異譚11 恋バナ
ご飯を食べてお暇する――とは何故だかならなかった。
「お休みまる」
「入眠まる」
布団を川の字に敷いて、三人並んで眠る。
どうしてこうなったのかと聞かれれば、時間を少し前に遡る必要がある。
お皿洗いを終えて、対策軍に戻って仕事をしようと考えていた春花だったけれど、お暇しようとしている春花にお婆さんが言った。
「今日は遅いから泊っていきな」
と言われ、あれよあれよという間に春花は菓子谷家に泊っていく事になってしまった。
色々疎い春花ではあるものの、男子が女子の家に泊る事が普通では無い事は理解しているし、布団を横に並べて眠る事なんてしない事も理解している。春花の読んでいる本にもそう書いてあった。
だが――
「お泊り会」
「パジャマパーティー」
――と、双子が目をキラキラさせてノリノリだったために、断るに断れなかった。いや、弁明をさせていただけるのであれば、春花はちゃんと断った。お婆さんにも伝えたし、双子にも伝えた。
自分は男です。流石に女子の家に泊れません。
簡潔かつ、的確に伝えたはずだけれど、お婆さんの回答は以下の通りだった。
「そうかい。唯、この子の着るもの用意してやんな」
「らじゃ」
らじゃではない。
「一、布団用意してやんな」
「りょ」
りょでもない。
だが悲しい事に春花の言う事を聞いてくれる者はおらず、結果お風呂を借りて、寝間着を借りて、最終的に川の字になって眠る事になってしまった。
因みに、お風呂も内装はかなり綺麗で真新しいものであった。春花の暮らしているアパートとは大違いである。
ともあれ、双子もノリノリで春花のお泊り準備をしているので、これ以上固辞する事も出来ずに流されるままにお泊り会という形になってしまった。
春花は唯が用意した熊の着ぐるみパジャマを着て、三人で川の字になって横になっている。
川の字にならなくても良いのではと思ったけれど、双子が一緒に寝たいと言ったので仕方が無く一緒の部屋で寝る事にした。保護者であるお婆さんはそれで良いのかと聞いたけれど、子供は早く寝なと怒られた。まだ夜の九時だと言うのに。
仕事は明日手を付ければ良い。緊急性の高い仕事では無いのだから。
三人川の字で横になり、布団に寝転がる。
何故だか唯と一は春花を挟むように布団を陣取ったので、必然的に春花は真ん中である。
「恋バナ」
「しようぜ」
寝転がった二人は春花を見やりながら恋バナをしようと提案する。
「ごめんだけど、一つも持って無い」
「そんな事無い」
「モテモテのくせに」
「モテないけどな……」
春花に声を掛けて来る者は少ない。アリスが春花だと知る前は朱里も声を掛けては来なかったし、他のクラスメイトも用が無い限りは春花に声を掛けて来る事は無かった。
白奈とみのりはちょくちょく声を掛けて来たけれど、友人と呼べるような頻度ではなかった。
「恋もした事無いし、恋人もいた事無いから」
「「そうなの?」」
「うん。それに、誰が魅力的とか、いまいち分からなくて」
黒奈に心を動かされた事はあるけれど、恋とはまた別の感情だと理解している。
「セクシーの唯」
「キュートの一」
「「唯を基準に考えると良い」
「そうなんだ……」
唯はセクシーだと思う寝そべり方をして、一はキュートだと思う寝そべり方をする。
だが、やはり春花には違いが分からない。
「そういう二人は、恋愛経験とかあるの?」
「「ない」」
「じゃあ、好みのタイプとかは?
「「ない」」
「……好きな見た目とか」
「「ない」」
「……相手に求めるものとか」
「「ない」」
「じゃあダメじゃん……」
三人共恋バナを持っていないのであれば、恋バナなんて出来ようはずがない。そもそも、言い出しっぺが持っていないのであれば話にならない。
「春ちゃんなら」
「持ってるかなって」
「ご期待に沿えず申し訳無い……」
三人共恋愛とは無縁な生活をしてきた。
春花はそんな余裕が無くて、双子もそんな余裕は無かった。その後は春花は異譚に、双子はスイーツにのめり込んだ。色気よりも仕事、色気よりも食い気。どちらも、そういう話には触れてこなかった。
かと言って絶対にそういう話が無い、というわけでは決してない。
三人が気付いていないだけで、三人は好意の対象になってはいる。
春花は持ち前の美貌で男女問わず何人も虜にしているし、唯と一は男女分け隔てなく接している事もあって男子から人気は高い。
ただ、自分がそう言う目で見られる訳が無いと思っているので、三人共気付いていないのである。
「僕達、こういう話題に適して無いね」
「朱里は持ってそう」
「笑良も持ってそう」
「確かに」
朴念仁の春花でも分かる二人の持つイケイケオーラ。お洒落に気を遣っているし、何より魔法少女の人気投票で二人共人気が高い。きっとモテるに違いない。
「……と言うか、何で急に恋バナだったの?」
「お泊り会の」
「定番行事」
「そうなんだ」
「修学旅行の」
「定番でもある」
「なるほど」
修学旅行の夜。寝静まる前に恋バナをするなんて、定番中の定番である。まぁ、春花は修学旅行中は特に誰とも話さずに過ごしていたし夜は早めに寝てしまったので、そんな定番行事は知らなかったのだけれど。
「次のお題」
「ででん」
「まだ続くんだ」
結局、二人が眠たくなるまでお喋りは続いた。
趣味の話や、最近楽しかった事など、他愛も無い会話ばかりだったけれど、二人の口が止まる事は無かった。
寝て起きたら二人が春花の布団に潜り込んでいた事には驚いたけれど、特にこれといったトラブルも無くお泊り会は終わった。
翌朝に朝食をいただいてから春花は菓子谷家を後にし、休日なので学校に行く必要も無いため昨日やろうと思っていた仕事をするために、そのまま対策軍へと向かった。
「アンタ、双子の家に泊ったんだって?」
対策軍で仕事をしていると、眉尻を上げた朱里が携帯端末の写真を見せつけながら春花に詰め寄った。
携帯端末には真ん中で眠る春花と、その両サイドに入ったカメラ目線の双子が写っていた。
「女子の家に軽々に泊まるなんて、アンタいったいどういうつもりかしら?」
少しだけ怒った様子の朱里に、春花は作業の手を止めて返した。
「弁明をさせて欲しい」
「聞いてやろうじゃない」
その後、春花は一から全てを説明した。
最終的には納得してくれたけれど、何故だか仕事よりも気を遣った。
「あ、有栖川くん! 唯ちゃんと一ちゃんの家に泊ったって本当!?」
朱里に話し終わった後に、みのりが慌てた様子でやって来て朱里と同じ事を聞いて来た。
これを、後数回繰り返した。皆いっぺんに来て欲しいし、なんなら双子に直接聞いて欲しいと思った。
勿論、説明をしている間は仕事は手につかなかった。




