異譚27 途方も無い巨人
最前線でイェーガーとヴォルフが戦闘を行っている間、アリスとアシェンプテルは一般人の護衛のために加勢する。
「アシェンプテルは前衛の補助をお願い」
「もうやってるわよ~!」
即座に、アシェンプテルは準備していた補助魔法を前衛の全員にかける。かけた補助魔法は、速度上昇、物理防御、膂力上昇である。
アリスは全体を見回し、前衛で十分に事足りると判断する。
だが、木の山羊達の奥に控える異譚支配者と思われる二つの魔力。一般人との距離が近い事もあり、現状ではこの二体との戦闘は極力避けたいところではある。
異譚支配者との戦闘は周囲の被害を抑えて戦うのは不可能である。それも、異譚支配者が二体となれば尚更だ。
最悪、アリスであれば二体同時に相手取る事も出来るので、異譚支配者を二体引き連れてこの場から離脱するという選択肢もあるけれど、海上都市のように異譚支配者クラスの敵が多数出てくる可能性もある。
巨大な半魚人程度であればイェーガーやヘンゼルとグレーテルで対処可能だろう。だが、ヴォルフやアシェンプテルでは勝てないだろう。ヴォルフはシンプルに実力不足であり、アシェンプテルはそもそも戦闘向きでは無い。
せめてもう一人異譚支配者と一対一で戦える者がいれば話は別なのだけれど、無い物ねだりをしていても仕方が無い。
アリスは奥に控えているであろう二体を警戒しつつ、後方から木の山羊達を殲滅する。
無数の槍を生成し、木の山羊達へ放つ。
槍は木の山羊へと突き刺さり木の山羊を地面に縫い付ける。倒せずとも、それで足止めは出来る。
足止めされた木の山羊を他の魔法少女が危なげなく処理していく。
無数に現れる木の山羊達だけれど、一体一体は強くは無いけれど、如何せん数が多い。加えて、森と言う視界を制限されている中だと数に底が見えない。いつまでこの戦いを続けるのか、この戦いを続けた後に異譚支配者を倒さなければいけないと言う事実もまた、魔法少女達の精神を疲弊させる原因にもなっている。
ともあれ、今はこの場を凌ぎ切るしかない。この場を凌ぎ切れなければ、異譚支配者と戦う事も出来ないのだから。
「「アリス!」」
戦闘の様子を見守っていると、上空からヘンゼルとグレーテルが慌てた様子で降りて来る。
「どうしたの?」
アリスの前に降り立ったヘンゼルとグレーテルは珍しく険しい表情でアリスと距離を詰める。
「ちょう」
「まずい」
「かなり」
「やばい」
焦った様子ながら、声を潜めてアリスに言うヘンゼルとグレーテル。
二人は周囲に視線をやりながら、アリスに今しがた見たモノを報告する。
「あり得ないくらい」
「でっかいの居た」
「異譚より」
「でっかい」
二人が上空で見たのは、異譚の暗幕を超えて聳え立つ人間に似た輪郭を持つ途方も無い巨人。
外から見た異譚の暗幕を突き破る程の巨体。
だが、実際に異譚の暗幕を突き破ってはおらず、外からは途方も無い巨人は観測出来ていない。
つまり、空まで届く程の巨人は、自身より小さいはずの異譚の中に納まっていると言う事になる。
「多分、空間が膨らんでる」
「実際の範囲より、森も広かった」
「一体しか居なかった」
「多分、異譚支配者」
「そう……」
二人の報告を聞き、空を飛んで事実確認したいところだけれど、目の前の敵から目を離す訳にもいかない。
異譚では何が起こっても不思議では無い。
異譚内部が、異譚の外側から観測する異譚の範囲よりも広いというのも在り得ない話では無い。
ヘンゼルとグレーテルが言うように、空間が膨らんでいるのか、それともアリス達が小さくなっているのかは分からないけれど、一般人を捜索するための範囲が広がる上に、目前に存在する二体の異譚支配者以外にも異譚支配者が存在する事が判明した。
二人が声を潜めたのは、他の魔法少女に聞かれないようにするためだろう。今その事を報告しても不安を煽るだけだ。
「こっちに来そうだった?」
「ぼっ立ちだった」
「来る気配無し」
「分かった。二人は、上空から援護しつつ、巨人を警戒しておいて。動きそうだったら、また報告して」
「「了解」」
アリスの指示を受け、二人は再度キャンディケインに乗って空を飛ぶ。
「何かあったの?」
「後で話す。今は、この場を収めるのが先決」
「は~い。りょうか~い」
アリスは苛烈に槍を射出し続ける。
天を衝く程の途方も無い巨人。大きいだけであれば、アリス・エンシェントとなって無尽蔵の魔力で放つ致命の大剣で倒す事が可能だ。海上都市の異譚支配者だって削り切る事が出来たのだから。
問題は、その余波が何処まで波及するかだ。一般人であれば異譚支配者と致命の大剣の衝突時に生じる衝撃波だけで重傷を負う可能性もある。
それに、異譚支配者がただ巨大なだけと言う事も無いだろう。何がしか厄介極まる能力を持っていると思っておいた方が良いだろう。
出来れば、全ての避難が完了するまでそのまま聳え立ち続けて貰いたいところである。
アリスの槍と同じように、棒状のプレッツェルが木の山羊達を貫く。
ヘンゼルとグレーテルも視界に捉えている分、途方も無い巨人が気になるだろうけれど、しっかりと前線の援護に回ってくれている。
「ヴォルフ。私と交替。アシェンプテルを護って」
「了解ッス!!」
前線で戦うヴォルフを下げ、代わりにアリスが前線に立つ。
致命の剣列を展開し、打撃の大剣と衝撃の大剣を左右に持ち、木の山羊の群れに突っ込む。
まずは、木偶の山羊達を殲滅して、一般人の避難を完了させる。そのために、戦いの速度を上げる。
打撃で砕け散らし、衝撃で吹き飛ばす。
台風のように荒々しく戦うアリスを見守りつつ、ヴォルフはアシェンプテルの護衛に回る。
「お疲れ様~」
「アシェンプテル先輩もお疲れ様ッス! 補助魔法ありがとうございますッス!」
「いいえ~」
アシェンプテルにお礼を言いながら、少し荒れた息を整える。
戦いに集中しようと思っていても、やはり家族が気になってしまう。焦りが動きに出てしまい、戦い方が少し雑になってしまっていた。
危うさを覚える程では無かったけれど、ベストパフォーマンスよりは戦闘効率は下がってしまっている。
落ち着いて、冷静に、慎重に。呼吸を整えながら、先程の自分の戦いを反省する。
「瑠奈莉愛、か……?」
先程の戦いの反省をしながら、アシェンプテルを護るために警戒をしていると、不意に声を掛けられた。
「……っ」
その声には聞き覚えがあった。
聞きたくも無い、関わりたくも無い、自分を、自分達を苦しめた男の声。
瑠奈莉愛は眉間に皺を寄せながら声の方を見やる。
そこには、瑠奈莉愛の予想通りの人物が立っていた。
あの時とは見違える程安っぽい服に身を包み、不衛生な無精髭を生やした瑠奈莉愛の父親――上狼塚龍彦が立っていた。




