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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣

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異譚3 春花と学校

 基本的に、魔法少女達は何も無ければ学校に通っている。彼女達は魔法少女である前に一人の人間なのだから当たり前と言えば当たり前だ。


 お昼休みも他の生徒と一緒にご飯を食べ、楽しそうにお喋りをしたりもする。


 同じクラスの白奈もみのりも朱里も、学校に友人がいる。


 白奈は多くの生徒に好かれており、みのりは大人しそうな子達のグループで話し、朱里はお洒落で明るい少女達とお喋りに興じている。


 対して、春花はと言えば、自分の席に座って本を読んでいる。


 春花に友人と呼べる友人はいない。アリスの姿をしていれば、きっと白奈もみのりも声をかけてくる事だろう。けれど、春花としての接点など殆ど無いに等しい。


 だから、学校に居れば誰も話しかけてくる事は無い。話しかけてくるときと言えば、何かしら連絡事項がある時だけである。


 バイトとして勤めていたとしても、基本的に魔法少女達はカフェテリアから出てくる事は無いので、事務室で働いている時の春花と会う事は殆ど無い。


 元々、積極的に友人を作りに行くような性格では無かったのだろう。春花がこちらに越してきてから、学校でまともに誰かと会話をした覚えが無い。いや、越して来た時は何も分からずに右往左往していたのでそんな余裕も無かっただけなのかもしれないけれど。


 ともあれ、春花に友人と呼べる友人はいない。なので、基本的に学校では一人だ。


「キヒヒ。今日も一人なのかい? キヒヒ」


 いつの間にか、チェシャ猫が春花の机の上に乗っていた。


 チェシャ猫を見て、春花は眉根を寄せる。


 チェシャ猫はアリスの相棒だ。そんなチェシャ猫と春花が親し気に話していれば、いずれちょっとした所作などで春花がアリスかもしれないという疑念を与えてしまう可能性がある。


 だから、基本的に外では話しかけるなと言っているのだけれど、一向に言う事を聞いてくれる様子はない。


 チェシャ猫が現れる事は珍しくなく、たまに学内を散歩しているのが見受けられている。中にはお菓子を上げて餌付けをしようと試みる者も居るとか。


 今のところ、有栖川だから、同じアリスとしてシンパシーを抱いて話しかけていると思われているので春花の心配は杞憂である。そもそも、誰もアリスの正体が男だとは思っていない。何せ、アリスは魔法少女なのだから。


