海水浴 2
海で遊んだり、海の家の料理を食べたりと、各々が好きなように過ごしている。
「貴女は遊ばないのですか?」
ビーチチェアで寛ぎながら本を読むアリスに、以前と同じ競泳水着を着たチェウォンが声を掛ける。
「荷物番をする」
「そんなの、猫に任せれば良いじゃないですか」
「キヒヒ。猫使いが荒いなぁ」
「寝てるだけなんですから、たまには仕事をしてはどうですか?」
「キヒヒ。寝るのが猫の仕事さ。でもまぁ、荷物番くらいならするさ。アリス、折角だから遊んでおいで」
言って、チェシャ猫はアリスのお腹の上から降りる。
「そうネ! 折角だから遊ぶヨ! 海に来たんだから、泳がなきゃ勿体無いヨ!」
何処からともなく湧いて出た凛風がチェシャ猫の言葉に同意する。因みに、今回の凛風はマイクロビキニでは無い。そもそも前回も水着をレンタルさせられ普通の水着を着ていた。
だが、マイクロビキニとはいかないものの、今回の水着も他の者よりも露出の激しい恰好となっている。その割には飾り紐がたくさん付いており、トップスとボトムスを繋いでいたり、全然何処にも繋がっていなかったりする。なんとも不思議な水着を着ている。
そんな露出過多な凛風の手にはイカ焼きやらかき氷やらが握られている。
「猫ちゃん、これ食べるネ。美味すぎて、腰抜かすヨ~」
凛風は手に持った味付けのされていないイカ焼きをチェシャ猫の前に置く。
「キヒヒ。ありがとう」
凛風に貰ったイカ焼きを、チェシャ猫は美味しそうに食べる。
「……猫にイカって、大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫。あれ迷信だから。食べ過ぎは良く無いけど……まぁ、チェシャ猫だし大丈夫」
「……貴方が言うのであれば、そうなのでしょうね……毎度見るたび思いますが、摩訶不思議な生き物ですね」
チェシャ猫を不思議がりながらも、チェウォンはイカ焼きを食べるチェシャ猫の背中を撫でる。
「さぁ、アリス! 水着に着替えるネ! その素晴らしいボディをさらけ出すネ!」
「そう言われると、晒したく無くなる」
「え、アリスも水着に着替えるのかい?」
「本邦初公開。ワクテカ」
たまたま水分補給に来ていたレクシーとシャーロットがアリスが水着になると聞き、期待の眼差しをアリスへと向ける。
シャーロットの言う通り、アリスは水着姿を晒した事は無い。それどころか、空色のエプロンドレスから着替えた事すらない。フォルムチェンジはまた別であるけれど、普段着を変えた事は無いのだ。
「なになに~? アリスちゃんも水着に着替えるの~?」
「ちょっと待ってて、今カメラの準備するから」
会話が聞こえて来たのか、笑良が興味津々に駆け寄って来て、白奈が防水ケースに入った携帯端末で撮影の準備を始める。
「何、アンタようやく遊ぶ気になったの? まったく、本当に手が掛かるんだから」
「ややっ、アリスさんも遊ぶのでありますか?」
「あらぁ、良いじゃない。せっかく来たんだもの」
わらわらと何故かアリスの水着姿につられた少女達が集まって来る。
それだけではなく、アリスが水着姿になると聞きつけた一般人もまた、遠巻きにアリスの水着姿を拝もうと脚を止める。
なんだか大事になって来て、遊ぶのが面倒になってきた。カメラを構えるのは白奈だけでは無く、他の面々も面白がってカメラを構える始末。因みに、みのりは最初からカメラを構えている。携帯端末ではなくごつい一眼レフカメラだ。
注目されるのも嫌だし、水着になるのはあまり気は進まないけれど、遊ぶ姿勢を見せてしまった以上は水着に着替えて一緒に遊ばないと後が面倒になる。
「……仕方ない」
嫌々だけれど、アリスは意を決した。
