異譚14 ご飯にする? お風呂にする? それとも――
瑠奈莉愛からしてみれば、唐突に春花にご飯に誘われたように思えるだろうけれど、春花にとっては唐突でもなんでもなく、むしろタイムリーな話題ですらある。
それは、アリスが訓練を終えて童話のカフェテリアで待機していた時の事。
「アリス、ちょっと良い?」
珍しくカフェテリアの二階に上がって来た珠緒が読書中のアリスに声を掛ける。
アリスは視線を珠緒に向けた後、本を閉じて話しを聞く態勢を取る。
「どうしたの?」
ぽんぽんっと自身の隣を叩き、隣に座るように促しながら訊ねるアリス。
珠緒は一瞬だけぴくっと反応をした後、握り拳一つ分のスペースを空けてアリスの隣に座る。
「瑠奈莉愛と双子の事なんだけどさ」
「うん」
あんまり聞かれたく無い事なのか、珠緒は声を潜めている。瑠奈莉愛と双子が居ない時を狙っているので三人に聞かれる事は無い。
「なんか、あの三人の様子が変らしいんだよね」
「変? どんな風に?」
「元気無いと言うかなんというか……あたしにもちょっと良く分かんないんだけどさ。他の奴も気にしてるみたいだから」
「そう……」
そう言われれば、アリスにも思い当たる節がある。
春花としてドーナッツ屋さんに行った時、唯と一はドーナッツを前にして一つも手を付けていない様子だった。
いつもの二人であればお菓子が目の前にあれば即座に手を伸ばして口に運び、瞬く間に食べ尽くすところである。それが、食べる様子も無く、お菓子に目を向けている様子も無かった。
思い返せば、確かに変ではある。
「なら、気を付けて見てみる」
「ありがと。一応、道下さんにも伝えてあるから」
「分かった」
というような会話があり、春花は三人の事を気に掛けるようにはしていた。
双子の方はお婆さんに料理を教わるというところで接点を持ったので、春花として気に掛ける事が出来るようになった。
だが、瑠奈莉愛の方は春花の方から接触をするには違和感がある。かと言って、アリスとして訊ねても、きっと何でもないとはぐらかされてしまうだろう。
そんな折、たまたまスーパーマーケットで瑠奈莉愛を見かけた。スーパーマーケットをただ歩き回っているだけの瑠奈莉愛を見て、確かに様子がおかしいと朴念仁の春花でも気付く事が出来た。
何せ、以前アリスとして二人でスーパーマーケットへ寄った時は、瑠奈莉愛は食材を買う時はまるで既に買う物が決まっているかのようにぽんぽんっとカゴに入れていた。途中、迷う様子を見せる事もあったけれど、商品を見比べてどちらが良いか悩んでいただけだ。何もせずにスーパーマーケットの中を歩き回るような事は無かった。
春花として面識が無い訳でも無いので、声を掛けようかどうか悩んでいたところで『……どうしよう』と聞こえて来たので思わず声を掛けた。
大丈夫だと笑みを浮かべてはいたけれど、どこかぎこちないようにも思えた。
他人の機微に疎い春花では、短時間ではきっと思うような答えは得られないだろうと思いお夕飯に誘った。
お婆さんにとっては人数が増えるのは良い迷惑だろうから、断られる事を前提にお願いをしてみたけれど、お婆さんは年齢を聞いて、人数を聞いて、迷う事も無く快諾してくれた。
流石に自分の我が儘なのでお金は払うと言ったのだけれど――
『婆に奢られるのは嫌かい?』
『言っとくけどね、あんたにお金を払わせる程、あたしゃ落ちぶれてはいないつもりさね。こういう時は、黙って婆を立てるもんだよ。その代わり、あんたにはビシバシ働いて貰うからね』
――と言われてしまった。勿論、自分から言い出した事なので馬車馬のように働くつもりではあったので否は無い。
という訳で、上狼塚姉弟を瑠奈莉愛と一緒に迎えに行き、そのまま菓子谷家へと向かった。幸いにして、上狼塚家と菓子谷家はそう離れていない。充分徒歩で行ける距離だ。
春花は上狼塚姉弟を引き連れ、菓子谷家に向かう。
「な、なぁ姉ちゃん、なんでこの人割烹着なんだ?」
「なんか、知り合いに貰ったらしいッス」
「だからって外で着るか? 周りの人もちらちら見てるし……」
「でも似合ってるから良いじゃん。すっごい可愛いし」
「そうッスよ。公序良俗に反せず、似合っている服ならなんでも自由ッス」
ちびっ子達の手を春花が繋ぎ、荷物は瑠奈莉愛と上の子達が持ってくれている。
少し歩いて、もう少しで菓子谷家と言うところで違和感に気付く。
「……?」
菓子谷家の前に自動車が一台停まっていた。
誰かお客さんでも来ているのだろうかと思ったけれど、お婆さんからそんな話は聞いていない。一度繋いでいた手を離し、携帯端末を確認するもお婆さんからの連絡は一つも無かった。几帳面なお婆さんが連絡をしないと言う事は無いだろう。
