異譚22 双子の相談
上狼塚家の問題が片付き、春花としても一安心。
これで心置きなく仕事に専念出来る……という訳では無い。瑠奈莉愛の問題は解決したけれど、まだ菓子谷姉妹の方が残っている。とはいえ、菓子谷姉妹の問題は未だに分かっていない。
何を抱えていて、どんな問題に当たっているのかが分からなければ、春花としても動きようが無い。
どうアプローチしたものかと考えていたところ、なんと双子の方から春花ではなくアリスの方にお呼び出しがかかった。
唯と一に呼び出され、アリスは個室のある料亭へ双子と一緒に向かった。
「ここ……」
「お高い……?」
「全部持つから大丈夫」
アリスが連れて来た料亭は、外観からして高級感を醸し出しており、暖簾をくぐるお客もまた上品な恰好をしていた。
唯と一は自分達の恰好に目をやる。二人は学校の制服のまま来てしまった。明らかに場違いな恰好である。当のアリスも、いつもと同じ空色のエプロンドレスであり、料亭の雰囲気にはそぐわない。
だが問題は無い。アリスにとって服装など指先一つで変えられる些事だ。
アリスが指先をくるんっと宙で回せば、三人の恰好は上品なドレス姿に早変わり。アリスは空色のドレスというところは変わらないけれど、落ち着き払ったデザインのものに。双子は薄いピンク色のドレスで、鏡合わせのようなデザインのドレスとなっている。
スーツでも良かったけれど、双子からすれば少し味気ないだろうと思って三人ともドレスにした。
暖簾をくぐり、従業員に予約を入れていた事を伝えれば、個室へと案内される。
アリスは慣れた様子で歩くけれど、唯と一は緊張した面持ちでアリスの後を付いて行く。
アリスが慣れているのは、この料亭に何度か来た事があるからだ。勿論、毎度朱里の誘いである。事あるごとにお祝いだなんだと食事に連れ回されているので、こういう場所での振る舞いには慣れている。
個室に通された後、従業員はそのまま襖を閉めて去っていく。
コース料理を頼んだので注文をする必要は無い。
最初に用意された水を飲み、アリスは二人が話しだすのを待つ。
二人が話しだすタイミングを掴みあぐねていると、先付けが運ばれてくる。
「いただきます」
アリスは先付けに箸を伸ばし、上品に口に運ぶ。
「「い、いただきます」」
二人は緊張しながらも、アリスの所作を真似して食べる。
雰囲気にのまれて頗る緊張しているので、味の良し悪しはまったく分からない。
「……それで」
二人が話を切り出すのが難しそうに思えたので、アリスが話を切り出す。
「話って何?」
アリスがそう言えば、二人は一度顔を見合わせた後に、お箸を置いて口を開く。
「「実は……」」
ゆっくりと、たどたどしい口振りではあったけれど、双子は事情を話した。
双子をネグレクトした両親から一緒に暮らそうと言われている事。
勿論、双子にその意思は無く、その話は蹴ろうと思っているのだけれど、同時にお婆さんの動向も気になっている事。
お婆さんが二人の稼いだお金の管理をしており、そのお金で家電を買ったりリフォームをしている事。
その事が引っ掛かっていて、このままお婆さんと一緒に住んでいて良いのか悩んでいる事。
ゆっくりと、双子はいつもの明るい調子を消して話をした。
二人が何に悩んでいるのかが分かり、納得と同時に疑問が生じる。
瑠奈莉愛達を誘って菓子谷家でお夕飯を食べた時見た二人の男女。あの二人が唯と一を金蔓目的で見ている事は想像に難くない。だが、お婆さんが双子をそう見ているとは思えない。
アリスから見て、お婆さんはそういう不義理を嫌っているように思う。礼儀正しく、行儀良く、道理の通らない事を嫌う。アリスの中のお婆さんはそういうイメージだ。
実際、春花が瑠奈莉愛達を誘った時も頭ごなしに否定せず、むしろ肯定的に捉えてくれた上で、春花の考えを聞いてくれた。
そんなお婆さんが果たして二人が命を懸けて稼いだお金を、二人の許可無く勝手に使うだろうか。
二人より、アリスはお婆さんとの付き合いは短い。それこそ、つい最近出会ったばかりなのだ。二人よりも、お婆さんの事は知らない。
それでも、アリスにはどうしてもお婆さんが不義理を働くとは思えないのだ。
「……なるほど」
二人の話を聞いて、納得したように頷くアリス。
「これは、私にする話じゃない」
だが、即座にアリスは否定的な答えを出す。
アリスの答えを聞いて、二人は落ち込んだように俯く。
「確かにそう……」
「家族の問題……」
二人はアリスの言葉を、家族の問題に自分を巻き込むな、という風に捉えた。
「違う。誰かに相談する事は良い事。そこは否定していない」
二人で抱えるには限界だと判断して、二人はアリスに相談した。その事は何一つとして間違えていない。二人に解決出来る問題は高が知れている。何せ、彼女達は中学生なのだから。
「話す相手を間違えてるだけ。私じゃなくて、貴女達のお婆さんに直接話すべき」
「「でも……」」
アリスの言葉に、躊躇いを見せる二人。
それはそうだろう。自分達のお金を勝手に使ってる人と一緒には暮らしませんだなんて、今まで育ててくれた人に言える訳が無い。それに、そんな喧嘩別れなどしたくは無いだろう。
「貴女達は、お婆さんにその事を直接聞いたの? 直接お婆さんの口から、貴女達のお金を使ってるって聞いた?」
「聞いて……」
「無い……」
「なら、答えを出すのはそれを聞いてからでも良いはず。二人の思い違いと言う事もある。二人だけで話すのが嫌なら私も同席するし、その後二人だけで暮らしたいなら部屋の手配も手伝う」
二人はお婆さんから直接その話を聞いた訳では無い。疑念が膨らんで、確認してもいない事を事実と思い込んでしまっているだけだ。
決断を下すのであれば、事実を知ってからでも遅くはない。
「本当の事も、お婆さんの考えも、二人はまだ直接聞いてないでしょう?」
アリスの言葉に、双子はこくりと頷く。
「なら、しっかりとお婆さんと話し合うべき。判断を下すのは、その後でも十分間に合う」
「「……」」
二人は数秒程顔を見合わせる。
そして、同時にこくりと頷いた後、アリスに向き直る。
「分かった」
「話してみる」
「それが良い」
「その時は」
「一緒に居て」
「「お願いします」」
ぺこりと、二人は頭を下げる。
珍しく真面目な様子の二人に、アリスもこくりと頷く。
「分かった。日程が決まったら教えて。合わせるから」
「「ありがとう、アリス」」
アリスが同席を承諾すると、二人は顔を上げてお礼を言う。
お礼を言った二人の表情は、胸のつっかえが取れたのか少しだけ晴れやかなものだった。




