005 龍彦
街のとあるファミリーレストラン。
家族、友人、同僚。皆で楽しくご飯を食べる場所であるファミリーレストランに、似つかわしくない重々しい雰囲気で対面する男性と少女。
少女の方は背の高い小麦肌。背は高いけれど、雰囲気は幼く、酷く緊張している様子だ。
対して、男性の方は余裕の表情を浮かべている。派手な金髪に、着崩したスーツに派手なアクセサリーに腕時計。少女には分からないけれど、スーツ、アクセサリー、腕時計、そのどれをとってもハイブランドの物だ。
「で、話ってなんだよ、瑠奈莉愛」
男性はコーヒーを飲みながら余裕ぶった表情で少女――瑠奈莉愛に訊ねる。
瑠奈莉愛は何も言わず、茶封筒をテーブルの上に置く。
「なんだよコレ」
茶封筒の意味を問うけれど、男性は茶封筒を差し出された意味を理解していれば、茶封筒の中身も見当が付いている。
へらへらと軽薄な笑みを浮かべながら茶封筒の中身を取り出す。
茶封筒の中には札束が入っており、男性はいやらしい手付きでお金を数える。
「もう二度と自分ら家族に近付かないで欲しいッス」
「おいおい、俺も家族だろ? 俺はお前のパパじゃないか」
いやらしい笑みを浮かべる男性――上狼塚龍彦は、本人音言う通り正真正銘瑠奈莉愛の父親であり、瑠奈莉愛の姉弟達の父親でもある。
現在、上狼塚家に父親は不在だ。何故なら、瑠奈莉愛の母親である安姫女と龍彦は離婚しているからである。
「もうパパじゃ無いッス。離婚したんッスから」
「おいおい連れねぇ事言うなよ、なぁ?」
「本当のパパなら、娘から大金貰ったりしないッス」
「パパでも子供からお金貰ったりするぜ? ほら、家族は助け合いだろ?」
龍彦はありがとうも何も言わず、中身を確認した後に直ぐに懐に仕舞った。
龍彦が普通の父親で、お金に困窮していて、どうしてもお金が必要であるならば、それらしい態度でお願いをするはずだ。
だが龍彦はまるでそれが当然かのように瑠奈莉愛からお金を受け取って、お礼すら言わない。
助け合いだなんて微塵も思っていないのは態度を見ていれば分かる事だ。
「助けてくれた事なんてないじゃないッスか。家族を捨てておいて、よくそんな都合の良い事が言えたッスね」
「捨てたのは安姫女の方だ。俺は別れる気なんてさらさら無かったんだけどな」
「浮気をしてたのはそっちッス。家族に対する明確な裏切りッス」
確かな怒気を孕んだ眼で龍彦を睨み付ける瑠奈莉愛。
けれど、どこ吹く風と言った様子でへらへらと笑う龍彦。
「あんなん遊びだろ? マジになんなよ」
「その遊びと今まで一緒に居たんじゃないんッスか?」
「そりゃ、遊びは楽しく長く続けるもんだろ。一緒にも居るさ。金の心配もしなくて良いからな」
瑠奈莉愛がどんなに、何を言っても、反省した様子も申し訳なさそうな様子も無い。これっぽっちだって家族に対して謝罪の気持ちが無いのだ。
分かってる。この男に何を言っても無駄なのだ。こちらの事を嘗めているから、本気で怒ったところでどこ吹く風を貫き通す。
それに、本人は自分が悪いとも思っていない。だからこそ、家族に対する謝罪の気持ちは無い。いつだって、どんな時だって、自分優先なのだから。
「とにかく、金輪際ウチには近付かないで欲しいッス。こっちは今、幸せにやってるッス。そっちはそっちで勝手に生きれば良いッス。今まで通り」
「おいおい、俺から家族を奪おうってのか? そいつはちっと酷いと思わねぇか? 全員、俺の子供達なんだぜ。勿論お前もな」
「離婚してから、あんたを父親だと思った事は無いッス。それに、戸籍上はもう家族じゃないッス。今更家族面しないで欲しいッス」
テーブル越しに馴れ馴れしく頭を撫でようとしてきた龍彦の手を払いのける瑠奈莉愛。
手を払いのけられたにも関わらず、龍彦は特に苛立った様子も怒った様子も無い。
「そういやお前、魔法少女になったんだってな。凄いじゃないか」
「あんたには関係無いッス」
「そうか? なら、他の奴にこれ見られても問題ねぇよな?」
龍彦は携帯端末の画面を瑠奈莉愛に見せる。
瑠奈莉愛は訝し気に龍彦の顔を見た後、携帯端末に視線を移す。
「――っ」
そこには、茶封筒を龍彦に渡す瑠奈莉愛の姿がしっかりと映っていた。
相手は龍彦であり、つい先ほどの事である事は明白だ。
写真を撮られたであろう位置を見やれば、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた男がひらひらと瑠奈莉愛に手を振った。瑠奈莉愛はまったく知らない男。けれど、龍彦は知っている人物なのだろう。
「これ、現役の魔法少女がいかがわしい事してるって勘違いされちまうよな」
この写真一枚で色々な捉えられ方をするだろう。これ一枚で魔法少女として働けなくなる訳では無い。だが、大なり小なり活動に影響が出る事は間違いないはずだ。
それに、他の童話の魔法少女、いや、魔法少女全体で見ても迷惑をかけてしまう可能性が高い。
「け、消して欲しいッス!」
慌てて携帯端末を奪おうとするけれど、それを嘲笑うようにひょいっと携帯端末を戻される。
「消しても良いけどよ、コレじゃあ足りないね」
自身の胸元をぽんぽんっと叩く龍彦。そこは、先程龍彦がお金を仕舞ったポケットがあるところだ。
「魔法少女になったんだから、結構稼いでんだろ? 頼むよ、パパを助けると思ってさ。これ、俺の連絡先な。なんかあったら電話してくれよ。な?」
それだけ言い残し、瑠奈莉愛の肩をぽんぽんっと叩いてから龍彦はファミレスを後にした。勿論、伝票は持って行っていない。
「――ッ!!」
テーブルの下で拳を握り締める瑠奈莉愛。
どうしてこんな事に。幸せに暮らしていたのに。
「なんで、いっつも家族をかき乱すんッスか……!!」
どうして、不幸しか運んでこないのだろう。
「なんで……ッ!!」
怒り、悔しさ、悲しさ。負の感情がない交ぜになってお腹の中でぐるぐると回る不快感で、暫く席を立つ事が出来なかった。