つまり、突然の来訪であり長くは滞在しない者。もしくは――
「あたしが此処まで育てたんだ! 今更あんたらなんかに渡す訳ないだろうに! さっさと出て行きな!!」
――直ぐに追い出さなければいけない、厄介な客のどちらかであろう。
お婆さんの怒声が聞こえて来た後、玄関から男性と女性が出て来た。
二人は怒り調子で車まで向かい、車のドアを乱暴に開ける。
「こっちは親なんだから!! お母さんが何て言っても、あの子達は絶対に私達が連れて行くからね!! 弁護士だって雇ってるんだから!!」
吐き捨てるように女性の方が怒鳴り、車は乱暴に発進した。
「……お邪魔して、大丈夫ッスかね?」
「多分」
答えながら、春花は菓子谷家の玄関へと向かう。
先程の二人が双子が元気の無い原因なのだろうと当たりを付けるも、恐らく家庭の事情になってしまうので春花が軽々に口を出す事は出来ない。ここは一旦、見なかった事にするのが正解だろう。
「今のは見なかった事にしよっか。触れられたくない事だろうし」
「了解ッス……」
瑠奈莉愛が頷き、他の子達も頷く。小さい子達はどんな内容なのかは理解していないだろうけれど、内緒であると言う事は理解している。
春花達はそのまま菓子谷家の玄関へと向かい、玄関の引き戸を開ける。お婆さんからは勝手に入って来て良いと言われているのでインターホンは鳴らさない。
「お邪魔します」
「「「「「「「「お邪魔します」」」」」」」」
玄関に入って挨拶をすれば、居間の方からお婆さんが出て来る。
「ああ、来たかい。さ、上がりな。全員、手洗いうがいをしてから居間に来な。春花、案内してやり」
「分かりました。皆、最初に手を洗うよ」
子供達を洗面台へ案内し、手洗いうがいをさせてから居間へと向かわせる。
「「ただいま~……お、靴一杯」」
丁度タイミング良く、唯と一が帰宅する。
玄関に靴がいっぱいあって驚いていると、最後に手洗いうがいをした春花が二人を出迎える。
「お帰りなさい。ごめんね、上狼塚さんの姉弟を呼んだんだ。一緒にご飯食べようと思って」
「「……」」
「聞いてる?」
出迎えながら説明をしたけれど、双子は何にも反応を示さず春花をじっと見つめるばかり。
どうかしたのだろうかと春花が思っていると、双子は突然頷き出す。
「ほうほう」
「うほうほ」
「これは中々」
「良いですな」
納得したように頷く唯と一。
「しからば」
「待たれい」
だが、何故だか直ぐに玄関から外に出てしまう。
気を悪くさせてしまったかと思ったけれど、直ぐに二人は戻って来た。
「「ただいま」」
先程言ったにも関わらず、双子は何故だか再度たらいまの挨拶をする。
二人の意図が掴めずに困惑してしまう春花。
「お帰りと言って欲しい」
「新妻のようにお願い」
「定番のあの台詞も」
「よろしく頼んます」
「定番の台詞?」
二人の言う定番の台詞というのが分からず、思わず聞き返す春花に二人は淡々と台詞を伝授する。
「お帰りなさい」
「ご飯にする?」
「お風呂にする?」
「それとも……」
「「わ・た・し♡? って、言ってね。ポーズも付けて」」
「わ、分かった……」
春花が頷けば、二人は再度玄関から出て行く。
そして、暫くしてから再度玄関を開けて入って来る。
「「ただいま」」
「お、お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」
だいぶぎこちない台詞とポーズで春花が言えば、双子は興奮したように鼻息荒く高速で頷きながら靴を脱ぐ。
「勿論」
「君を」
「「いただこう」」
そう言って、春花に飛び掛かろうとする双子だったけれど――
「まずは手洗いうがいだよ、バカ娘共」
――春花の背後から出て来たお婆さんに阻まれ、そのまま洗面台へと連行された。
「くそばばあ……!!」
「邪魔をして……!!」
「馬鹿なことしてるからだよ。まったく。春花、先に準備をしておきな。少し、このバカ娘共を叱ってから行くさね」
悔しそうにじたばたする双子を軽々引きずっていくお婆さんは、春花の方を見る事も無く
「分かりました」
二人が何をしたかったのかはさて置き、子供達を待たせているので台所へと向かう。
暫くしてから叱られてしょんぼりした双子が居間にやって来たけれど、子供達を見るや否やテンションを上げて二階へ行き、持って来たゲーム機をテレビに繋げて子供達とゲームを始めた。
子供達の相手は双子と瑠奈莉愛に任せ、春花はお婆さんと一緒に料理を始めた。
因みに、春花は気付いていなかったけれど、お帰りなさいのくだりは動画で撮影されており、無事童話の魔法少女のグループに共有されているのだけれど、その事に気付くのは少し後になってからの事だ。




