異譚18 後は任せて
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助けてくれと言われた。春花はそれに頷いた。
であれば、春花の行動に迷いは無い。
「では、本日はお引き取りください。後日、対策軍の方から通達がありますので、そのつもりで」
毅然とした態度を崩さない春花に、龍彦の苛立ちは最高潮に達する。
「だから、お前には関係ねぇって言ってんだろうが」
「いえ関係あります。彼女は対策軍所属の魔法少女です。その魔法少女が助けを求めるのであれば、魔法少女をサポートする我々事務員の業務の範疇です。国防の要である魔法少女を脅かすと言うのであれば、それ相応の罪に問われる事になりますが……勿論、その覚悟はおありですよね?」
「――っ」
罪に問われる。その言葉を聞き、龍彦は思わずたじろぐ。
この手の輩はどんなに理詰めで言ったところで納得はしない。こちらが正しくとも、あちらの頭の中では自分が正しい事になっているのだから。
だから、理屈で返すだけ無駄だ。実害があると、相手に分からせれば良い。有り体に言えば、こちらから脅すのだ。
こっちは訴える覚悟も理由もあるぞ。バックには対策軍が付いており、資金は対策軍が全て持つ。それでも歯向かって来るのか? と、言外に伝えているのだ。
ただの子供が出しゃばって来るのであれば訳無いだろう。子供に出来る事なんて高が知れているし、少し高圧的に脅してみせれば二度と関わっては来ない。
だが、春花は違う。春花は龍彦がすごんで見せても毅然とした態度を崩す事は無かった。また、春花には明確な所属先が在り、その権力を遺憾なく発揮できる。たった一人の無職の男が太刀打ち出来る組織では無い。
加えて言うのであれば、龍彦は知らない事だけれど春花は日本の英雄その人であるため、対策軍内でもかなり融通を利かせる事が出来る。沙友里に頼めば、無職の男一人を接見禁止にする事くらい、本当に訳無い事なのだ。
「は、はったりだろ? お前みたいなガキが対策軍に所属してる訳――」
「仮にはったりだとして、瑠奈莉愛さんが対策軍所属である事実は変わりません。対策軍は国防の要である魔法少女を護るために全力を尽くします。貴方が彼女の活動の妨げとなるのであれば、全力で排除するでしょう」
龍彦の言葉に被せて反論をする春花に、龍彦は苛立たし気に顔を歪める。
「な、なら! こっちにだって考えがある。この動画をSNSで拡散してやるよ」
龍彦は携帯端末を操作して、とある動画を春花に見せる。
それは瑠奈莉愛がファミリーレストランで龍彦にお金を渡している時に動画だった。どうやら写真だけでなく、動画も撮影していたらしい。
「良いのか? 魔法少女が金を渡してるところなんて拡散されたら、信用問題に関わるんじゃないのか? あ?」
勝ち誇ったように言う龍彦に、しかし、春花は特に動じた様子も無く返す。
「その程度、直ぐに裏が取れます。こちらにやましい事は一つも無いですし、対策軍としても正式に声明を発表出来ます。そうなった場合、割を食うのは貴方一人だけです」
「ぐっ……」
虎の子である動画ですら意味が無いと突き付けられ、龍彦は悔しそうに顔を歪める。
「これ以上用が無いのであれば、お引き取りください。詳細は追ってご連絡差し上げますので」
冷たく突き放すように言葉をぶつける春花。
そんな春花に何も言えず、さりとてこのままただ去っていくのもプライドが許さず、顔を赤くしてその場に立ち尽くす龍彦。
春花は立ち尽くす龍彦を無視して、瑠奈莉愛達を振り返る。
「それじゃあ、お家に帰ろうか」
先程までの冷たい声音が嘘のように優しい声音で瑠奈莉愛達に声を掛け、瑠奈莉愛と手を繋いで家へと向かう。
姉弟達も龍彦の様子を気にしながらも、先を歩く春花に続いた。
「今回の事、お母さんは知ってるの?」
「知らないッス……心配、かけたくなくて……」
「そう。でも、今日の事、今までの事、ちゃんとお母さんに説明するんだよ。子供には出来ない事もあるし、お母さんだって瑠奈莉愛さんが思い詰めるまで無理して欲しいとは思ないはずだから。分かった?」
「はいッス……」
袖で涙を拭きながら、瑠奈莉愛は春花の言葉に頷く。
幾ら感情の機微に疎い春花でも、安姫女が子供達を心の底から愛している事は見ていれば分かる。そんな安姫女が子供達が無理をして、思い詰めて、追い詰められる事を望むとは思えない。
上狼塚家は直ぐ近くだったので、数分程で瑠奈莉愛達を送り届ける事が出来た。
「それじゃあ、またね。何かあったら、僕とか道下さんに連絡入れてね」
「はいッス。……春花先輩」
「なに?」
「今日は、色々ありがとうございましたッス。その……本当に、助かりましたッス」
ぺこりと頭を下げる瑠奈莉愛。
「気にしないで。僕がしたかっただけだから」
瑠奈莉愛を気に掛けたのも、お夕飯に誘ったのも、龍彦と衝突したのも、全部春花が選んだ事だ。誰かに強制された事では無い。だから、瑠奈莉愛が気にする必要は無い。と、春花は本心から思っている。
春花は瑠奈莉愛の頭を優しく撫で、なるべく優しい声音で言う。
「頑張ったね。後は任せて」
「っ……はいッス……っ」
顔を上げた瑠奈莉愛はまたも涙目になってしまったが、表情は明るくいつもよりはぎこちないもののしっかりと笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、また」
「はいッス!」
春花は瑠奈莉愛達を送り届けた後、そのまま家に帰らずに対策軍本部へ向かう。
法務部に調査依頼を出さなければいけないし、童話の魔法少女の直属の上司である沙友里にも連絡をしなければいけない。それに、逆恨みして瑠奈莉愛達に危害が及んでも事なので、事が済むまでの間は護衛を付ける必要もあるので、その申請書を提出しなければいけない。
やらなければいけない事は山盛りなのだ。
ちゃんとお夕飯を食べておいて良かったと思いながら、春花は足早に対策軍へと向かった。
この後待ち受けている仕事の事で頭がいっぱいで、春花は気付いていなかった。自分が今割烹着を着ている事に。そして、先程からずっと新妻春花のお出迎え動画を見た面々からメッセージが来ている事に。
以下、動画を見た者のメッセージを一部抜粋。
少しぎこちないですが、新妻感あふれる良い動画です。もっと笑顔を浮かべていただければ、なお良いかと思います――――韓国在住魔法少女。
愛い、可愛い、最高。おぎゃりたい。私の妻とママになって――――日本在住歌手兼魔法少女。
凄い可愛い! わたしのお嫁さんになって欲しい! 一生お味噌汁作って欲しいな! ――――日本在住親指系魔法少女。
今からすけべしに行くます――――イギリス在住年中発情魔法少女。
後でメッセージを確認した春花は色々な感想が届いたのを見た春花は、そっとメッセージアプリを閉じた。
とにかく言える事は、約一名はイギリスで静かにしていて欲しい、という事だった。




