海水浴 3
散々写真を撮られた後、アリスは凛風とチェウォンに連れられて波打ち際を歩いていた。
「遠泳しましょう、アリス。あそこの小さな島まで泳ぐのです」
チェウォンが指差すのは浜辺から程よく離れた小島。アリスにとっては何でもない距離であるけれど、生身の人間からしたら慣れている者でなければ危ない距離ではある。
「嫌ヨ! 折角なら遊ぶヨ! 遠泳なんて疲れるだけネ!」
アリスは別に遠泳でも良かったのだけれど、凛風が嫌々と首を振る。
「遠泳の良さが分からないとは、残念な人ですね貴女は」
「ただ泳ぐだけの何が楽しいネ! 折角遊び場に来たネ! スイカ割りするヨ、スイカ割り!」
「……スイカなら、あるぜ……お嬢ちゃん……」
スイカ割りという言葉を聞きつけて、近くに居た詩がとある二人の手を引いてやって来る。
詩が連れて来たのは笑良とベラの二人だった。
「……ほら、スイカ四つだよ……」
詩はにやっと笑みを浮かべながら、二人の人並み以上にある胸部をつんつんと突く。その様子を遠巻きに見ていた男共はだらしなく鼻の下を伸ばす。
「ふふっ、懲りてないのね~、詩ちゃん」
「うふふ。アリスちゃん、この子をスイカの代わりにしましょうかぁ」
「良い案ですね~ベラさん。割れば綺麗な赤が飛び出ますしね~」
「そうよねぇ。スイカも赤だもの、同じよねぇ」
がしっと笑良とベラは詩の腕を掴んで拘束する。
「……ふふっ、アリスがそんな事、するはずない……アリス、私の、味方……」
拘束されても余裕綽々の詩。
信頼の籠った目でアリスを見やり、アリスもこくりと頷く。
「分かった。埋める」
「……っ……!?」
詩の信頼を余所に、アリスは無情にも笑良とベラの肩を持つ。
アリスが指を振れば、一瞬で砂浜に穴が空き笑良とベラは笑顔で詩を砂浜に空いた穴に入れる。
逃げようと試みるも、直ぐに砂が出現して詩の首から下を埋める。
熱くないように小さなパラソルを刺し、飲み物も用意してあげる。とても長いストローが飲み物の容器から伸び、詩の口元で固定される。
「ちょっと反省タイム」
「……拷問タイムの、間違い……?」
「受け取り方次第」
因みに、土の中に埋まってはいるけれど手足は普通に動かせる。空洞になっており、ふかふかのクッションで出来た一人掛けのソファに座らされている。空調も効いており、自由はきかないものの快適ではある。
「……やむなし。……ローアングルも、悪くない……」
窮屈なのは嫌だけれど、詩は諦めてローアングルから皆の身体を楽しむ事に徹する。
ちゅーちゅーと飲み物を飲んで全てを諦める。
「さ、詩ちゃんの頭をかち割りましょうか~」
「そうねぇ。アリスちゃん、日本刀出してくれる?」
ベラの要望に、アリスは柔らかいスポンジで出来た玩具の日本刀を二本作り出す。
「これで我慢して」
「仕方ないわねぇ」
「これで頑張ってかち割りましょう」
スポンジの日本刀で詩の頭をぺしぺしと叩く二人。
だが、詩は動じない。二人が動くたびに揺れるたわわに実った胸部を血走った目で見据えて脳裏に焼き付ける。
「良いよ、良いよ。揺れてるよ。もっと動こう。そう。バルンバルンに」
その様子を後方からシャーロットが撮影する。
「アリス、そっちは放っておいて、遠泳に行きましょう。スイカは後で食べれば良いのです」
「スイカ割りヨ! 日本の夏と言えば美女とスイカ割りって決まってるネ!」
「でしたらあちらでどうぞ。あちらも十分美女揃いですし、スイカ割りもしてますし」
「スイカが頭かち割ろうとしてるだけヨ! スイカが割る側に回ってるネ!」
「あらあら~、凛風ちゃんもそっち側なのね~」
「うふふ、頭かち割っちゃうわよぉ」
ぎらりと目を光らせて凛風を振り向く笑良とベラ。
「スイカ割り、楽しんでください」
「楽しめると思うカ!?」
ゆっくりと近付いてくる二人に焦った凛風は海の方へと走って行く。
流石に浜辺で鬼ごっこをするわけにはいかない。何せ、他の利用客も居るのだ。ぶつかったりしたら危ない。であれば、自由に逃げ回れる海の方が良い。
「なんだ。貴方も遠泳したかったんじゃないですか」
「そう思うならお前ちょっとおかしいネ!!」
「待って~凛風ちゃ~ん」
「痛くしないわよぉ」
「痛く無いかもしれないけど目がすっごくこわがぼぼっ!!」
泳ぎながら喋ったので水が口の中に入る凛風。しかし、凛風は泳ぐのを止めずに必死に逃げる。
「さて、我々も遠泳に――」
「あの、すみません」
チェウォン達も遠泳に出ようとしたその時、二人に声がかけられる。
「なんでしょう?」
明らかに男性の声音なので、チェウォンが警戒心をむき出しにして返す。
男性が嫌いな訳では無いけれど、プライベートで楽しんでいるところを不躾に声を掛けられるのは嫌いだ。それが下心満載の相手であれば尚更。
しかして、振り返った先に居たのは大変申し訳無さそうな顔をする帽子を被った一人の青年だった。
「砂浜に穴を空けるのは、ご遠慮いただければと……」
言って、青年は未だに埋まっている詩を見やる。
青年の腕には『監視員』と書かれた腕章が付けられている。つまりナンパなどでは無く、ただの正当な注意であった。
「も、申し訳ありません。アリス、直ぐに元に戻してください」
「分かった」
ぽかぽかと叩かれて頭ぼさぼさになった詩を引き上げ、砂浜に出来た穴を一瞬で塞ぐ。勿論、椅子やパラソルなどは消してある。
「ごめんなさい」
穴を空けた犯人であるアリスはぺこりと頭を下げて謝る。
「い、いえ。以後気を付けていただければ、それで……では、お気を付けて遊んでください」
それだけ言って、青年はライフセーバーの仕事に戻っていく。
ナンパをされたと勘違いした自分が恥ずかしくなり、チェウォンは少し顔を赤くする。
「遠泳、行く?」
「い、行きましょう! 何処までも泳ぎましょう! さぁ!」
恥ずかしいのか、アリスの背中を押して急かすチェウォン。
遠泳に向かう二人を見送りつつ、詩はシャーロットの元へと向かう。
「……良いの、撮れた……?」
「もち」
ぐっと親指を立てるシャーロット。
「受賞間違い無し」
「……後で、送って……」
「りょ」
変態二人は満足そうな笑みを浮かべる。あれだけぼこすか殴られても、まったく懲りていない詩だった。




