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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第6章 ■■■■と■■■■■■

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異譚19 なでなで

 事態は、割と呆気無く進んでいった。


 と言うのも、流石は専門家。慣れた手際でとんとん拍子に事を進めていき、直ぐに事態を丸く収めてしまった。


 父親は接近禁止。瑠奈莉愛が支払ったお金も返ってくる事と相成った。上等な物を身に付けていたので、それらを全て売り払えば直ぐにでも返せるだろう。それに、腕時計が高価な物だったため、瑠奈莉愛に全額返金しても暫くは困らないはずだ。そのお金を元手に、まともな生活を送ってくれる事を願っている。


 というのを、春花は法務部からのメールにて報告を受けた。仕事が早くて何よりである。


 春花としては一仕事終え、自分の責務も果たしたので今回の件はすっかり解決。いつも通りアリスとして訓練を受けたり、事務仕事をしに来たりしていた。


 と言ってもアリスとして訓練をした後に事務仕事をしているので、他のメンバーとは春花として会う事は滅多に無い。


 流石に働き過ぎだと怒られ、最近は訓練を終えたら帰って、家で事務作業をしている。やっている事が変わらず、場所だけしか変わっていない事に春花は気付いていなかったので、当然沙友里に怒られた。


 結果、アリスとして訓練をする日と、春花として事務仕事をする日を別ける事となった。


 今日は春花として事務作業に従事する日。いつも通り、コーヒーを飲みながらカタカタとキーボードに指を走らせて、アリスのレポートを作成する。


 春花が端末と睨めっこをしていると、不意に隣から影が差す。


 見やれば、そこには笑みを浮かべた瑠奈莉愛が立っていた。余程集中していたのか、隣に近付いてくるまでまったく気付かなかった。


「どうしたの、上狼塚さん」


「瑠奈莉愛が良いッス! 瑠奈莉愛って呼んで欲しいッス!」


「仕事中だからね。公私混同は避けるために、苗字で呼ぶよ」


「ぶー、いけずッス。あの時は呼んでくれたのに……」


 春花の連れない言葉に瑠奈莉愛は拗ねたように唇を尖らせる。


「あの時は、上狼塚さんだらけだったからね。分かりやすいように呼んだんだよ」


 何せ、上狼塚が九人もいたのだ。話の流れ的に春花が誰の事を言っているか分かるだろうけれど、分かりやすさと相手への圧も込めて『瑠奈莉愛さん』と呼んだ。そこに他意は無い。


 それに、最近は色んな人との距離が近くなって来てはいるけれど、春花としてもアリスとしても適度な距離を保つべきだと思っている。


 春花とアリスが同一人物だと知って近くに居てくれている朱里は別として、それ以外の人は春花とアリスが同一人物だとは知らないのだから。であれば、適度に距離を保つ必要があるだろう。


 アリスが春花だと分かった時、相手が傷付かない距離感を保つべきだ。最近は、どうもその距離感が崩れつつあるように思う。きっと、朱里が受け入れてくれたからだし、アリスの時も春花の時も、皆が自分と仲良くしてくれるからだろう。そのせい、と言えば言い方が悪いかもしれないけれど、それをきっかけに境界線が曖昧になってきてしまっているのだ。


 少し、距離を置こう。春花として自分を見直してみて、そう思ったのだ。


 なので、申し訳無いと思うけれど多少素っ気なくはさせて貰う。それが彼女のためにも一番良い事だ。


「それで、僕に用事かな?」


「はいッス! 無事に全部終わったので、そのお礼を言いに来たッス! 春花先輩、此処最近全然会えなかったッスから、随分言うのが遅くなっちゃったッス」


「ごめんね。暫く忙しかったものだから」


「平気ッス! 春花先輩が謝る事じゃないッスから! それに、春花先輩が忙しいのは重々承知してるッス! あと、自分のために動いてくれていた事も、全部承知ッス」


 嬉しそうに、むず痒そうに、瑠奈莉愛は微笑む。


「本当に、本当にありがとうございましたッス! 全部全部、春花先輩のお陰ッス!」


 勢いよく頭を下げてお礼を言う瑠奈莉愛。


「別に、僕は法務部に報告と依頼をしただけだよ。そこから先は法務部が全部やってくれた事だから」


「でも、あの人に啖呵切ってくれたのも、自分に頼ってって言ってくれたのも、全部春花先輩ッス! 春花先輩が居なかったら、自分……多分、いつか、あの人を……」


 そこから先を、瑠奈莉愛は言わなかった。言われなくとも、理解は出来た。


 殺していたかもしれない。そう考えてしまう程に、瑠奈莉愛は追い詰められていたのだろう。自分で抱えるしかない。自分で解決するしかない。そのストレスが爆発して、いつかは……なんて、あり得ない話では無い。


