異譚10 また来なね
きりが良いので短めです。
ちょっと公募の方も同時に書くので、いつも以上に遅れてしまうかもです。
遅れないように頑張りますけども。
がっがっがっと勢いよくご飯を食べる双子。
先程ドーナッツを食べたとは思えない程にがつがつご飯を食べる。
対照的に、春花とお婆さんは静かにゆっくり食べる。春花はただ物静かなだけだけれど、お婆さんは所作の一つ一つが丁寧だった。
「あんた達、もっと落ち着いて食べな」
「「おひふいへる」」
「食べながら喋るんじゃないよ。まったく……」
呆れながら、お婆さんは横目で春花を見る。
見られている事には気付いていたけれど、声を掛けられる事も無かったので静かにご飯をいただく。
おかずの一品一品が丁寧に味付けされており、繊細ながらもしっかりと主張してくる。春花も料理はするけれど、これほど繊細に味付けは出来ないし、優しい味わいを生み出す事は出来ない。
食べていると安心するような味付けだと、率直に思う。
「美味しい」
ぽそりと、我知らず言葉が漏れる。
食べる箸が止まらない。
アリスとして美味しい料理は幾つも食べて来た。主に、朱里に奢らされてだけれど。
ともあれ、高級料亭や少しお高いお店にも行った事がある。確かに美味しいとは思ったし、朱里も満足していた。だが、今のように箸が止まらないと言う事は無かった。
勢いよくという訳では無いけれど、パクパクと食べ続ける春花を見て、お婆さんは少しだけ眉を寄せる。
「そう言えばあんた、ご家族に連絡は良いのかい?」
「はい。家族は居ないので」
箸を止めて答えれば、お婆さんは特にバツが悪そうにするでもなく、そうかいと一つ頷いた。
それからは、静かにお夕飯をいただいた。
小食な割にいつもよりも多く食べてしまった春花だけれど、双子の方が倍以上食べていた。春花よりも小さな身体の一体どこにそれほどの量が入るのか分からないけれど、お夕飯は余すことなく双子の胃の中に収められた。
ご飯を食べ終わった双子はソファでごろごろしてお腹を休めている。
対して、春花はお皿を流し台へ持って行き、お婆さんのお手伝いをする。
お婆さんも手伝わなくて良いとは言わず、洗ったお皿を春花に渡し、春花は布巾でお皿の水気を拭いていく。
「あんた、普段ちゃんとしたご飯食べてんのかい?」
唐突にお婆さんは春花に普段の食生活を聞く。
「たまに料理は作りますけど、いつもは総菜パンとかで済ませちゃいます」
「お夕飯もかい?」
「お夕飯は冷凍食品とかですかね」
「そうかい」
何やら考え込むようにお皿を洗うお婆さん。
暫く考え込んだ後、居間の方から双子が動画を見て笑っている声が聞こえて来たところでお婆さんは口を開く。
「あんた、料理は出来るのかい?」
「人並みには」
とは言うけれど、春花の料理の腕前は童話の魔法少女の中でも一番と言って良い。笑良や白奈も料理は出来るけれど、レパートリーは家庭料理で留まっている。その他の面々もある程度料理が出来る者は多いけれど、趣味にしていたり日常的に料理を作ったりはしない。
対して、春花はどんな料理でも大体作る事が出来る。レシピを見て、憶えも無いのに作った事があるような慣れた手付きで料理をする。
家庭料理から凝った料理まで、何故か一通り作れてしまうのだ。便利だけれど、不思議だなとは思う。
「自分で作ったのと、あたしが作ったのとじゃ味が違っただろう? 口には合ったかい?」
「はい。僕も肉じゃがは作った事がありますけど、あんなに美味しく作れた事は無いです」
お夕飯のレパートリーは和食だった。その中に肉じゃががあったのだけれど、春花が作るよりも数倍美味しかった。
我知らず『美味しい』と言葉が漏れるくらいには美味しかったのだ。
「嬉しい事言ってくれるじゃないか」
言葉通り嬉しかったのか、お婆さんの口角が少し上がる。
「あんたが良かったらだけどね、たまにご飯食べに来な。あの子達も喜ぶだろうからね」
「でも、ご迷惑では?」
「迷惑なもんかい。あんた、あの子達より上品だからね。こうして片付けも手伝ってくれるしね。それに、一人増えたところで何も変わりゃしないよ。ちょっと賑やかになるだけさね」
言って、最後のお皿を春花に渡すお婆さん。
「あとは、そうさね。あんたと一緒に料理をするのも悪くないかもしれないね。あの子達は作るより食べる方が得意みたいだからね。一緒に台所に立った事が無いんだよ」
少しだけ寂しそうにするお婆さん。そんなお婆さんに少しだけ違和感を覚えるけれど、違和感の正体に春花は気付けなかった。
ともあれ、お婆さんと一緒に料理をするというのは、春花にとっては存外嬉しい申し出だった。
お婆さんの料理はとても美味しかった。自分の作る料理と何が違うのか、少しだけ興味もある。
「ご迷惑でなければ、是非」
「迷惑なもんかね。こっちこそ、婆の道楽に付き合わせちまって悪いね」
「いえ、そんな事は」
料理をするのは嫌いでは無い。嫌いでは無い事が上達するのであれば、春花にとっては悪い事では無い。それに、美味しい料理を作ればチェシャ猫は喜ぶ。あれで春花よりもグルメなのだ。
「それじゃあ、また来なね」
「はい」
春花は水気を拭きとったお皿を棚に入れる。
背後からは相変わらず双子の笑い声が聞こえてくる。
その笑い声を聞いて、お婆さんが少しだけ安堵したような顔をしていた事に春花は気付かなかった。




