異譚21 機会があれば、是非
土下座をする安姫女を何とか起こし、春花は一旦調理を再開させる。
安姫女は涙ながらに土下座をしていたので、瑠奈莉愛が落ち着かせるために一緒に居るので、春花一人でお夕飯を作る事になる。
カレーとサラダだけであれば春花一人でも作る事が出来る。他人の家で料理を作るので慣れないところもあるけれど、問題無く調理を進められる。
とんとん、じゅーじゅー、ぐつぐつ。慣れた手付きでカレーを作る。
背後でぐすぐすと泣いている安姫女が気になるけれど、まずはお腹を空かせている子供達を優先させる。安姫女が泣いている理由も、春花に対して土下座をした理由も分かっているので、落ち着いてから話をした方が良いだろう。
「ぐすっ。あら、どうして猫ちゃんが居るの?」
「キヒヒ。猫はアリスの保護者だからね」
「アリスちゃん? あれ、今日来てるの?」
「違うッス。有栖川先輩だから、アリスって呼んでるだけッス」
「そう。そうなのね」
ぐすぐす泣きながら、安姫女はチェシャ猫を撫でて自分を落ち着けている。
チェシャ猫が安姫女の精神安定を手伝っている間に、春花はちゃちゃっと料理を済ませる。
「出来たよ。取りに来て」
春花が振り返りながら言えば、子供達はわらわらとカレーを取りにやって来る。
子供達はご飯を盛ったお皿を持って来る。そのお皿にカレーを盛り付けている。気分は給食当番である。まぁ、春花の通っていた中学はお弁当と学食だったので給食当番は無かったし、それ以前の事は記憶が無いので憶えていないのだけれど。
子供達の分のカレーを入れた後、春花、瑠奈莉愛、安姫女の分を用意してテーブルに用意する。
「ありがとうございますッス!」
「ありがとう、春花ちゃん」
「いえいえ」
お夕飯の用意が出来、全員が手を合わせる。
「春花先輩、挨拶をどうぞッス」
「それでは僭越ながら。いただきます」
「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」
元気よく食前の挨拶をして、お夕飯を食べ始める。
「ん~っ! 美味しい~!」
「うちのカレーとちが~う!」
「でーりしゃすー!」
子供達は美味しそうにがつがつとカレーを食べる。
「良かった」
美味しそうに食べる子供達を見て薄く笑みを浮かべる春花。
「キヒヒ。良かったね、アリス」
「うん」
チェシャ猫用のお皿を持参していたので、そのお皿を使ってカレーを食べている。お口の周りがカレーまみれだけれど、チェシャ猫は気にした様子も無く食べている。
「……あの、春花ちゃん」
春花の隣に座っている安姫女が真剣な表情を浮かべる。
スプーンを置き、春花に向き直る。
「今回の事、本当にありがとうございました」
言って、安姫女は頭を下げる。
「本当なら、母親であるわたしが気付いてどうにかするべきでした。我が家の問題に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
謝る安姫女を見て、子供達はご飯を食べる手を止める。
「気にしないでください。……なんて、無理ですよね。事が事ですし」
本来であれば、他人である春花が関与する事の無い事態だ。加えて言うのであれば、特殊な立場に居るとは言え春花はまだ子供である。子供が関わるには、あまりにも重い内容になる。
それを、春花が解決へと導いてくれたのだ。といっても、春花がした事といえば、法務部に依頼を出したり、護衛依頼を出したりしたくらいだ。大した事はしていない。
ただ、それは春花にとっての話だ。安姫女達、上狼塚家の者からすれば、問題の全てを解決してくれた立役者だ。春花が居なかったら問題は更に長引いていただろうし、より面倒な事になっていたはずだ。
春花も、その事は分かっている。その上で春花は自分がした事は大したことが無いと判断している。
だが、瑠奈莉愛達がそれで納得しない事も分かっている。
「お礼の言葉、素直に受け取らせていただきます。ただ、僕がした事は本当に大した事じゃ無いんです。メールをぽちぽちっと送信しただけです。なので、あんまりかしこまらないでください」
春花の言葉に、頭を上げる安姫女。
「……そうは言ってもね、やっぱり家族を助けて貰ったんだもの。ちゃんとしなくちゃ、ママ失格になっちゃうわ」
安姫女にとって、この世で一番大事なモノは可愛い子供達だ。その子供達が苦しい思いをしていたのに気付かなかった上に、気付いた時には春花が手を打ってくれており、その後は対策軍の法務部の者が全て解決してくれた。
瑠奈莉愛からは全て聞いている。自分を不安にさせないように、自分に負担をかけないように、瑠奈莉愛が解決しようとしていてくれた事。
今回の事、安姫女が関わる前に全てが終わってしまっていた。子供達だけに辛い思いをさせてしまった事が申し訳無い。
安姫女に出来る事は、母親らしくお礼を言う事くらいだ。
「だから、ありがとうございます。大したお礼は出来ないけど、またこうしてご飯を食べに来てくれると嬉しいな」
「キヒヒ。タダ飯が食べられるならいつでも来るさ。ね、アリス」
口の周りにカレーをべったり付けたチェシャ猫が春花に言う。
「……うん。また機会があれば、是非」
「うふふ。ありがとう、春花ちゃん」
肩の力が抜けたのか、安堵したように柔らかな笑みを浮かべる安姫女。
その後は、湿っぽい話は無しにして、皆で楽しくお夕飯を食べた。
カレーはいっぱい作ったのだけれど、皆がお代わりするものだから、その日の内に完食してしまった。




