異譚16 背中
出来上がった料理をテーブルへ運ぶ。
「ご飯だから、ゲームしまって」
春花がテーブルに料理を運びながら言えば、子供達は直ぐに「はーい」と返事をし、ゲームを中断してテーブルを囲むように座る。広めのローテーブルとは言え、流石に全員が囲むには狭いのでちびっ子たちは瑠奈莉愛達上の子の膝の上に座る。
子供達が良い子に待っている間に、春花とお婆さんは料理を並べていく。
今日は大人数なので料理の数も多い。それに、小さい子が食べる用の料理も別で用意した。
全員がテーブルを囲めば肩が触れ合う程ぎゅうぎゅうだったけれど、皆気にした様子も無くテーブルに乗っている料理の数々に目を輝かせている。
肉じゃが、生姜焼き、だし巻き卵に、お漬物。お味噌汁、白米、切り干し大根。今回は和食がメインであり、お漬物と切り干し大根はお婆さんの作り置きだけれど、それ以外は春花とお婆さんが一緒に作った。
何も言われずとも全員が手を合わせる。
「「「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」」」
食前の挨拶をして、お夕飯を食べ始める。
「うん。美味しいじゃ無いか」
春花が作った肉じゃがを食べ、素直に褒めてくれるお婆さん。
春花も食べてみるけれど、普段自分が作る物よりも美味しく感じる。一緒に作ったとはいえ、お婆さんは手を加えていない。春花にアドバイスをしただけだ。
「美味しい」
ぽそりと春花も呟く。
子供達の様子を見やれば、子供達は美味しいとも言わずバクバクとおかずを食べて白米をかき込んでいる。
「「おかわり!!」」
唯と一が同時に春花に空になった茶碗を渡してくる。
「ちょっと待っててね」
春花は茶碗を受け取って、炊飯器の方まで行きご飯を茶碗によそってから二人に茶碗を渡す。
「はい、どうぞ」
「「さんきゅーマッマ」」
お礼を言って、二人は茶碗を受け取る。
そして、再度ガツガツとご飯を食べる。
「……」
長男の立夢が空になった茶碗を見て、寂しそうにしている。
「子供が遠慮してるんじゃないよ。春花、ご飯よそってやんな」
「はい。お茶碗貸して」
お代わりをしたいけれど、他所の人の家なので遠慮してしまっている立夢にお婆さんが遠慮をするなと言い、春花は立夢に茶碗を渡すように言う。
立夢はおずおずと茶碗を渡し、春花は茶碗を受け取り、ご飯をよそいに行く。
春花ばかり働いているように思えるけれど、別段春花は気にしていない。そもそも、皆を連れて来ることは春花が言い出した事だし、場所を提供してくれたお婆さんを酷使しようだなんて思わない。
春花は茶碗にご飯をよそい、立夢に茶碗を渡す。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
立夢はバクバクと勢いよくご飯を食べる。
「お米、足りそうかい?」
お婆さんに言われ、春花は皆の食べる様子を窺う。
「「おかわり!!」」
春花が様子を窺って直ぐ、唯と一が再度おかわりと茶碗を渡してくる。
先程見た炊飯器の中に残っていたお米は茶碗約二杯分。二人がお代わりをすれば炊飯器の中はすっからかんである。
だが、育ち盛りの子供達ばかり。皆、お代わりをしそうな程がつがつ食べている。
「足りなさそうですね。僕、お米炊いて来ますね」
「すまないね。頼んだよ」
「はい」
炊飯器の中のお米を茶碗によそい、唯と一に渡した後、キッチンに立ってお米を研ぐ。
その後ろ姿を見て、瑠奈莉愛はぽそりと呟く。
「なんッスかね。凄い台所が似合うッス……」
「女の人じゃないのに、お母さんみたいだよな……」
「すごい分かる」
瑠奈莉愛達の言葉に、唯と一は一回顔を見合わせた後、キッチンに立つ春花の後ろ姿を見る。
先程はふざけてママやパパと言ったけれど、母親らしいと思ったからそう言った訳では無い。料理をして世話を焼いてくれるのが母親だと知っているから『ママ』と言ってからかっただけだ。
二人にとって母親とは、自分達に興味が無く、自分の事しか考えないで、料理も何もしてくれない人の事だ。
だから、二人の持つ母親像と一致しなかったけれど、改めてキッチンに立つその背中を見れば、なるほど、母親とはこういうものなのかと少しだけ分かったような気がしてくる。
だが、二人はその背中をいつも見て来たはずだ。厳しくも優しい祖母の背中を。
皆の視線に気付いたのか、それともたまたま振り返っただけなのかは分からないけれど、春花が居間を振り返り春花を見ていた全員と目が合えば、小首を傾げて優しく問う。
「どうしたの?」
優しい声音で、ただ一言そう言っただけなのに、何故だか妙な温かさを感じてしまう。
「な、なんでもないッス!」
「そう? なにかあったら言ってね」
それだけ言って、春花は米研ぎに戻る。
「な、なぁ。あの人本当に男の人なんだよな?」
「そ、そのはずッス……」
立夢の言葉に、あまりにもキッチンが似合い過ぎている春花の姿に、思わず自信無く答えてしまう瑠奈莉愛。
唯と一はがつがつご飯を食べるも、何か思う所があるような顔をしている。
結局、春花が早炊きでご飯を炊いたものの、全員がお代わりをしたので炊いた分のご飯はすっかり空になってしまった。
流石に皆が此処までご飯を食べるとは思っておらず、申し訳なくなった春花だったけれど、お婆さんはすっからかんになったお皿を見て何処か嬉しそうに片付けをしていた。