アリスがぱちんっと指を鳴らせば、アリスの服装がレースの袖が着いたワンピースタイプの水着に早変わり。勿論、空色である。
可愛いけれど、いつもとそんなに変わらない恰好。流石に、他の子のようにお腹を出したりするのは恥ずかしい。
あまり変化は無いけれど、アリスの水着姿に少女達はきゃーきゃー言いながら写真を撮る。
詩、シャーロット、みのりは何故かローアングルで撮影をしているけれど、きっと気にしたら負けだろう。
「なんだつまんない。いつもと殆ど変わんないじゃない」
「袖はレースになってるし、タイツも履いてない」
「微々たる変化でしょ。まぁでも、可愛いっちゃ可愛いじゃない」
言いながら、朱里は当たり前のようにアリスの腕を取って自身に寄せ、一緒に写真撮影を始める。
「しゅ、朱里ちゃん邪魔だよ! ひ、被写体に近付き過ぎ!」
「……美少女二人のローアングル……売れる……」
「もっと、近付こ。みっちり、むっちり、むにむにと。激しく絡め……ッ!!」
ローアングラー三人は三者三様の反応を見せるが、みのりは白奈に、シャーロットはレクシーに、詩は珠緒に脚を引っ張られ強制的に引き剥がされる。
「「「あぁ―――――――……」」」
未練がましい声を上げながら引きずられる三人に呆れたような顔をする周囲の少女達。
「はい、あんがと。これSNS上げるけど、良いわよね?」
「別に構わない」
「次は私とお願いします。彼に送る写真を撮らなければいけないので」
朱里の次はチェウォンがツーショットに名乗りを上げる。
以前のチェウォンでは在り得ない事だけれど、プールでの経験が少しだけ自分の中で自信に繋がったのだろう。以前のように臆する事無く、アリスに声を掛ける。
アリスの方も、春花としてチェウォンと接したおかげか、チェウォンに声を掛けられても動じないし嫌な気もしない。
因みに、チェウォンの言う彼とは春花の事である。プールに行った日に連絡先を交換し、頻繁にやり取りをしている。
今日来られない事も聞いているので、写真を撮って送ると伝えてあるのだ。
てっきり、今日も来るものだと思っていたので少し残念ではある。なにせ、自分に出来た初めての日本の友人だ。異性とはいえ、この繋がりを大切にしたいと思うのは当たり前だろう。
「彼? 彼って誰? カムもしかして、彼氏出来たの!?」
彼という発言にジアンが殊更に反応を示すも、チェウォンは常と変わらぬ表情で返す。
「違います。有栖川さんの事です。今日来られないと言っていたので、写真でも送ろうかと思いまして」
「カムが男の子とメッセージの交換をしてる!? え、えらいこっちゃぁ……こら、天変地異の前触れかぁ!?」
「何を言っているんですか、まったく……」
あわわと慌てるジアンに呆れたような表情を浮かべるチェウォン。
しかし、気を取り直してアリスの隣に並んで写真を撮る。
「いや証明写真か。笑えお前等」
が、並んだ二人は笑みを浮かべる事も無く、無表情でレンズに視線を合わせているので、たまらず珠緒がツッコミを入れる。
「笑ってる」
「笑ってます」
「いや口角一ミリも上がって無いんだわ」
珠緒のツッコミにアリスとチェウォンは互いに顔を見合わせると、もう一度カメラのレンズを見てにへらっと下手糞な笑みを浮かべて写真を撮る。
二人は自分達の下手糞な笑みを浮かべた写真を見て、至極微妙そうな顔を浮かべた。その写真を消したりはしなかったけれど。
その後、何枚か写真を撮った後に凛風と交替し、凛風から白奈に交替し、白奈から誰それへと交替を繰り返して写真撮影は続いた。
「……遊ぶんじゃ無かったの?」
というアリスの呟きは、皆が聞かなかった事にした。
因みに、全員がSNSにその写真を投稿したので、トレンドに上がる程話題になったとか。




