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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣

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異譚1 バイト

 対策軍本部の事務所内。事務職員がかたかたとキーボードを打ち、報告書や今後の講演の予定表やら何やらを作成している中で、一人だけ学生服を着た少年が報告書を作成していた。


「今日もご苦労様。はい、コーヒー」


 一人の女性事務員が少年のデスクにコーヒーを置く。


「ありがとうございます」


 少年はほんのりと笑みを浮かべてお礼を言う。


 可愛らしい、まるで可憐な少女の様な笑みの少年は、熱いコーヒーにゆっくりと口を付ける。


「それ、アリスの報告書?」


「はい。ログを確認して、要点と問題点のピックアップをしてるんです」


 魔法少女は小型カメラとマイクを持って現場で行動しているので映像記録が残っている。


 少年の仕事はその映像記録から、その異譚の特徴や要点をまとめる事だ。少年の担当魔法少女はアリス。この国の英雄であり、最強の魔法少女。


「アリスのログ確認なんて大変ね。あの子大立ち回りだから、情報量多いでしょ?」


「それ言ったらロデスコもですよ。彼女速いから、映像確認とか大変じゃないですか?」


「まぁね。異譚の特徴に関してはもう他に丸投げよ。速過ぎて景色とか分かんないもの」


「僕もです。異譚の特徴とかは、基本的に観測係の魔法少女の担当さんに任せちゃってます」


 魔法少女の中には、異譚の観測を主に行う魔法少女も居る。その魔法少女は観測係と呼ばれ、基本的に戦闘に参加する事は無い。情報を持ち帰る事が主要任務であるからだ。


「お互い、担当が大物だと大変ね有栖川君」


「ですね」


 事務員の言葉に、少年――有栖川春花は苦笑を浮かべる。


 春花は自分自身のログを確認しているのと、魔法少女としての現場を見た所感なども持ち合わせているため報告書を書くのは簡単である。


 しかし、春花としての報告書と、アリスとしての報告書も書かなくてはいけないので手間は増えているのでその点を考えると面倒だと言えるだろう。


 春花は魔法少女として活動をしているけれど、こうして事務員としてもバイトをしている。


 基本的に、異譚高校の生徒とは言えども対策軍で働く事は出来ない。対策軍には機密情報が多く、学生やらフリーターやらを雇う事はしない。


 春花が雇われているのは、アリスが春花を雇って欲しいと口利きをしたために、春花は異例であるバイトとして雇われた――という事になっている。


 そうする事で春花が対策軍に居てもおかしくない状況を作ったのだ。しかして、アリスが唯一指名をしてまで雇わせた少年にはどんな秘密があるのだろうかと勘繰られる事も在るし、きっと春花が相手側と同じ立場でも少しばかり勘ぐってしまうだろう。


 とはいえ、春花は真面目に仕事をこなしているし、可愛らしいルックスもあって事務員達には可愛がられている。


 仕事をする上で過ごしやすいとは思う。


「アリス。沙友里がお呼びだよ。キヒヒ」


 報告書をまとめていると、不意にデスクの上に白と灰の縞模様の猫が現れる。


 猫の名前はチェシャ猫。アリスの相棒であり、アリスも本人もその存在の理由を分かっていない謎の生物である。


「チェシャ猫……僕はアリスじゃない。有栖川だよ。何回間違えるんだ」


 アリスの正体が春花であると知られてはいけない。と、春花は何度もチェシャ猫に説明をしており、アリスの時と春花の時で呼び方を変えるように言っているのだけれど、『そうかい。それはそうとアリス、今日の夕飯は――』とまったく分かっていない様子で言葉を返してくる。因みに、この時は春花の姿で注意をしていたので、話を聞いていないのか理解しつつアリスと呼んでいるのか、春花には皆目見当がつかない。


「……?」


 ぐるりと首を傾げるチェシャ猫。


「……まぁ、そういう時もあるね。キヒヒ」


「いやどういう時……」


「そんな事より、沙友里が呼んでいたよ。キヒヒ」


「……分かった。行くよ」


 人の話を聞かないチェシャ猫に呆れながら、春花はチェシャ猫を抱き上げて沙友里の元へと向かう。


「すみません、少し外します」


「うん。行ってらっしゃい。猫ちゃんもばいばーい」


 女性事務員に見送られ、春花はチェシャ猫を連れて沙友里の元へと向かう。


 沙友里がアリスを呼び出す時は大体アリスのセーフルームに居る。アリスセーフルームにはアリスと沙友里しか入る事が出来ないので、必然的に密談をするのに利用する事がままある。


 いつも通り人に見られないようにセーフルームに向かえば、予想通り沙友里が先に入って待っていた。


「や、お疲れ」


「お疲れ様です。用があるって聞いたんですけど」


「ああ。アリスの報告書は読ませて貰った。その中で、彼女が頭に直接送り込まれた誰かの記憶の中の人物についてだ」


「……っ、何か、分かったんですか?」


 異譚支配者によって脳内に直接流れて来た、恐らくは異譚支配者の元となった人物の記憶であると春花は推察している。


 それを、沙友里には事前に伝えている。


「リストが用意出来た。流石に、まだ事情を知らない春花のパソコンに送るのは不自然だからな。こっちのアリスのパソコンに入ってる」


 春花は直ぐにパソコンの前に座り、沙友里から送られてきているリストを開く。


 チェシャ猫は沙友里の前に座り、テーブルに乗っている沙友里が用意したであろうクッキーを食べる。


 猫なのにクッキーなんて食べて大丈夫かと心配になるけれど、チェシャ猫は猫であって猫ではないので大丈夫だ。チョコを食べた時だってけろっとしていたくらいだ。


「この間、童話達でケーキバイキングに行ったそうじゃないか」


「キヒヒ。そうみたいだね。()は猫だから入れなかったけどね。キヒヒ」


 チェシャ猫は正体不明の存在ではあるけれど、見た目は猫。ペット可の飲食店ではない限り入店する事は出来ない。


「……私としては、このまま仲良くなって欲しいものだが……」


 ちらりと春花を見やる沙友里。


 そう簡単な話でないことは分かっているけれど、春花の事を良く知る沙友里からすれば、それでも仲良くして欲しいとは思ってしまう。


 春花の一番古い記憶は二年前。それ以前の記憶は持ち合わせていない。


 身寄りも無く、友人も居ないとなれば、親代わりをしている沙友里からしたら春花の現状は不安に思えてならない。自身が家族や友人に囲まれて育ったから特に。


「キヒヒ。アリスは頑固者だからね。柔らかくなるにはもう少し時間がかかるさ。キヒヒ」


「……そうだと良いのだが」


「見つけた!」


 興奮したように声を上げる春花。


 沙友里は春花の後ろから、チェシャ猫はデスクに乗って横から覗きこむ。


 画面に映し出されているのは、蛙の様な顔の男。


「この人が、アリスが見た誰かの記憶の人物か?」


「うん……」


 あの時は誰かの視点だった。だから、顔なんて分かるはずも無いのに、春花はこの人だと確信を持って言う事が出来た。何故だかは、分からないけれど。


 そこから、ページを送り彼の奥さんと子供、友人の情報も見付ける。


「……死亡……」


 彼を含めた四人全員が死亡扱いになっている。異譚で生存できる方が珍しくはあり、彼等は赤の他人ではあるのだけれど、彼の人生を覗き見たという事もあって少しだけもの悲しさがある。


 が、これで確信できた。アリスが見たあれは異譚支配者の記憶であり、彼こそがあの異譚支配者であったのだと。


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