異譚23 目と鼻の先
二人の話が終わり、後は普通にコース料理を楽しむだけとなった。
憂いが無いとは言わないけれど、それでも問題解決のために一歩前進した事は確かだ。
美味しい料理に舌鼓を打ち、後は帰るだけとなったところで、アリスは強大な魔力を感知する。それと同時に、三人の携帯端末に異譚発生の連絡が入る。
アリスは即座に二人を抱え、空を飛んで対策軍へと向かう。
だが、そこで三人は目にする事になる。
闇夜の中ですら更に暗く、地上を覆う黒の暗幕。それが、直ぐ近くに在った。
目と鼻の先。それこそ、アリス達の生活圏内を覆うようにして発生している。
「――っ。こんなに近くに……!」
ヴルトゥームが現れる前の異譚は、異譚の規模が小さく、また場所もバラバラだった。規模が小さい故に即座に解決も出来たし、異譚支配者も他の異譚支配者に比べて弱い方だった。
だから、被害が拡大する前に即座に解決をする事が出来た。その後に飛来した星間重巡洋艦の時も、人的被害は少なかった。決戦の時も、住民を避難させる時間があった。
総じて考えれば、運の良い事に人的被害は少なかったのだ。
だが、今回は違う。準備する時間も無ければ、ヴルトゥームの時のような悪運も無い。あるのは、不条理で無慈悲なまでの事実だ。
異譚は春花達の生活圏内を覆っていた。
「そんな……」
「家が……」
唯と一が呆然と声を漏らす。
二人の言葉通り、菓子谷家が異譚に包まれてしまっているのだ。
一瞬、自分だけ先行して突撃をしようか迷う。
アリスの魔法であれば臨機応変に対応が可能だ。だが、事前情報無しに突撃する事の危険さも知っている。万全を尽くすのであれば、いったん対策軍へと向かった方が良い。
それに、アリス達攻略のために動く魔法少女よりも先に異譚を調査する調査部隊と、護衛に特化した救助部隊が先行して異譚に突入しているはずだ。
目と鼻の先という事もあって、もう既に両部隊は異譚に突入しているはずだ。
「……今は、対策軍に向かう」
二人がどれだけ葛藤しているか分からないけれど、焦って勝手な行動をする訳にはいかない。二人もそれを理解しているのか、アリスの言葉に逆らう気配は無かった。けれど、視線はずっと異譚へと注がれていた。
対策軍に到着すれば、既に童話の魔法少女全員が集まっていた。
と言っても、訓練で残っていたり、カフェテリアでだらだらしていたりで、アリスと双子以外はそもそも対策軍に居たのだ。勿論、ブリーフィングを行うので沙友里も居る。
「なんであんた達ドレスなわけ?」
ドレス姿で入って来た三人を見て、珠緒が怪訝な様子で訊ねる。
「ああ、なるほど」
しかし、朱里だけは合点が行ったのか納得したように声を漏らす。
「アンタ達、『すずらん』行ったでしょ」
「うん」
「やっぱりね」
三人が行った料亭の名前は『すずらん』。アリスと朱里の二人で行った事がある場所であり、相応のドレスコードが必要な場所である。異譚発生から対策軍に到着するまでの時間と、ドレスコードが必要な近隣のお店と言えば『すずらん』しかないのだ。
「って、そんな事はどうだって良いのよ。さっさと座りなさい。ブリーフィング始めるから」
無意味な推理に時間を割いている場合では無い。
三人も直ぐに手近なソファに座る。
「それでは、ブリーフィングを始める」
全員が揃ったところで沙友里がスクリーンに調査部隊から送られてきた画像を映し出す。
「今回の異譚、以前のヴルトゥームの時と酷似しているが、太古の森では無く、現代の森に近いな」
映された写真は何処を見ても、木、木、木。以前のように古代の生物がいる訳でも無く、ただ木々が生い茂るだけの森だ。
「……なんか、気味が悪いわね」
「夜だからって、訳じゃ無いよねぇ……」
夜の森だから気味悪く感じる訳では無いだろう。写真だけだけれど、森には禍々しい空気が漂っているように思える。
「現状、それ以上の情報は無い。敵性生物の報告も無い。不気味な程に静かな森らしい」
「あ、あの、一つ良いッスか?」
おずおずと手を上げる瑠奈莉愛。気掛かりがあるのか、その表情は焦燥の色が見える。
「ああ」
「救援は進んでるんッスか?」
「ああ。一般市民の保護は進んでいる。ただ、森と言う事もあって進みは遅い」
住民の保護が進んでいると分かり、少しだけ肩の力を抜く瑠奈莉愛。それは、唯と一も同様だった。
「今回の編成は、アリス、珠緒、唯と一、瑠奈莉愛、笑良の六人だ。小回りの利く者と、護衛に特化した者を編成した」
「その理由でアタシが入って無いの納得いかなーい」
朱里がぶーたれて文句を言う。
「……朱里……」
「なによ?」
「……朱里は、放火魔……」
「悪い言い方すんじゃないわよ。分かってるわよ、そんくらい」
朱里の攻撃には炎が伴う。周りの木々に火が移り、その火がどんどん広がる可能性がある。そうなれば、生存者の避難も難しくなるし、最悪その炎で住民が死亡してしまう事になる。
ただ戦うだけであれば問題無いけれど、住民の避難をしなければいけないのであれば、今回は朱里の出番は無い。場所の相性が悪い事くらい、朱里も理解している。
因みに、唯と一の魔法は爆発しないようにする事も出来るので、編成に組み込まれている。
「アンタ、視界が悪いんだからバカスカ大技撃つんじゃ無いわよ」
「分かってる」
朱里はしっかりアリスに釘を刺しておく。アリスも小回りは利くけれど、大技の方が多い。
沙友里の編成方針として、単独で異譚支配者を撃破出来る魔法少女を必ず一人は入れる事を絶対としている。朱里とアリス。今回の場所を考えてアリスの方を選んだ。大技が多くとも、延焼の可能性が無いアリスを選ぶのは道理と言える。
瑠奈莉愛は小回りが利くし、珠緒も狭所での戦闘が出来る。その上、針の穴を通すような精密射撃も出来るので、森での戦闘は逆に珠緒の領域ですらある。
笑良は防御要員であり、敵の大技が出た時に灰被りの城で住民を護る事が出来る。
「今回も私はお留守番ね……」
「私もです」
「……待つのも、仕事……」
「そ、そうだね。何かあった時のために、待機しておかないとだよね」
有事の際に即座に出撃出来るように待機をしているのも仕事の内だ。
「異譚侵度はA。海上都市よりも異譚侵度は低いが、決して油断出来る訳では無い」
「分かってる。異譚をなめてかかるつもりは無い」
この場の誰も、異譚を甘く見てはいない。それに、自分達は生き残れるような異譚侵度でも、一般人は異譚を生き抜く事は出来ない。本当に運が良く無ければ、異譚に巻き込まれた時点で死は確定しているようなものだ。
だからこそ、油断はしない。ただ倒すだけが、異譚では無いのだから。
「それでは、準備が出来次第出撃だ。頼んだぞ」
「「「「「「了解」」」」」」
六人は直ぐにカフェテリアを後にする。焦燥を感じる足取りの者が居たのは、きっと勘違いでは無いだろう。




