異譚25 水平二連式
揺らめく木々。それは、木々のように見えたけれど、実際にはただの木々では無かった。
小ぶりながらも黒く捻じれた木々。一見するとそれはただの木であり、そこはアリス達の認識通りだ。恐らくは、誰がどう見てもそれは木々にしか見えない。
だが、木々の下を見れば、それがただの木では無い事は一目瞭然である。
黒く捻じれた幹と枝。それを支える、幾つもの脚。太く逞しく、重たい樹木の身体を支えるには十分な脚には山羊のような蹄が付いており、その脚で地面を蹴り、生い茂る木々の隙間を練ってアリス達の元へと殺到する。
「木に脚が生えてる……」
「不格好な敵ね」
言いながら、イェーガーは躊躇なく長銃の引き金を引く。
イェーガーの撃ち出した弾丸は狙い違わず木の山羊に直撃する。
だが、木の山羊達は気にした様子も無く歩を進める。
全弾命中しているにも関わらず進み続ける木の山羊達に、しかしイェーガーは驚いた様子も慌てた様子も無く、更に弾丸を撃ち続ける。
何発当たろうと、木の山羊達は動きを止める事は無い。それでも、構わず撃ち続ける。
アリスも他の面々もイェーガーの攻撃を止めない。一見、無駄弾のように見えるけれど、それが探りである事など誰に言われずとも理解している。
撃って撃って撃ち続ける。イェーガーの放った弾は全て命中し、弾丸を受けた何体かは勢いそのままに頽れ、地面を転がる。
「チッ、マジかよ」
舌打ちをしてから、イェーガーは長銃を下ろす。
「後よろしく」
「分かった」
今の自分では分が悪いと判断し、イェーガーはアリスに残りの殲滅を頼む。
「点より線。もしくは面」
「分かった。ヴォルフ、周囲に敵性生物以外の反応は?」
「無いッス」
「分かった」
ヴォルフの返答を聞いた直後、アリスは致命の剣列を展開し、その中から斬撃属性の剣を手に取る。
即座に、アリスは斬撃の剣を振り抜く。
斬撃が広がり、木々諸共、木の山羊達を一刀両断する。
斬撃に両断された木の山羊達は、銃弾に撃たれた時とは違い一撃で生命活動を停止させる。
「……真っ二つなら流石に動かない、か」
両断された木の山羊を見て、納得したように頷くイェーガー。
「どうだった?」
アリスがイェーガーにそう問えば、イェーガーは長銃を消して答える。
「こいつら全部、同じ個所を撃ってみたけど、二撃目で倒れる奴もいれば、三撃目で倒れた奴もいた。耐久度にばらつきがあるのかとも思ったけど、多分違う。核の位置がバラバラなんだと思う」
一体目、二体目、三体目と順番に撃つ時、イェーガーは同じ個所を撃ち抜いていた。大抵の異譚生命体は弱点が同じ部位になるので、同じ部位を撃ち抜けば必ず絶命する。例えば、動物型であれば頭。寄生型であれば寄生している寄主を撃ち抜く。
人間に例えるのであれば、頭や心臓を撃ち抜けば絶命するように、異譚生命体にも弱点というモノは存在する。
イェーガーの精密射撃であれば弱点を撃ち抜くなど簡単な事であり、一撃で仕留めるために弱点と思われる個所を最初に撃ち抜くようにしている。
だが、木の山羊には弱点と思しき個所が存在しなかった。そのため、別個体ずつ同じ個所を撃ち抜き、何処が弱点かを探っていたのだ。
結果として、何発目で倒れるかはバラバラ。考えられる理由としては異譚生命体を構成するための核の位置が個体ごとにバラバラであるという事だ。
「今回、あたしの精密射撃は期待しないで。流石のあたしでも、見えない弱点に毎度当てるのは無理だから」
「そう」
頼りにしていたイェーガーの精密射撃が通用しないとなると、戦術の幅も大きく変わっていってしまう。
イェーガーの精密射撃は多数を相手にするときに重宝する。遠距離で相手の数を確実に減らす事が出来る上に、今回のように遠距離の相手に攻撃を通すのが難しい場面でも確実に仕留める事が出来る。
近距離で戦う時の数を減らせるし、場合によっては近付く前に全て撃ち抜く事も出来る。
イェーガーが一人居るだけで、戦術の幅が大きく変わる。それほどまでの射撃の精度なのだ。
今回もその精密射撃を期待していたのだけれど、精密射撃が健在でも一撃で倒しきれないとなればイェーガーの負担だけが増える事になってしまう。
アリスの斬撃の大剣で木々ごと一刀両断する事も可能だけれど、乱戦になれば使い勝手が悪い上に、一々生存者を巻き込んでいないか確認しなければいけない。
「全員、近距離での戦闘を想定して。要救助者がいる事を前提としての戦闘になるから、派手な魔法は極力控える方向で」
イェーガーの精密射撃の効果が薄い以上、近接でちまちま削っていくしかない。
「まぁ、この中で派手なのはあんたと双子だけでしょ。あたしもフレンドリーファイアは気を付けるけど、そんな派手な事にはならないし」
そう言いながら、イェーガーはいつの間にか両手に持っていた二丁の銃の取り回しを確認する。
イェーガーが持っているのは、水平二連式のソードオフショットガンだ。装飾は、いつも使用しているアンティーク調の長銃と同じではあるけれど、その役割はまったく違う。
常であれば取り回しやすい短銃を使用し、長銃の時と同じような精密射撃で戦う。例え近距離であろうとも、精密射撃の精度は変わらない。
しかし、今回は精密射撃が意味をなさない。であれば、精密さは捨てて戦う他無い。
自分でアリスに言ったように、今回の敵は点よりも面や線で攻撃をした方が有効である。もっと言えば、そこに炎属性を追加出来れば良いのだけれど、場所が場所なのでそれも出来ない。
ともあれ、自身の得意な点での攻撃が封じられたのであれば、イェーガーの美学には反するけれど、面で攻撃をする他無い。
そう考えた時に通常の短銃では意味が無いと思い至り、泣く泣く水平二連式のソードオフショットガンを選んだのだ。
水平二連式ではあるけれど、弾は魔力で生成するので再装填の必要は無い。魔力がある限り撃ち続ける事が出来るけれど、普段イメージしない散弾という事もあって魔力消費が多い。そうそう無駄撃ちは出来ないだろう。
「……あたしの美学に反するけど……仕方無いか」
不満げにソードオフショットガンを見るイェーガー。
数撃ちゃ当たるなんて適当な戦法は好きでは無い。無駄無く、一撃で仕留める。それが、イェーガーの戦闘の美学である。
「イェーガー。近接の訓練はちゃんとしてる?」
「なめんな。あいつの映像見た翌日から練習してるつーの」
「あいつ?」
「なんでもない。別に心配なんていらないから」
ぶっきらぼうに言って、イェーガーはアリスの前に回り、ヴォルフの隣に並ぶ。
「あたしとヴォルフで斥候やるわ。一応散弾だからね。当たったら困るし」
「分かった。アシェンプテルは私の後ろに。ヘンゼルとグレーテルは殿を継続で」
「は~い」
「「了解」」
イェーガーの役割が変わった以上、並び順が変わるのも必然だ。
「さっさと行くわよ。あたしの美学に反する場所なんて、とっととぶっ潰してやる」
「その意見に賛成ッス! さっさと片付けるッス!」
ずんずん進んでいくイェーガーとヴォルフに続いて四人も森の中を進んでいく。
暗い暗い森の中。その先に、何が待ち受けているのかも知らずに。




