異譚24 揺らめく木々
異譚へ出撃する事となった六人は即座に準備を整え、対策軍本部と目と鼻の先にある異譚へと向かう。
今回は長距離を移動する必要が無いので装甲車には乗らずに、対策軍で魔法少女に変身して直接異譚へ向かう。
「全員、準備は良い?」
「へーき」
「大丈夫ッス」
「うん、準備おっけーよぉ」
「「大丈夫」」
全員の返答を受け、アリスはこくりと頷く。
「なら、出撃」
異譚の暗幕を潜り抜け、入り込んだのは木々が鬱蒼と生い茂る森、
事前に確認をしていた写真と同じ景色。鬱蒼と生い茂る木々も、特別珍しいものでは無い。
ただ、夜間と言う事もあって視界は制限されている。
「うぅ……なんだか雰囲気わるーい」
「異譚なんだからとーぜんだろ。ったく、何を今更……」
「夜の森は雰囲気怖いのー!」
そそくさとイェーガーの後ろに移動するアシェンプテル。
最初からイェーガーが護るつもりではいたけれど、こうも怯えた調子で背中に回られると呆れてしまう。
「ヴォルフ。敵の音は聞こえる?」
「全然聞こえないッス。匂いも、特には無いッス」
「分かった。ヴォルフは引き続き斥候をお願い」
「了解ッス」
頷き、ヴォルフは警戒を緩める事無く周囲を警戒する。
隊列は、ヴォルフ、アリス、イェーガー、アシェンプテル、ヘンゼルとグレーテルの順である。
ヴォルフが斥候。アリスがオールラウンドに対応し、イェーガーが遠距離で対応。アシェンプテルが補助で、ヘンゼルとグレーテルが殿である。
「……」
斥候として先頭を歩くヴォルフ。そのヴォルフの足並みに焦燥が表れているようにアリスは感じる。
全員、訓練を積んでいるためヴォルフの歩調に合わせる事は出来る。警戒だってヴォルフだけに任せている訳では無い。
アシェンプテルは魔力感知で。獣の能力を有するヴォルフには劣るけれど、イェーガーも目と耳でしっかりと警戒をしている。
アリスとヘンゼルとグレーテルも同様に警戒を緩めている訳では無い。この歩調であれば、警戒を緩める事無く進み続けられる。
だから、アリスは何も言わない。本人の警戒も緩んでおらず、集中も途切れていないから。
それに、ヴォルフが焦る理由も分かる。ヘンゼルとグレーテルの家が異譚の中と言う事は、さほど距離の離れていないヴォルフの家もまた異譚の中、と言う事になる。
空を飛んだ時に目視でも確認しているし、地図上でも確認している。家族が異譚に巻き込まれたと分かって、平静でいられる訳が無い。
本来であればヴォルフやヘンゼルとグレーテルは今回の異譚に参加させるべきではない。
人間、公平に徹しようとしても私情が混じってしまうものだ。本人が自制しているつもりでも、今のヴォルフのように無意識に行動に出てしまう事もある。
沙友里もその事を考えていない訳では無い。その上で、三人の能力が必要だと判断したのだ。
視界が制限されている中でヴォルフの人外の嗅覚と聴覚は人命救助には必須であり、何処でもセーフティーゾーンを作る事が出来るヘンゼルとグレーテルのお菓子の家もまた必要なものだ。
異譚侵度Aともなると、常人の生存確率は大きく下がる。一般市民を護るためには、最善を尽くさなければいけない。その考えの上で、沙友里は三人の能力が必要になると判断した。
その判断にアリスは文句も異論も無い。ヴォルフの交代要員としてシュティーフェルをと考えたけれど、シュティーフェルの魔法『猫の二枚舌』は発動条件が特殊であり、こういった物が少ない場所では使いづらい。街中などの雑多としていて選択肢の多い場所でこそ真価を発揮する。
であれば、直接的な戦闘能力が高いヴォルフを選抜するのも道理だ。マーメイドでは斥候として不十分であり、スノーホワイトやサンベリーナも同様だ。ロデスコは延焼の危険性があるので今回は最悪の事態にならない限りは出撃しないだろう。
今回のメンバーはそれぞれの事情を加味しなければ、ベストな選択だとアリスは考える。
「アリス、方針はどーすんの?」
イェーガーの問いに、アリスは少しだけ考えてから答える。
「いつも通り。人命救助優先」
「じゃあ、核は狩りに行かないわけ?」
「時と場合による」
避難誘導をしている時であればアリスだけ残って異譚支配者を引き付け、避難誘導などしていないのであれば全員で戦闘を開始する。
異譚から脱出させる事も重要だけれど、異譚支配者さえ倒せば異譚は終わる。異譚生命体は残るだろうけれど、魔力の渦巻く異譚内部よりは索敵も容易になる。
なんであれ、その時の状況次第だ。
「ふーん」
「不満?」
「別に。あんたの方針に従うわよ、リーダー」
不満が無いかと聞かれれば、アリスの方針にイェーガー的には不満ではある。人命救助であれば他の者に任せれば良い。一番火力を出せるアリスが異譚支配者と戦うのは道理であり、一撃必殺の魔法である銀の弾列を持っている自分がその補助をすれば事態は早期解決するだろうとも考えている。
イェーガーとしては、人が襲われる前に大本を叩く、が一番手っ取り早いと考えている。それが最愛のアリスの方針に異議を唱える考えだとしても、イェーガーは一人の魔法少女としてその方針を支持する。世の中適材適所。自分が人を護る事に向いていない事は、自分が一番よく分かっているのだから。
ただ、ヴォルフとヘンゼルとグレーテルの足取りがいつもより急いている事には、イェーガーも気付いている。どういった理由があるのかまでは完全に察していないけれど、なんとなく想像は付いている。
アリスがその事について言及していない以上、イェーガーは余計な事をするつもりは無い。
意見の食い違いはあれど、今はアリスの方針に従う。きっとそれがベストだ。
「アリス先輩!」
ヴォルフの耳がぴくりと動き、即座に警戒を促すように声を上げる。
全員、即座に戦闘態勢を取る。
ヴォルフの声が切迫している事から、ヴォルフが捉えた音が人のものでは無い事を即座に理解する。
木々の隙間に目を凝らす。けれど、見えるのは木々の揺らめく姿だけ。それなのに、ヴォルフの耳はしっかりと人では無いナニカの音を捉えている。
音はするのに姿が見えない。以前のような透明になれる異譚支配者と同じ能力を有しているのかと考えたけれど、音が近付くにつれてそうではない事に気付く。
木々の隙間から見える揺らめく木々。それが、段々と近付いて来ていたのだ。




