異譚9 お婆さん
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双子と手を繋ぎながら、春花は菓子谷家へと向かっていた。
「春ちゃん」
「花ちゃん」
「夜ご飯は」
「食べた?」
「まだ食べてないよ」
春花は食が細いのでドーナッツをお夕飯の代わりにしようとしていた。
「家寄ると良い」
「食べてくと良い」
「いや、申し訳無いから遠慮するよ」
「遠慮しない」
「私達の仲」
言いながらぐいぐいと春花の手を引っ張って、一軒の家に入っていく。どうやら既に菓子谷家に着いていたようだ。
菓子谷家は二階建ての一軒家だ。築年数がそこそこ経っているのか、外観は古めかしい。だが、庭の手入れはしっかりされており、玄関周りも掃除が行き届いている。
「ねぇ、聞いてる?」
「「聞いてる聞いてる」」
「絶対聞いてない……」
抵抗虚しく、春花は菓子谷家に押し込まれる。
今日は対策軍に泊るつもりだったので、少し帰るのが遅くなっても問題無い。ドーナッツも買って来ると伝えて買いに出た訳では無いので、誰も春花のドーナッツを待っては居ない。
割と強引に春花を連れ込んでいるので、双子にとって何かの意味があるのだろう。ドーナッツ屋さんでも少し落ち込んでいる様子だった。細かい事は分からないけれど、家でご飯を食べる事で双子の気が済むのであれば黙って従おう。
「「たでーまー」」
「お邪魔します」
双子のただいまの声に、ひょこっと扉を開けて出て来たのは腰の曲がったお婆さんだった。
「ようやく帰ったかね。まったく、子供がこんな遅くまで出歩いてるんじゃ無いよ」
明らかに怒った様子で眉尻を吊り上げるお婆さんに、しかし双子は反省した様子も無く靴を脱ぎ散らかして家に上がる。
「腹減った」
「飯食うぜ」
玄関を開ける前から良い匂いがしていた。恐らく、お夕飯はとっくに作ってあるのだろう。
居間へと直行しようとする双子の襟首をお婆さんは引っ掴む。
「まずは手洗いうがいさね。洗面所に行きな」
「「うい」」
だだだっと方向転換をして、洗面所へと向かう双子。
そんな双子に溜息を吐きながら、お婆さんは春花へ視線をやる。
「で、あんた誰さね」
「初めまして。唯さんと一さんの……同僚の有栖川春花です」
訝し気な視線を向けるお婆さんに、春花は丁寧に挨拶をする。
一瞬、二人との関係をどう表現すれば良いか分からなかったけれど、バイトとは言え同じ職場で働いているのだ。同僚で良いだろうと考える。
「ふーん……同僚ねぇ」
じろじろと春花の事を見やるお婆さん。
「一応、対策軍の事務員をしてます。照会して貰えれば、在籍も確認できます」
「ふんっ、そんな事しないよ。それより、上がってくんならあんたも手洗いうがいをしな。唯、一! ご飯は着替えて来てからだよ!」
制服のまま居間に向かおうとした双子の襟首を掴むお婆さん。
双子はだだだっと方向転換をしてから二階に上がっていく。二階に双子の部屋があるのだろう。
「突っ立って無いでさっさと上がりな」
「はい。お邪魔します」
靴を脱ぎ、双子が脱ぎ散らかした靴を直す春花。
お婆さんは居間に入ってしまったので、春花は勝手に洗面所へと向かう事にする。
洗面所へ入れば、古めかしい外観と違って綺麗な内装となっている事に少し驚く。洗面台も最新の物だし、思い返せば今しがた歩いて来た廊下も真新しい板だった。
きっとリフォームでもしたのだろう。築年数が経っていると家の至る所にガタが来るものである。
手洗いうがいをした後、春花は居間へと向かう。
居間に入れば、すでにローテーブルに料理が並べられており、人数分のご飯と味噌汁も用意されていた。
「あんたも食べていくんだろう。ここ座りな」
言って、お婆さんは自分の横の座布団を叩く。
「はい。ありがとうございます」
お礼を言い、春花はお婆さんの隣に座る。
居間も床や壁を張り替えたのか真新しい。キッチンの方を覗き見れば、キッチンも最新のシステムキッチンであり、家電も真新しい物ばかりだった。
ただ、ローテーブルやキッチンに置いてある棚などの家具は古めかしい物ばかりだ。最新の物と古めかしい物が乱立しているため、ちぐはぐでアンバランスな印象を受ける。
デザインや見た目よりも、機能に重きを置いているように見受けられる。
「おっと、あんたの箸が無かったね」
お婆さんは立ち上がり、キッチンの古めかしい棚から来客用の箸を取り出す。
古めかしい割に、建付けがしっかりしているのか引き出しはスムーズに開いた。余程大事に使っているのか、物持ちが良いのか。
「ほれ」
「ありがとうございます」
箸を受け取り、自分の前に置く。
「あの、すみません。急に押しかけてしまって」
「良いさね。大方、あの子達が無理矢理連れて来たんだろう。あんたは不躾じゃ無さそうだしね」
特に気にした様子も無く、お婆さんは言う。それどころか、少しだけ嬉しそうな声音だ。
「あの子達が友達を連れて来たのは初めてだよ。まぁ、男だとは思わなかったけどね」
大概の者には女性だと間違われる春花だったけれど、お婆さんは春花を一目で男だと分かったようだ。亀の甲より年の劫。年季の違いというやつだろう。
ただ、友達かどうかは判断しかねる。一応、一緒に遊びに行った事はあるけれど、向こうがどう思っているのか分からない。
「あ、そういえば。せっかくなので、こちらどうぞ」
ドーナッツの箱をお婆さんに差し出す春花。
自分で食べようと思って買ったけれど、お夕飯を食べたらきっと食べられないだろう。それに、事務員さんも何人残っているか分からない。余らせてしまうよりは、三人に食べて貰った方が良い。
「ドーナッツかい?」
「はい。仕事中に食べようと思ったのですが、お夕飯をいただいたらきっと入らないので」
「そうかい。なら、遠慮なくいただくさね」
ドーナッツの箱を受け取り、お婆さんは冷蔵庫へドーナッツを仕舞いに行く。
「仕事って、あんた何かやってるのかい?」
「はい。事務仕事を」
「そうかい。若いのに偉いね」
「いえ。前線で戦ってる二人の方が偉いです」
春花も戦ってはいるけれど、それは表に出せない事情だ。
「……そうさね」
一つ頷いて、お婆さんは春花の隣に座る。
微妙な頷き方だったけれど、それに違和感を覚えている間も無く、どどどっと足音荒く双子が二階から降りて来る。
「「じゃじゃーん」」
居間に入って来た二人は、ポーズを取りながら春花とお婆さんに自分達の服を見せる。
二人が着ているのはサメと恐竜の着ぐるみパジャマだった。
「どうどう?」
「かわかわ?」
「埃を立てるんじゃないよ。さっさと座りな」
可愛いかどうか聞いてくる二人に、お婆さんは埃を立てるなと怒る。
「「ぶ~。くそばばあ」」
「誰が糞婆さね!」
頬を膨らませて怒る双子と、糞婆呼ばわりされて怒るお婆さん。
「いいから座りな。あんた達を待ってたんだから」
「「へ~い」」
不貞腐れながら二人の前に座る双子。
「それじゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」
きちんと手を合わせて食前の挨拶をしてから、四人はお夕飯を食べ始めた。
少しだけ空元気の双子に、やはり春花が気付く事は無かった。




