の魔力の四回だ。
更に言えば、その全てが他の魔法少女の追随を許さない程の強化である。致命の大剣もそうだけれど、別の姿になったり、無限の魔力で致命の極光を放ち続けたりと、どれも反則的なまでの魔法だ。
潜在能力が高いからと言われればそれまでだけれど、あまりの強化具合に違和感を覚える。
これ以上強くなった先。その先で、アリスはいったいどうなるのだろう。
「あら、珍しく似合わない思案顔してるわね」
タブレット端末を操作している朱里に対して、白奈が揶揄うように言う。
「アタシ程になると、並大抵の事では悩まないのよ」
「能天気って事かしら?」
「あらゆる事象が悩みにならないって事よ」
「そう。単純なのね」
「アンタ、アタシの話聞いてた?」
うんうんと納得したように頷く白奈に、朱里はジトっとした目で見やる。
「聞いてるわ。ちゃんと会話出来てるでしょう?」
「アンタのちゃんとが全くちゃんとしてない事は十分分かったわ」
タブレット端末をテーブルに置き、紅茶を飲む朱里。
「あんまり抱え込み過ぎない方が良いわよ。貴女、ただでさえ責任感強いんだから」
「別に大した事抱えて無いわよ。……それに、結局アタシのやる事なんて変わらないもの」
アリスと共に戦う。アリスを超える。仲間を護る。人々を護る。それだけだ。
アリスが戦ってはいけない理由の本質は分からない。違和感だって覚えている。だが、朱里はアリスを信じている。そして、アリスが何かを間違えるのであれば、朱里がそれを正す。逆もまた然りだ。
そもそも、意味深な事を言うだけ言って消えるエイボンも、何かを知っているのであれば全部話せと思うし、アリスの昔馴染みのような雰囲気を出していた海上都市の少年も気障ったらしく意味深にしていないで全部話せと思う。いや、全部話させる。
「次会ったらゲロるまで蹴り殺してやるわ」
ぼそりと呟く朱里に、白奈は誰の事を言っているのか察する。直近で朱里を苛立たせた人物と言えば、二人しか思い浮かばない。
「そう。その時は私も手伝うわ」
「頼りにしてるわ」
だが、次にいつ遭遇するかも分からない。
その時までこの苛立ちを抱え続けなければいけないと思うと、本当に面倒臭い男共だと思う朱里であった。
〇 〇 〇
部隊を二つに別け、それぞれ異譚攻略と救護活動に専念する。
アリスとアシェンプテルは一旦集められた人達を異譚の外へ避難させるべく、護衛を行っている。
アリスは致命の剣列を展開したまま、衝撃の大剣を手に持って先頭を歩く。
アリスの後ろを歩くアシェンプテルは他の魔法少女の援護を行うと同時に、先頭でセンサーの役目を担っている。ヴォルフやイェーガーの眼、鼻、耳程ではないにしろ、魔力感知である程度の距離であれば正確に把握する事が出来る。
英雄であるアリスが護衛と言う事もあって、避難をする人々も比較的落ち着いた様子で避難に協力してくれる。
「四人が心配かしら~?」
「別に。そんな事は無い」
「そう? 顔に心配って書いてあるわよ~?」
「後ろに居るのに、顔色が分かる訳無い」
「うふふ、分かるわよ~」
楽しそうに笑うアシェンプテル。
「大丈夫よ~。イェーガーちゃん、ああ見えてしっかりしてるから~」
「それは知ってる。心配なのは残りの三人」
「うふふ、やっぱり心配なんじゃな~い」
「……」
思わず口を滑らせてしまったアリスは、不機嫌そうに眉を寄せる。
「や~ん、拗ねないで~。ごめんね~?」
「別に拗ねてない」
背後に展開した透明な剣の隙間から手を伸ばし、アリスの頬をぷにぷにと突っつくアシェンプテルに対して、アリスは鬱陶しそうに顔を顰める。
「……さっきの異譚支配者の挙動が気になっただけ。この異譚、いつもとは訳が違う気がする」
「そ? アリスちゃんの攻撃に恐れ戦いて撤退しただけかもしれないわよ~?」
「それなら良いけど……なんだか、嫌な予感がするから」
「気にし過ぎよ~。アリスちゃん、あんまり色んな事気にしてると、ストレスで痩せちゃうわよ~?」
「……気にし過ぎなら、良いけど」
アリスがただ気にし過ぎているだけであればそれで良い。けれど、もしもアリスの懸念が当たっており、通常の異譚では起こり得ない事が起こったのであれば、皆が重要な選択を強いられる事になる。
そうならないように、アリス達は避難を完了させておく必要がある。その重要な選択をしないためにも。