「一人で悪い?」


「悪くないよ。けど、寂しいね。キヒヒ」


「大きなお世話だ」


 チェシャ猫は春花の前で丸くなり、尻尾で春花の持つ本をパシッと叩く。


 お喋りの相手になってやるという意志表示なのだろう。春花は溜息を吐いて、本に栞を挟んで鞄の中に仕舞う。


「駄目だったみたいだよ。キヒヒ」


 チェシャ猫はなんの脈絡もなくそれだけ言う。


 しかし、春花には分かる。


「そう。まぁ、そんな気はしてたよ」


「そうかい?」


「ああ」


「そうかい」


 納得したのか、一つ頷くチェシャ猫。


 二人が話していたのは、アリスが見た異譚支配者の記憶の事だ。沙友里が今日の会議で議題に上がると言っていたので、その報告をチェシャ猫がしてくれたのだ。


 春花はチェシャ猫の肉球をむにむにと触りながら、別の話題に変える。


「この間の漁港の件。復興はどんな感じ?」


「キヒヒ。損害も少なくて順調らしいよ。ヴォーパルソードのところはちょっと大変みたいだけどね。キヒヒ」


「そっか。ログを見たけど、確かにかなり地面抉れてたからね……」


 埋め立てるだけでもお金はかかる。それがおよそ一キロメートルともなればかなりの額が必要になるだろう。


 まぁ、その状況を作った張本人は春花なので、話題にしていて少しだけ気が重いと言うか、申し訳無さがある。


 チェシャ猫を少しずらし、春花は机に伏せる。


 チェシャ猫は起き上がって春花の目の前まで移動してから再び丸くなる。


「キヒヒ。そういえば、またご飯はパンだけかい?」


「そうだよ」


 春花のお昼ご飯は安い総菜パン一個だけだ。


 朝は食べずコーヒーだけ飲み、昼は総菜パン一個に、夜だけ適当に自炊している。


 育ち盛りにも関わらずそんな食生活をしているからか、春花の身長はそう高くはない。いや、それだけが理由ではない事は明白だ。単に、春花がそう思いたいだけだ。


「キヒヒ。駄目だよ、アリス。ご飯はちゃんと食べなくちゃ」


「小食なんだからパン一個で丁度良いんだよ」


 ちらりと教室の前に在る時計を見やれば、お昼休みが終わるまでまだ四十分も残っている。お昼寝をするには丁度良い時間だろう。


 春花はチェシャ猫を腕の中に引きずり込み、そのふわふわの身体に顔を埋めて目を瞑る。


「貧乏に贅沢は禁止なんだ」


「キヒヒ。そうだね、アリス。節約は大事だね。キヒヒ」


 それだけ言って、春花は眠りにつく。


 食後のうとうととする時間は、こうして眠るに限るのだ。





 チェシャ猫を抱きしめながら眠る春花に忍び寄る一人の少女。


「キヒヒ。盗撮はいただけないな。キヒヒ」


「ぴっ!? な、なな、何のことかなぁ?」


 ぐりんっと首を曲げて顔を向けてくるチェシャ猫を見て、みのりはびくっと身を震わせながら手に持った携帯端末を後ろに隠す。


「わ、わたしは、有栖川君の写真を撮ろうなんて、ぜ、全然、そんな事、ねぇ?」


「キヒヒ。お金取るよ?」


「むしろ払えば撮らせてくれるの?」


「キヒヒ。駄目」


 食い気味に訊ねるみのりをきっぱりと切り捨てるチェシャ猫。


「けちぃ……」


「キヒヒ。どうせ、沙友里にでも頼まれたんだろう?」


「そ、そうだよ! 道下さんのお願いなんだから、聞いてくれたって良いでしょ?」


「キヒヒ。駄目なものは駄目さ。親代わりの沙友里が気にするのも分かるけど、親代わりなら写真くらい自分で撮るもんさ。キヒヒ」


「が、学校の時の写真も欲しいって言ってたから! 学校には流石に入れないでしょ? だから、ね、お願い」


「キヒヒ。駄目さ。駄目だね」


 言って、チェシャ猫は春花の腕からするりと抜けて、春花の頭に覆い被さるようにして乗っかる。


「け、けちけち! あ、アリスに言いつけてやるんだから!」


「キヒヒ。もし言いつけたら、今度こそ食べてあげるよ。キヒヒ」


「ぴぃっ!? た、食べ、食べられないくせに! わ、わたしの方が強いんだからね!」


 と言っている割には腰が引けているみのり。


 そんなみのりを見て、三日月のお口をいっそう吊り上げるチェシャ猫。


「みのり、それくらいで。いくら道下さんの頼みだからって、本人に許可なく撮っちゃ駄目よ」


「う、白奈ちゃん……」


 言い合う二人の間に白奈が割って入る。


「それに、あまり騒いでも有栖川君が起きちゃうわよ」


「……そ、それもそうだね。残念……邪魔さえ入らなければ……」


 不服そうにチェシャ猫を見やりながらも、みのりは友人達の元へと戻っていく。口ぶりからして、あまり懲りていない様子なのは明らかだけれども。


 ちなみに、この攻防は今日に始まった事ではなく、このクラスでは割と頻繁に起こっている事だ。春花が眠っている時に起こるので、当然春花は知らないけれど。


「ちなみにチェシャ猫、私は駄目?」


「キヒヒ。論ずるまでも無いね」


「そ、残念」


 こそっと白奈が訊ねれば、チェシャ猫は考える間も無く否と答える。


 春花に二年前より以前の記憶が無い事を、クラスメイトの殆どが知っており、春花の保護者である沙友里が気にしているというのもみのりとチェシャ猫の攻防のせいでクラスメイトの殆どが知っている。


 沙友里としては、思い出が無い分をきちんと形として残してあげたいと思っているのだけれど、春花は必要無いと言って断っている。


 その様は、自分のいた証を残すのを嫌っているようで、そんな春花を見るたびに寂しく思えるのだった。


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