 瑠奈莉愛は魔法少女である前に一人の人間だ。それも、まだ中学一年生という世間では護られるべき対象だ。そんな少女が大人に脅され金銭を要求されていたとあっては、きっと春花には考えも及ばない程ストレスを抱えていたに違いない。


 しかも、相手は自分の実の父親だ。身内がそんな事をしていると思いたくも無いだろう。


 瑠奈莉愛の精神的な負荷は計り知れない。爆発する前に解決が出来て良かった。


「……今度また何かあったら、ちゃんと言うんだよ? 僕じゃなくても、頼れる誰かに。君は魔法少女っていう特別な存在だけど、私生活もあるし、年相応の悩みだってあるはずだ。一人で抱え込まないで、自分だけじゃ無理だと思ったらすぐに相談する事。分かった?」


「はいッス。今回の事で身に染みたッス……」


 しょんぼりと肩を落とす瑠奈莉愛。


「あの……その時は勿論、春花先輩も頼って良い……ッスよね?」


「良いけど、きっと僕はそんなに力になれないよ。出来る事も少ないし」


「そんな事無いッス! 春花先輩はすっごく頼りになるッス! 自分が保証するッス!」


「そう? でも、僕にも無理だと感じたら、直ぐに他の人に流すよ。解決出来ないまま抱え込んでも、お互いのためにならないからね」


「はいッス! もしもの時はよろしくお願いしますッス!」


 がばっと勢いよく頭を下げる瑠奈莉愛。


「うん。先輩として出来るだけの事はするよ」


 春花がそう返せば、瑠奈莉愛は頭を下げたままじっと春花を見る。


「……どうかした?」


 何かおかしな事でも言っただろうかと思って聞き返せば、瑠奈莉愛は少しだけおねだりするような目で春花を見る。


「なでなで、してくれないんッスか?」


「しないよ?」


「なんでッスか?」


「なんでって……僕、上狼塚さんを撫でた事あった?」


「あったッス! あの日、帰る時撫でてくれたッス!」


「そうだっけ……」


「そうッス!」


 駄々をこねるように言う瑠奈莉愛。春花がまったく憶えて無かった事が寂しいのか、少しだけ涙目である。


 瑠奈莉愛に言われ、春花は記憶を辿っていくと、確かに帰り際に瑠奈莉愛の頭を撫でたような気がする。完全に無意識で撫でていたのだろう。本当に言われるまで気付かなかった。


「あー……そう言われると、撫でたかも」


「かもじゃないッス! 撫でてくれたッス! だから今日もッス!」


 ずずいっと頭を差し出してくる瑠奈莉愛。


 春花が撫でやすいように、椅子に座っている春花の隣にしゃがみこみ春花が撫でやすい位置に頭を持って行く。


 なんだか犬みたいだなと思いながら、春花としては必要以上のスキンシップは避けるべきだと思っているので、瑠奈莉愛の頭を撫でる事を躊躇してしまう。


 だが、瑠奈莉愛は肘掛けに両手と顎を乗せて、上目遣いに春花になでなでを所望する。


 懇願している感じだけれど、意地でも撫でて貰うまで帰らないと言う意志を感じる。


「……今回だけだよ」


「はいッス!」


 春花が頭を撫でるのを了承すれば、瑠奈莉愛はぱあっと花が咲いたように笑みを浮かべる。


 瑠奈莉愛は今回の件でかなり精神的に消耗しているはずだ。春花のなでなでで少しでも持ち直せるのであれば、今回ばかりは仕方が無い事だろう。


 そう自分に言い聞かせて、春花は瑠奈莉愛の頭を優しく撫でる。


「んふふふっ」


 春花に頭を撫でられた瑠奈莉愛は嬉しそうに笑みを浮かべる。


 見えない尻尾がぶんぶんと振られているのを幻視しながら、少し肩入れし過ぎてしまったかもしれないと思う春花だった。


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[良い点] 良いっすね こういうの好きです
[一言] あ、しあわせ
[一言] あ、しあわせ
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