006 父親の裏の顔
夏休みが終わり、新学期が始まってすぐの事。
訓練を終え余ったお菓子を持って意気揚々と帰宅した。
余り物とは言え、お菓子はお菓子。上狼塚家ではそんなに食べる機会が無かったお菓子を、殆ど毎日食べられるようになった。
自分が買った訳でも無いし、余り物を貰って来ただけだけれど、姉弟達の笑顔を見られるのは嬉しい。
今日も喜んでくれるかなと思いながら玄関の扉を開ける。
「ただいまッスよ~。お姉ちゃんが帰って来たッスよ~」
元気良くただいまを言う瑠奈莉愛だけれど、おかえりと返事が返ってくる事は無かった。
いつもであればちびっ子達が元気良くお出迎えをしてくれるというのに。
「? どうしたッスかね?」
灯りは点いている。靴もある。誰も居ない訳では無いのは確かなのに、誰も来ない。
そこで、違和感に気付く。
「誰の靴ッスかね?」
子供達の靴に混じって、立派な革靴が置いてあった。サイズからして大人の男性の物であり、上狼塚家の物では無い事が一目でわかる。何せ、上狼塚家には大人の男性は居ないのだから。
先生でも来ているのだろうかと思いながら靴を脱ぎ、居間へと向かう。
「ただいまッスよ……え?」
居間に入れば、思いもよらない光景に思わず固まってしまう。
「よう、お帰り」
居間にはへらへらと軽薄な笑みを浮かべた男が座っていた。
男とローテーブルを挟んで子供達が座っているけれど、皆助けを求めるよぅに瑠奈莉愛を見ている。
だが、姉弟達の視線に気づかない程、瑠奈莉愛も混乱していた。
居間に座っている男は、最悪の形で家族を裏切り、なんの良心の呵責も無く家族を捨てた男だ。
「おっきくなったな、瑠奈莉愛」
「なんで……」
「なんでって、パパが帰ってくるのに理由がいるか?」
一切悪びれる様子も無くへらへらと笑いながら答える父――上狼塚龍彦。
パパだなんて言いたくも無ければ、そう言ってほしくも無い。
混乱は怒りに変わり、一瞬で頭に血が昇るのが分かった。
「帰って……」
「帰れって……おいおい、此処は俺の家だろう?」
「あんたの家じゃないッス! 良いから、帰るッス!!」
目尻を吊り上げ、声を荒げる瑠奈莉愛。
本気で怒った様子を見せる瑠奈莉愛に、けれど龍彦はへらへらと軽薄な笑みを浮かべ続ける。
「おいおい、何も怒鳴るこたぁ無いだろ」
「さっさと帰るッス!!」
「あーあー分かった分かった。今日の所は帰るとすっか。お前達の元気な姿も見れた事だしなー」
面倒臭そうに言いながら立ち上がる龍彦。
「じゃあな。また来るわ」
「二度と来るなッス!!」
怒鳴る瑠奈莉愛に、龍彦はひらひらと適当に手を振って居間から出て行く。
少しして、玄関の扉の開け閉めする音を聞いて、瑠奈莉愛の緊張の糸が切れる。
瑠奈莉愛がその場に座り込めば、姉弟達は瑠奈莉愛の元へ駆け寄る。
ちびっ子達は泣いてしまっており、上の子達も目に涙を溜めている。
安姫女と龍彦が離婚する時、かなり騒動になった。安姫女が怒鳴り、龍彦が適当に受け流し、それに安姫女が更に激昂する。
喧嘩の理由は龍彦の金遣いの荒さが発覚したからだ。
大家族であるため共働きであり、子供達のために少しずつでも貯金をしてはいたのだけれど、安姫女の気付かない内に龍彦が使い果たしてしまっていのだ。
お金の管理は龍彦に任せてしまっており、安姫女が気付くのが遅れてしまった。
それに、龍彦は家庭内や近所の人に対する態度は頗る良かった。いつも笑顔を絶やさず、気遣いが出来る優しい旦那様。妻である安姫女自身もそう思っていたし、近所の人もそう思っていた。勿論、瑠奈莉愛も優しいパパが大好きだった。
子供が大勢居て、ゆとりの無い生活を送る事にはなっているけれど、それでも家族全員居れば幸せだった。
だから気付かなかった。龍彦が浮気をしていた事に。本当は仕事なんてしていなくて、複数人居る浮気相手からお金を貰っていた事に。
龍彦は表では良い父親を演じ切っていた。裏の顔を微塵も感じさせない程の徹底ぶりだった。
家では一切お酒を呑まない龍彦だけれど、会社の飲み会と称して浮気相手と外でお酒を呑んでいた。お酒を呑んだ後は、当然浮気相手と寝ていた。
浮気相手と会っていない間はギャンブルをしていた。パチンコ、競馬、競艇等々、あらゆるギャンブルに手を出していた。その資金は全て浮気相手から貰ったお金か、足りなかったら子供達のための貯金から出していた。
使った分を倍にして返せば良い。一山当てれば倍以上にもなる。そう思って、湯水のごとくお金を消費していた。
龍彦は顔が良く、夜の営みも上手いけれど、ギャンブルだけは一切向いていなかった。お金を使えば使う程マイナスになり、プラス収支など本当にたまにしか無かった。
それでも、浮気相手からお金を貰い続け、子供達への貯金も使い続けた。
マイナスにしかならない事をしていれば、資金が尽きるのは必然だ。
子供達への貯金を使い切った頃、ようやっと安姫女が子供達の口座に貯金が無い事に気付いた。本当に、本当に偶然に発覚した。その偶然が無かったら、安姫女はずっと気付かなかっただろう。
その後は最早修羅場と言っても過言ではない程酷い有様だった。
お金が無くなっている事を問い質せば、ギャンブルに使ったと正直に話した。そこからは、龍彦は取り繕う事も無く全て開き直って話した。
浮気相手からお金を貰うから大丈夫だとか、ギャンブルで一山当てれば使った貯金分くらいは直ぐに賄えるとか、言い訳じみた事をつらつらと語った。
稼ぎも無い。浮気をしている。浮気もギャンブルも止める気は無ければ、働く気も無いときた。
消費しかせず、裏切りを続けるのであれば一緒に居ても仕方が無い。自分の信じていた優しくて誠実な夫では無かった事への失望が大きく、このまま裏切られ続ける事にも耐えられそうに無かった。
だから離婚を切り出した。
その後は先に綴った通りだ。
あの時には戻りたくない。それは、家族全員同じ気持ちだろう。
「……皆、今日の事はママには黙ってて欲しいッス」
「え?」
「自分が何とかするッス。だから、ママには内緒にして欲しいッス」
瑠奈莉愛の言葉に姉弟達は顔を見合わせる。
「大丈夫ッス。姉ちゃんを信じて欲しいッス」
姉弟達は顔を見合わせた後、こくこくと頷いた。
そんな姉弟達を、瑠奈莉愛は強く抱きしめる。
「大丈夫ッス。姉ちゃんが、なんとかしてやるッス……!!」




